愛機と最新型
「ARROWですか? 優真の引きこもり癖が直ったことを喜ぶべきか、その向かう先がまた閉鎖空間なことを嘆くべきなのか……」
雛子の部屋を訪ねて、出かける旨を伝えたらコレだ。ただの一言からこれほど馬鹿にされる男も相当珍しいだろう。
「俺は単に家でまったりするのが好きなだけだ」
別に外に出ても良いけど家にいたいだけ。そんな人間、世には腐るほどいる。買い出しなんて全部アンディーがやってくれるだろうから、出不精は多いはずだ。
「でも、優真が積極的に外出なんて珍しいですから、もちろん私も付き合いますよ」
素直に『ついて行く』とは言えないのが雛子だ。これくらいは予想の範疇。挑発するような物言いにいちいち噛みつくようなことはしない。
「うん。そうだ、帰りにアイスを買ってこよう」
近場だし。駅前には何でもあるけれど、駅前以外にはなにもない愛すべきこの街。そこをゆっくり歩いていくのもなかなか楽しいのだ。昨日は熱暴走のせいで楽しむ余裕が皆無だったが、今日は満喫したいものだ。
「今日はイチゴにしましょう、イチゴ。ARROWの後のアイスはきっと最高に美味しいですよ」
相変わらずアイス大好きっ子な雛子に苦笑して、支度にとりかかるのだった。
「そうか。じゃあ、俺はチョコミントにしようかな」
「食べさせあいっこができますね」
…………。バカップルか! と言いそうになったが、ニコニコ笑っている雛子を止めるなんてできないのだった。彼女的には単に『二種類食べれてお得』くらいの発想なのだろう。
「ARROW? 混まないの?」
キッチンで昼飯の仕込みをしていた永久は、少し怪訝顔で聞いてきた。この時期は大きな大会があるから例年込み合うからか、少しだけ気にしている様子だった。
「当日飛び込みでも何とかなるだろ」
「こんなこともあろうかと、しっかり予約はしてあるから大丈夫! あと1時間後には入れるよ!」
廊下から顔を出してきた朝陽は、満面の笑みで伝えてくる。尻尾が生えていたら今頃左右に振っていることだろう。……まあ、アンドロイド用の尻尾って一部で販売されているからあまり冗談に聞こえないのだが。
「お、おお……朝陽、随分と手際が良いな……!?」
こちらの会話を端末越しに聞いてしっかり手続きしていたらしい。こいつ、できる。
アンドロイドには細かな気遣いも求められるが、これほど細やかなのデイブレイク社製のものにしかできないものだ。それがデイブレイク社のセールスポイントである。
単に、この子がいつでもマスターのことを考えている良い子だ、って部分もある。
「ふふーん、朝陽はできる子だから!」
胸を張って、性能自慢。それすらも嫌みにならない辺りが朝陽の魅力かもしれない。
それにしても周りにいる女性(型)は朝陽以外は無い胸だから、こうした体制で強調されているそれを見ると、感動的な気分になる。これはもう、俗な情欲を越えた感情だ。そう、これこそプラトン先生の言うエロースという心ではないだろうか。エロース。二回言うと犯罪臭がマシマシじゃないか。
……うん。冷静になろう。
「ああ、名前が決まったの? 朝陽ちゃんと……」
永久が聞く。そう言えば彼女には何も伝えていなかった。自分の考えた名前を何度も繰り返し言うのも、少しこそばゆかったこともある。
「夕陽」
無い胸その3である夕陽が即答した。その1とその2が誰なのかは言うまでもない。
「夕陽、か。なんだか姉妹っぽい名前で可愛いかもね--人間がどう思うかは分からないけど」
「うん。たぶん、可愛い部類。悪目立ちしないし」
アンドロイドの名前は持ち主の趣味をフルに反映するので、かなり変な……じゃなくて、個性的な名前が多い。普通の日本名、ってだけでかなり珍しいのではないだろうか?
自分の立場上ドギツい名前をいくつも知っているので、ついついそう思ってしまうのだった。
「まあ、それはそれとして……久しぶりにARROWといくかー!」
ARROW。一から自分専用のロボをデザインし、本物さながらのコックピットで操作する! 360度全てを覆うモニターで楽しむ、3Dロボアクションゲーム!
人それを--技術力の無駄使いと呼ぶ!
