探偵事務所にて
所長室のリクライニングチェアに腰掛け、私はある事件の調査報告書に目を通していた。
この調査報告書には、先日起こった資産家男性の不審死に関する調査内容がまとめられている。
依頼主は被害者の妻で、自殺の可能性が高いとする警察の捜査に疑問を抱き、この探偵事務所を訪れた。依頼内容は事件の再捜査及び犯人の特定。
調査報告書の内容はかなり充実しており、資産家男性の死が自殺ではなく他殺であるという裏付けは着実に進んでいる。このまま調査が進めば、真相の究明もそう遠くはないだろう。
「素晴らしい」
助手君たちの優秀な仕事ぶりに私は感激した。
私も負けてはいられない。
飲んでいたコーヒーが空になったので、テーブルに置かれたコーヒーメーカーへと向かう。家に置いてあるものと同じ機種のため、扱いは慣れたものだ。
「……これはいけない」
仕事続きで寝不足気味だった私は一つミスを犯した。目測を誤りコーヒーをカップのすれすれまで注いでしまったのだ。
こぼさないように注意して運ぼうとするが……
「やってしまったか……」
案の定、少しバランスを崩しただけでコーヒーが荒ぶり、少量をカーペットの上にこぼしてしまった。幸か不幸かカーペットは赤いのでそれほど汚れは目立っていない。
本当なら早く仕事を切り上げて戻りたいのだが、助手君に用があるので彼が戻るまではまだ帰れない。
予定ではそろそろ調査から戻ってくるようなのだが。
それから十分程して所長室のドアがノックされた。どうやら助手君が調査から戻ってきたようだ。
「所長、ただいま戻りま――」
所長室に入るなり、助手君の顔に困惑と警戒の色が浮かんだ。それも当然だろう。
「やあ、お帰り」
「誰ですかあなたは? ここは関係者以外立ち入り禁止で――」
赤く染まったカーペットとその先に転がる血まみれの骸を目にし、助手君の顔は目に見えて青ざめていった。
「うわああああ! しょ、所長!!」
「言うまでもないと思うが、殺したのは私だ」
探偵でなかったとしても直ぐにその答えに行きつくだろう。この部屋には私と、探偵事務所の所長の死体しかいないのだから。
「君達が調べている資産家の事件には、私の雇い主である組織が関わっていてね。これ以上調べられるのはお望みではないようだ」
「お、お前は」
「殺し屋だよ」
躊躇なく私は銃の引き金を引いた。
「優秀過ぎるというのも罪なものだ。君達が無能な探偵だったなら、命を狙われることも無かっただろうに」
現段階では探偵たちも組織については何の情報も掴んでいなかったはずだが、それでもこの探偵達の調査能力は侮れず、いずれは組織の尻尾を掴んでいた可能性があった。
組織はその可能性すらも排除しようと考え、私に依頼をしてきたのだ。
「危険の芽を摘むか」
これ程今回の仕事を的確に言い表した言葉はないと我ながら思う。
組織に繋がる可能性のある資料は全て回収し、事務所に私がいたという痕跡も全て消した。あとは依頼主に報告を済ませればそれで依頼は完遂だ。
「あのリクライニングチェアの座り心地は最高だったな。今回の報酬が入ったら同じ物を買おうか」
次の仕事までの移動がてら、私は同じ型のリクライニングチェアをネットで検索した。
了




