最新型のお披露目
設置してあるテーブルを皆で囲むようにして座り、機体デザインを進めた。給仕に回ってくれた永久と、我関せずな雛子はいつも通りとして……朝陽と夕陽は意外にも、かなり食いついてくれた。
永久が言うには、人間に尽くすことを自分の生き甲斐としその中に自己実現を見いだすアンドロイドにとって、ARROWだって一つの『献身』の形なのだそうだ。
マスターを支える一人の相棒として機体を制御し動かす--そんなファンタジーの中でもアンドロイドはその状況を楽しみ、そしてその楽しさをマスターと共感することを第一に考える。
だからこそARROWは人とアンドロイドに長く楽しまれているし、アンドロイドにとって目に見える献身の形だから、彼女達もよくよくハマっている。
ちなみに数少ないが一定数存在する男性型アンドロイドは生来ARROWを好むものが多い。これは無意識に男性的な行動をしようとした結果そんなことになっている、といった説がある。
ロボが嫌いな男はいない--というわけではないが、ロボ好きは男に多いというのは紛れもない事実だ。
「よし、二つともできた!」
「……うん。ちょっと、見せて」
「じゃ、夕陽が先ね」
朝陽の方が先を譲る。にこにこ笑顔を見ている限り、お姉ちゃん風を吹かせているのだろう。
「こんなところで、お姉ちゃんぶられても困る」
それを敏感に察知した夕陽は、冷たい目でそれを受け止めるのだった。
サンセットの方は小柄で高機動なモデルとなった。ここまでは珍しくもないが--。
当たり判定を厳しくすることで慣性制御という、現行で絶対的な能力を持つ能力を生かし切るための構造だ。ほかにはまねができないものとなっている。
スラスター周りは今までのものと同様である。慣性制御で代替できる(小さなエネルギーで他のものと同等な推進力を生む)IC推進というのもあるのだが、信用ならないのでこっちは使っていない。
武装は近接向けのものばっかり。あまりバランスはよくないが--防御力がイかれているのでごり押しが可能である。性能の暴力!
ヒットアンドアウェイが得意というか、強襲型の機体と言えるだろう。
「地味」
夕陽はただの一言でこちらのデザインを否定してきた。
「ARROWはな、誰しもが平等にロボットのパイロットになれる分、誰もが主人公機に乗れないんだ……」
見かけ倒しならできるけどね。
「……うん。平等って難しい」
ボディーカラーは夕陽のような紅。戦場では的でしかないが、ARROWではそう珍しくもない。
シャープで低身長(?)なその姿はどこか夕陽に似通っていた。
デイライトは遠距離支援機。超絶高火力、凄まじい装甲! 圧倒的制圧力!
ていうか、武装が多すぎていまいちどこまでがボディなのか分からない。
「ねー、マスター、これ、ゲームバランス崩壊してない?」
こちらの攻撃は一撃必殺。相手の攻撃には相当耐えうる装甲……しかも完璧な慣性制御という大業がある。
こちらは防御に集中しているので、相手の攻撃の勢いを無理矢理消し飛ばす機体だな。
「ああ、大丈夫」
それだけ聞くと、かなりの機体に思える。だが、ゲームバランスはしっかり保たれているのだ。
ARROWは各機体が(アンドロイド自体の性能を除き)ほぼ均一になるようになっている。
「これ、動けないから」
機体色は蒼と白、そして朝日によく似た金に近い黄色。ずいぶんヒロイックなわりに、とてつもなく暴力的な機体だ。
推進関係のものが何一つ入っていないのさ! ザ・固定砲台!
