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夜明けの葦  作者: サンゴ
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ちょっとした違和感

「すごかったねー、『積年の恨みィイイ』って!」

「あ、朝陽! 内緒なのにっ!」

 真っ赤になっている雛子なのだが、全く同じことを言っていた人間が目の前にいるとは到底思うまい。こちらも『内密に』と『お願い』してあるので大丈夫だろう。

 なんたってマスター権限を振りかざしたのだから。

「色々言いつつ似たもの同士?」

 夕陽は少し面白そうに言うのだ。やめて、言外に言っているのと同じことだから! デイブレイク特有の嫌な柔軟性を見せるんじゃありません。

「あ、これ優真も同じこといったパターンですね?」

「やっぱり一瞬でバレた!」

 明らかに狙ってるよね、あれ。

「時たまARROWでストレスをぶつけ合うのも良いのかもしれませんね。本格的な喧嘩にはなりませんし」

「代理戦争にしては大がかりな気もするけどな…………ごめん、少しだけ永久を探してくるよ」

 雛子と戯れていたが、いつもそこにある永久の姿が無いことに気づき、話を切り上げることとなった。


 永久はどこに行っただろう。

 そういえばARROWをしにきた時はいつだって永久といっしょにいたから、彼女がどこに行きそうだとか、全然分からない。自分の隣にいるものと意識の底で思っていたせいか、ちょっとした混乱があった。


 とりあえずまずは受付で聞いてみよう。でも、ベストセラーの〈RE7 ネクスト〉なんて珍しくもないし、永久はあまり目立たない格好をしているから目撃証言も集めにくいかもしれない。

「永久!」

 が、あっさり見つかった。ロビー付近のドリンクバーコーナー。ドリンク飲み放題が多いゲームルームではさほど珍しくもない設備だが、この店は他のそれに比べてラインナップが豪華絢爛だった。

「--ああ、優真。探させたみたいね。ごめん、何もいわずに部屋を出て」

 惚けた顔で永久はドリンクバーの機械を見つめていた。マスターの命令で飲み物を取りに来ていた他のアンドロイド達が、涼しい顔で傍らを通り過ぎていくが、彼女の目にはさっぱり見えていないようだった。

「探すって。気を利かせてくれたことには感謝してるけどさ」

「優真はイチゴオレとほうじ茶、どっちが好きだったかな」

「ほうじ茶だ」

 即答する。運動の後はお茶に限るし、他にも理由はある。

 もしかして、それを決めかねて立ち往生していたのだろうか? アンドロイドならば統計的にオレの好みを判断できるはずなのに。それに、彼女は--。

「でも、子供の頃はイチゴオレばっかり飲んでたのに?」

「そ、それもそうだけど……かなり前だろ、本当に。それと、覚えてないか? 雛子と一緒に行ったイチゴ狩りでイチゴの上を虫がのたくってるのを見て以来、最近ではいっそうダメになったんだよ。その場に永久もいただろ?」

 俺史上まれに見るトラウマティックな記憶なのだ。他人からすると死ぬほどどうでも良いことだが俺にとっては重大な事件だ。なお、雛子はそっぽを向いていて被害を免れた。

 そう、あれはおおよそ一年前。彼女が〈ネクスト〉でなく〈ピア〉だったころ。

 それ以来というものの、イチゴオレの顔など見たくない。ないけど。

「そういえば、そうだったかな--ほうじ茶煎れるから、少し待っててね」


 何かとてつもなく大事な何かが、自分の見ていないうちに壊れていた--そんな、恐ろしい虚無感がある。

 しかし、それをどうにかする手段が思いつかない。それがまた虚無感へと繋がっていく。

 彼女が忘れる筈はないのだ。アンドロイドの『記憶』はストレージへのバックアップ等々を含め十分な要領を誇っている。ただの記憶はメモリーチップのメモリに記録されるのだ。人の一生分くらいは楽に記録できるはずだ。

「マスター、ミイラ取りがミイラになったのー?」

 朝陽がにこにこ笑顔で迎えにきてくれる。自分への信頼の無さとか、そんなことさえ気にならなかった。

 主にヘタレっぷりが目下の悩みだが、今はそれどころではない。それどころではないのだよ、自尊心君!

「--朝陽、今日は切り上げて早く帰ろうか」

 この状態の永久を放っておくということは、あまりにも恐ろしかった。

「マスターが良いならそれで良いでしょ、たぶん。どーせデイライトは使ってくれないだろうし」

「拗ねない、拗ねない」

 若干臍を曲げていて対応が難しくなっていた朝陽を軽く流しながら、ちらりと永久の方を見る。

 もうおかしな様子はないけれど……?

