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夜明けの葦  作者: サンゴ
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空前の駄作機

「それで、どうしたのですか? あなたがヘタレを撤回するときは、本当に追いつめられたときだけですよね」

 電気屋を出たすぐ隣にあるカフェで雛子と二人、コーヒーをすする。味なんて分からないが、芳醇な香りは頭の回転を早めるのには十分だろう。

「お前はお前で察しが良いな、本当に」

「何年のつきあいだと思っているんですか」

「俺が七歳の時から、十一年だな」

 別に本当に長さを聞いている訳ではないのだろうが、あえて正確な年数を応えてみた。

 思えば、ずいぶん長かった。18年しか生きていない自分にとっての11年か。二分の一を軽く越えている。

「私なんて五歳からの十一年です」

 雛子は競うように言う。確かに自分より雛子の方が、割合的に見て『長い時間』を過ごしていることになる。因果なものだ。

 物心つく頃にアンドロイド発見騒動に巻き込まれた自分と、つく前に巻き込まれた彼女。どちらが幸せだったのかは分からない。五十歩百歩だ。

「人生台無しだな」

 だけど、それだけは分かっていた。

「はい。台無しです」

 なんで笑顔なのさ、なんて攻めた質問をするほどの勇気はなかった。彼女の答えはほとんど分かっているのに聞けないのがヘタレだ。想像される1パーセントが怖いのだ。

 自分だったら、『これはこれで悪くないから』と答えるだろう。

「貴方がいなければ、私は肩の重みに耐えられませんでしたよ」

「……ありがとう、雛子」

 それは俺も同じだったのだろう。過去を回想して、今だから言えることだけれど。

 なんでまた、一段落してから気づくのだろう。いや、気づいたから一段落したのか。

「はい――話す決意は?」

「大丈夫だ。ええと、なにから伝えれば良いか――ひとまずさっきの永久の様子がおかしかったんだ」

 雛子は小さくうなずいて、話の先を促す。

「さっき、俺が嫌いなイチゴオレをドリンクバーで入れようとしていたんだ」

「嫌がらせ、ではありませんよね。あれでマスター想いの永久さんですから」

 彼女は怠惰なようでいて、いつだってマスターのことを考えている。俺自身のことだけでなく、雛子との関係なんかも。朝のアラームを雛子が代わるのだって、彼女も言っていたが『コミュニケーション』だし、彼女自身はそれを優先してくれている。

「ただでさえ不安定な〈ピア〉の頃の記憶がさらに揺らいでるんですかね」

「そうかもしれない。……全く、欠陥機の呪縛はここまでくるか」

「一時的な三原則の無視ですか。アレは、禁忌を侵したかもしれませんね」

 多くの場合ネタにされているピアだが、そのポテンシャルは計り知れないものがある。

 だから、問題になってしまったのだ。アンドロイドとして越えてならない一線を易々と飛び越えたあの『欠陥機』は。

「あんな光景は、二度と見たくない」


 三原則の一つに『自己保存』の原則がある。アンドロイドは可能な限り自分の身を守る、というものだ。


 あのときの〈永久〉は、よりにもよってその法則を一時的に無視しやがった。

 自ら意図的な機能停止を招きやがったのだ、あの野郎は。

 今でも忘れられない。

 いくら献身の心で生きるアンドロイドとはいえ、そんなことをしてしまったあの日の彼女のことを。

 そして、そんな状況を招いた自分たちのことを。

 それが献身になり得る状況を作った自分は最低のクソ野郎だ。本当は、第八世代のテストなんて引き受けちゃいけない人間だ。騙し討ちで断れない状況にされてしまったけれど……。


「――あの時はすみませんでした」

「謝るべきは永久にだよ。俺も雛子も」

 永久に逃げて雛子を見ようとしなかった自分はどうしようもなく馬鹿だ。もしもタイムマシンがあったなら俺はあの時の自分を一発ぶん殴っているだろう。いや、一発で済む自信がない。もっとぶん殴るかも。

 謝る相手を亡くすあの時みたいなことは二度と起こしたくない。


 二人が自分しか見ないならば、自分が消えればすべてが上手くいく。

 彼女は俺たちのことを案じてくれたのだ。

 だからって……。


 永久はそのことを全て忘れている。そのことを思い出すだけで熱暴走を何度も起こしたため、記憶の削除を依頼したのだ。だから、永久はピアからネクストへの交代が異常に早かった理由は二社のパワーゲームのせいだと思っている。

 そのせいかピアの頃の記憶は不確かなのだ。


 そしてあの症状は、聞いたことがあった。

 主に自我の形成がままならない状態で素体変更をしたアンドロイドに見られる症状で、時系列の錯乱や記憶の混乱が起こり突飛な言動を始める――そういった『不具合』だ。

 そして記憶由来のその病を外から治すことは実質不可能だ。

 外から施すことができるたったひとつの治療法は――そもそも全ての記憶を消し去ってしまうこと、それだけだ。

 だから、自発的な回復を待つしかない。



「こういうときばかり、人と機械の狭間を感じさせて……永久は、本当に酷いんだから」

「――来たっ!」




 携帯端末に送られてきた『メンテナンス終了』のメッセージが入ったことを確認し、俺は立ち上がった。






 予想通りの結果だった。それが酷く残酷なはずなのに、何も言葉が出てこなかった。

 自分のこういうところが嫌いだった。変なところで冷静で、変なところで感傷的になる。これなら、朝陽あたりの方がずっと人間っぽい。

 係員から引き渡してもらった3人を連れて、ひとまず電気屋の外を目指して歩いていく。

「なにか、不安でもあったの?」

 永久は酷く不思議そうな顔だったが、気にかけてもらえていることをどこか喜んでいるようだった。

 朗らかな笑顔でこちらの不安を払拭しようとしてくれている。それがたまらなく痛々しいのだが、当人がそれに気づいていないというのが一番残酷だった。

「大丈夫だよ、永久。リード社のネクストは、そんな簡単に壊れない」

 素体それ自体には何の問題もないのだ。永久は何も心配しなくていい。

 混乱だって、いずれ元に戻ってくれる。いずれ、記憶が安定するそのときが来るはずなのだ。

「ネクスト……?」

「〈RE7ーネクスト〉だよ」

 ……どうやら、〈ピア〉以前までの記憶しか残っていないようだ。

「あ、メンテナンスじゃなくて素体変更だったの? だったら一言言ってよね、驚いちゃうから」

「そうだな、ごめんごめん。現行では最新型だから、性能は期待してくれて大丈夫だからな」

 何か言いたげな様子だった朝陽と夕陽に『何も言うな』と合図する。察してくれる二人。

 雛子はただ沈痛な面もちで俯いている。

「それで、気になってたんだけど、この二人は?」

「少しの間テストで預かることになってる。朝陽と、夕陽。仲良くしてあげて」

「ええ、よろしくお願いしますね、お二人とも」

 全てを察し、口を噤んでくれた二人が、寂しそうにこちらを見るのだった。


 途中、自ら『売り子』になっていた〈DA7 ピア〉が声をかけてきた。

 軽い冗談を言いながら足を早めたが――もう俺は、永久の顔を直視できなかった。




 いったい何処で、何が狂ってしまったというのだろうか?

 面倒なことのただ中にいる割に幸せだったのに。


 そんな思考が、心の中を占拠していた。

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