「……マスターは私のことが嫌いなんだー! 私がバカだから嫌いなんだー!」
それを聞いた瞬間に立ち上がり、ゲームルームの個室を飛び出そうとする朝陽……その手を座ったままがっちりつかんだ。その反応は折り込み済みだ。
「まて朝陽。最近の流行なんだ! 歩けない二足歩行ロボが!」
「私もう人間の文化が分からない!」
歩けない二足歩行ロボ。たった十文字で自己矛盾を引き起こしている。
ARROWのロボットが二足歩行である理由は様々あり、第一に『古来からロボは二足歩行が多い』、第二に『仮想モデルとは言えアンドロイドが四足歩行等の多脚をシュミレートするのは難しい』ということ。そういうわけで推進を犠牲にするという選択肢をとると、自己矛盾甚だしい機体が完成するという次第だ。
「あー、そう言えば少し人気らしいですね。機動を犠牲にして火力を上げるやり方。なんでしたっけ……〈ラビュリント〉?」
迷宮、を意味する(ネタ的な意味で)大人気な機体。装備はパイルバンカーと機雷のみ、というリアルさなんてクソ食らえ的スピリッツの権化だ。なんてロックなのだろう。
「そう。どこかにいるもう一機の〈エーヴィヒ〉の僚機。あれほどアホじゃ無いけどな」
機動を完全に犠牲にして超高火力を実現した機体だそうだ。最近では少し話題になっており、まねる人は多い。
しかし当の〈ラビュリント〉は本来のパイロットにしか生かせないようなワンオフの機体だったのだ。まさに専用機。男のあこがれ。ロマンを理解したそのパイロットは、さぞかしいい男がパイロットなのだろう。是非お友達になりたい。
第八世代を操るプレイヤーと、男のロマンを体現したプレイヤー。チーム名を新たに〈クレール〉としたそのチームはかなりのロボマニアとみた。
「本当? マスター私のこと好き?」
そんな思考とは全く別に、朝日はまっすぐな目でこちらを見上げてくる。ついたじろいでしまい、俺は朝陽の手を離した。
が、向こうから握りなおしてくる。すべすべふにふにの人工皮膚が自分の手を、その感触を正確に記録しようとしているかのようになで回す。
アンドロイドの『人肌の温もり』がじんわりと手のひらに広がっていく。
「と、ところで雛子、おまえ詳しいな。何やかんや言いながらも本当はARROWが好きなんだろう」
「朝陽さん、きっと優真はあなたのことが好きだから、安心して?」
俺が話を逸らしたら雛子に話をそらされ話が本筋に戻りやがった。
「本当?」
「本当本当」
…………。
雛子って本当に俺の許嫁なんだよな。実はそう思っているのは俺だけで、本当はデイブレイク社が使わしたお目付役とかかもしれないなと、なんだか不思議なことを考えてしまった。
いつのまにか自分は幻想を見ていたのかもしれない。うむ。よく考えたら許嫁よりそっちの方がリアルだ。
「えへへー」
「よし、俺は〈サンセット〉を操作するから雛子は〈デイライト〉を頼む。試運転代わりの対戦だ」
「……うん」
夕陽は当然のことのようにうなずいた。
「マスター!?」
朝陽は驚いた様子で俺を呼ぶのであった。
「優真は、本当にダメダメなんだから……」
呆れ果てたように、傍らに控えていた永久がつぶやく。
「俺は--そんな前振りから朝陽を呼べる人間ではない」
「すみません、お二人とも。基本的に彼はヘタレです」
朝陽のため息を合図に、俺たちはARROWの筐体の中に移動する。
360度モニター。比較的最近になって開発された技術だが、それを贅沢に使っているのがゲーム産業である。こういうところって案外最新技術を使うものだ。
凄まじいディティールにより命を与えられた草花は、その葉脈までが肉眼で確認できる。
「ステージは〈桜並木〉で行こう。綺麗だから」
『今更になって、デートっぽくしても遅いですよ』
「すねるなすねるな。それじゃ--サンセット、出撃する!」
『そんなこと言ってる暇で早くボタンを押してください』
「風情がないなぁ!」
雛子への苦情も程々に、勝負が始まる。
桜吹雪の中を、アクロバット飛行を決めながら敵機『デイライト』に迫る。今まで試したことの無いような凄まじい速度。かなりの出力と推進力を、きっちり安定して運用している。
「新型機に乗った主人公って、こんな気持ちなのかもな」
「うん。あと、ピンキリ性能だから気をつけて」
「あいよー」
「もっと具体的に言うと、目の前に桜の木があるから気をつけて」
「ほわあああああ!?」
フットペダルと手元のマニュピレーターを巧みに操作し、どうにか桜の木を回避。エネルギーレベルは一気にレッドゾーンに突入。これが車だったら『エコドライブをしろ』とカーナビに怒られているところだ。
「よ、避けきった……!?」
「それが第八世代クオリティ」
す、凄いんだなぁ、エーヴィヒって。出力調整とか上手すぎだろう。
頭の中でデイブレイク社への賞賛を紡ぎ出していたところで、接近警報が鳴り響く--こ、これは!
ええと--誘導ミサイル?
「ひ、雛子! それたぶんこのサイズのロボ用の奴じゃないよね! 基地とか吹き飛ばすための奴だよね!」
スラスターを全力でふかし、それからどうにか逃げようとする。や、やばい。速度が出てるし、意外に小回り効くし--追ってくるし!
桜並木をシャープなミサイルがなぎ倒していく。うわー、桜並木とか選ぶんじゃなかった!
下手に綺麗なせいか、地獄絵図感マシマシだっ!