 うん。電気屋に連れていこう。フルメンテナンスをしないと心配でならない。

 永久は素体こそ使い回しているからかなり新しいけれど、メモリーチップ自体は古いものを使っている。その分、あまり無茶はできない。

「どうかしたの、優真」

「いや、心配しないでくれ。永久、俺たちの部屋に帰ろう」

 永久め、俺の心配をしている暇があったら自分の心配をしてくれ!

 ……といっても、アンドロイドの定めている優先順位的にそれは無理なのだろうけれど。

「優真、その手は何なの?」

 ならば、強硬手段だ。

「手を繋ごう!」

「「……アンドロイド偏愛?」」

 永久と朝陽が声を揃えてそう言った。

「貴様、人がたまにはヘタレの汚名を返上しようかと思ったら!」

 アンドロイド二人にハモられるとさすがに凹んでしまう。

「なるほど、優真。あなたは許嫁がありながらアンドロイド偏愛ですか」

 後ろから殺気が漂ってきた。ゆらりと振り返ってみると、そこには濁った目のフィアンセさんが笑っているじゃないですか。本当にミイラになりかねん。

「よし、雛子も手を繋ぐか」

「いつも思うんですけど、あなたは気合いの出しどころがおかしいです」

 ………………。…………ウン。

 文句を言いながらもこちらの手を握るフィアンセさん。その男らしさをすこしシェアしたいんですが。

 柔こくて、ふにふにしてて、なんかすべすべで。シルクの肌触りとはよく言ったものだ。

 シルクを買うだけでこの気持ちまで全部味わえるのなら、全国の男たちの買い占めによりシルクの値段は数倍に跳ね上がるだろうが。

「今、へたれましたね。へたれましたね?」

「ほら、永久、帰るよー」

「え、ええ」

 取られた右手から意識を引きはがしつつ、左手を永久に差し伸べた。それを遠慮気味に永久が握ると、雛子は待ちかねていたように無理矢理引っ張っていくのだった。

「マスター? 私つかむところないんだけどどうすればいいの?」

「あ、永久の代わりにほうじ茶変わりに持ってあげて」

「やったー、仕事だぁー!」

 逆境の中でも意外にメゲない朝陽なのであった。





 ともかく、永久である。

 ボタンを掛け違ったような妙な違和感を覚えるのだ。

「優真、なんだか心拍数とか大変なことになってる。ちゃんと生きてる?」

 自分の部屋に入るなり、ちょこんとリクライニング用のソファに座って待っていた夕陽がぼそりと呟いた。

 酷い言い様だが、彼女なりに心配をしてくれているのだろう。

「ミイラ取りがミイラになったな。あははは……」

 第八世代二人の方は元気なんだけどな。まさかの永久がダメになるなんて。

 真に『永久』を追求した第八世代と、第七世代素体with第一世代メモリーチップを比較しても仕方はないのだが、それでも俺にとってはみんな大事な家族なのに。

「大丈夫、俺は元気だよ。それで雛子、後で少し話があるんだ」

「はい。かかってきてください。いつでも相手になりますよ」

「え、その受け答えおかしくない? ……まあ、良いや。夕陽、悪いけど今日は早めに切り上げて電気屋に行こう」

 雛子はたぶん、あまりプレッシャーをかけても俺がへたれるだけだと思ったのだろう。でも、今回はわざわざ茶化さなくても大丈夫だよ。そんなことしなくても、今回ばかりはへたれられない。

 あんな悲劇は二度と見たくないのだ、俺は。

「? べつに、良いけど、どうしたの?」

「そ、そうだなぁ、無性にプラモデルがほしくなった」

 電気屋と言えばプラモデル! 誤魔化そうと思ったとき、ついついそう言っていた。

 ……なんかおかしい気もするけど、実際売ってるから別にいいよね。

 電気屋は何だって受け入れてくれる。壊れかけのアンドロイドでも、存在しない最新型でもなんでも。

 そのカオスが今だけは恋しかった。

 メンテナンスをできるのはここら辺では電気屋が一番。デイブレイクのショールームでも良いが、永久はリード社の最新型。デイブレイクに任せるより電気屋の方が技術があるはずだ。

 あれでアンドロイド三社はそれぞれ特徴があるのだ。

 デイブレイクは人格。リードは性能。ユニバースはそのスタイリッシュなデザインと、アンドロイド自身の創造性。

「模型は片づけが大変で、アンドロイド泣かせ」

 夕陽が言うが、本当はそれが目的でないのが心苦しい。

「せっかくだから、三人のメンテもしてもらおうか。あまり無茶もできないからな」

「やっぱりマスターは私が嫌いなんだー! 一人になりたいんだー!」

「違うよ、朝陽。人も機械も早期発見早期治療が大切だ」


 朝陽は少し面食らってきょとんとした後、花が咲くように笑うのだった。


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