オープン回線に切り替えたおかげか、雛子の小さな嘆息が聞こえてきた。
『たまには優真も刺激的な体験をしたいかと思いまして』
フットペダルがぶっこわれそうなほど踏み込んで、障害物を避けながら天高く舞い上がりミサイルの追撃を振り切ろうとするが--もちろん直線での速度ならば向こうが上。だが、小回りで言えばこちらが上。
ていうかこのミサイル、当たるまで延々追ってくるの!? 恐っ!
「俺、こんなの載せてないのに!」
『朝陽がどうしてもというので大方の装備を取っ払ってミサイルを増設しました』
朝陽、おまえもか。
「おまえ何やかんやいってARROW大好きだよなぁああ!」
『はい。優真の次くらいに』
「惑わされるとでも思うてか! 夕陽、引きつけてデコイをばらまく!」
微妙に思わせぶりな言葉には気を払わず、マニュピレイターを握り直す。
「うん。ミサイル接近。着弾まで3、2……」
「何かに捕まれ!」
横方向への重力加速度に思考をかき乱されながら、どうにかマニュピレイターを押し込みデコイをばらまく。ただのバルーンだが、このサンセットに酷似した反応を示すようになっており、誘導ミサイル等はそっちに突っ込んでいくようになっているのだ。
簡単に言うと強力な遠距離装備へのカウンター用装備である。ゲームバランスって超大切。
『こしゃくな許嫁ですね』
「朝陽め、折檻してやる! おまえの妹が横Gにやられてグロッキーだ!」
『~♪』
まあ、なんて正確で超絶難度な口笛なのでしょう。
着弾したミサイルが凄まじい勢いで大爆発、その爆風が〈サンセット〉にも及ぶ……が、爆風が『不自然に』ねじ曲がる。ミサイルの暴威はサンセットを一切害することができず、新たなる愛機は右手を掲げた形で物理現象をあっさりねじ曲げて見せた。
「……これが完璧な慣性制御。第八世代の証明」
ニヒルに決める夕陽。おお、私怨でマスターを狙う姉とは比べものにならん!
『もー! お姉ちゃんだって第八世代なんですからね!』
「うん、知ってる」
一斉に押し寄せるミサイル群、後込みする自分に夕陽が突っ込むように指示をだす。
これではどちらがマスターか分からないではないか。
圧倒的な加速で敵機への距離を積めていく。距離1000。ARROWではまだ遠距離型の領分。
「この程度なら全部防げる」
回線を切った夕陽は格好良く言い切る。第八世代恐るべし。これはARROW方面での需要を望めるかもしれない。本当に、リードとデイブレイクの力関係がひっくりかえる?
そのとき、俺たちはどうなる?
デイブレイクの一人勝ち状態になったとき、俺たちは邪魔者でしかないんだ。
人情だけで大企業は動かない。
寒気が背中を這いずり回り、自身の思考さえも侵していく。
「優真、大丈夫?」
「い、いや、大丈夫。〈デイライト〉はあのミサイルにポテンシャルを持って行かれたのか?」
「かも」
雛子による魔改造で何がなんだかよく分からなくなっている〈サンセット〉さんだった。
「対抗策は?」
「たぶん優真が二人への愛を叫べば、致命的な隙が生まれる」
「その後に致命的な隔たりも生まれるから却下!」
ロボに乗って告白って言うのもある意味王道だと思うけどね!
残り距離700。ビームライフルを構え、乱射してみるが--小型ミサイルの誘爆を招きかえって危険だった。歩く火薬庫……いや、〈歩かない火薬庫〉。それが今現在のサンセットだ。
冷静になってよく考えればそれはただの火薬庫だ。
「くたばれデイライトぉおおお!」
一息に距離を積め、実体剣を抜き放つ。火薬庫相手にビーム兵器を使うのがためらわれたのが主な理由だが、貫通力ならこっちが上!
「積年の恨みィイイ!」
実体剣は深々と装甲をつらぬ…………かない。
そういえば慣性制御って相手さんも積んでたんだっけー。あっはー。
敵機の前で不自然に制止したサンセット。
「夕陽、これ、どうにかならないの?」
「出力とか推力とかの管理に回している分、こっちの慣性制御で無効化とかはできない。手詰まり」
「へー、隠し腕で捕獲された気分を味わってるよ。ロマンだよね、隠し腕」
「うん。私も好き。着弾まで3・2・1……」
「うわー無理だこれ」
雛子さん、たぶんこの子を吹き飛ばすのにそんな火力はいらないとおもうんですよ。
俺は目をつむり、ただただ耐ショック体制を取るのだった。
他シリーズネタが多い今作ですが、ラビュリントが直立不動で大暴れする『白蝋のフリューゲル』もよろしくおねがいします!