日本人はどの時代でも日本人だ。その変態性に関しては今更証拠を挙げていく必要もないだろう。
日本人に技術力を与えると、なんか変なことをし出すというのが世界の共通認識だろう。アンドロイドだってそうだし、ARROWだってその通りだ。まさかそんなことをするとは思わなかった、と毎度毎度言われているのが我らが日本人である。
日本人は未来に生きている、と2000年頃から言われていたようだが、その当時から見たら『未来人』である我らも、元気に未来に生きている。技術的にも、発想的にも。
「これが優真の使っていた機体? ……〈ウロボロス〉。ゴツい名前」
あっさり入ることができたゲームルームの一室で、夕陽は部屋に備え付けられていた大型ディスプレイに投影された愛機を見ながら言うのだった。機体名、〈ウロボロス〉。自分で自分のしっぽを食っている蛇の名前である。永遠の象徴だ。
「永久、なんて名前の私と優真の機体だからね。ちょっぴりゴツいけど、お気に入りの相棒なの」
ほくほく顔でゴツいロボを眺めている永久は、これで結構あのロボを気に入ってるらしい。
頻繁にプレイしているわけではないが、ARROWの歴史も永久との付き合いも長いし、少なくない回数あいつを動かしたことになる。
白金のボディに、大型の盾。こちらは白磁のような少し曇った白。そのどちらにも金色の刺繍(に良く似たデザイン)が施されている。そして、ワンポイント代わりにペールブルーの塗装。なかなか豪奢だ。
ボディはとても筋肉質で、どこか昭和のロボットっぱい前時代的な見た目をしている。
「いわゆる『慣性制御』システムが搭載されていて、防御力は理論上最高クラス! この店に集った廃人達相手でも、瞬殺はされない強い子なの!」
永久がさらに続ける。彼女の、この機体への愛着はかなりのものだ。
瞬殺はされない、ってだけな辺り廃人の恐怖を感じるが、実際それは凄いことなのだ。
「慣性制御……って、何ですか? なんだかSF的な響きですけど」
「雛子、あんまり気にしない方が良いよ。単なる防御力の底上げくらいに思っておいて」
「まあ、SFに詳しい貴方がそう言うのなら」
多くのSFで描かれた『慣性制御』だが、描かれるにつれてだんだんと本来のものが分からなくなり、今じゃあよく分からないものに変貌してしまっている。ARROWのソレも、ご多分に漏れず訳が分からない。
単に特殊能力の名前と思っておくのが一番シンプルだ。
「まあ、ざっくり言うと運動のエネルギーを無から作り出したり、逆に無に帰したりする能力だ」
「いろいろぶっ飛んでいますね。慣性はどこに行ったんですか」
「やってることが『慣性の制御』に近いからそう呼ばれているだけだよ。本来の慣性は見かけ上の力で、法則だから制御できるようなものでもないんだ。慣性を制御するには、それいがいの物理現象を制御するしかない」
正確に言えば、公式に『慣性制御』という名前で呼ばれている訳ではない。誰かが言い始め、今でもそう呼ばれているだけだ。
相手の攻撃を不自然に止めたり、自機の攻撃を不自然に加速させてみたりとか。減速は分かるが加速って何だ、とか突っ込みを始めるとキリがない。恐らく摩擦やらなにやらを操作した末に慣性が制御されたように見えているのだろう。
実際、まだ実現していない技術だ。いつか本当に実現した時に、『なんかよく分からないけど加速も減速も思うままだ!』ってなるかもしれない。アンドロイドの時もそんな感じだったらしいし。『なんかよく分からないけどいつのまにかできてた!』って感じ。父が言ってるんだから本当にそうなんだろう。
というわけで、ARROW世界での慣性制御は攻撃力と防御力の底上げ、ひいては特殊な推進システム(第七世代まででは実用的でない)として使われる技術なのだった。
本来起こりえないことなので『想像力』が必要な演算であり、演算領域が広くないとできないので第七世代以降の特権である特殊能力なのだ。
「考えるとどつぼにはまって帰ってこられなくなるから気をつけてくれ」
今、自分が半ばそうなりかけていたが。
「……そういえば、依然一日中SFを読みふけってはあーでもないこーでもないと言っていたことがありましたね」
「そうだな。大切な日曜日がパーになったことがあったな」
思い出したくもない一日だ。選択的に記憶を削除できるのならば優先的に消し去りたいものだ。
まず間違いなく実生活に全く役立たない知識だしな。
「マスター、折角だから新しく機体を作ってみたら? 第八世代は凄いよー。できる子なんだから」
「あー。そう言えば〈エーヴィヒ〉が今、ARROW関連の話題を総なめにしているって言ってたしな」
IC推進、だっけ。スラスターとかではなく、アンドロイドの演算能力をフルに生かした慣性制御で前進するとかって荒技。さすがの最新型だ。機体性能の暴力だ。
「やっぱり……第七世代より、第八世代の方がずーっと上なのね」
永久がぽつりと呟いた言葉に、俺はなにもいえなくなってしまった。
彼女にしてみれば、もうどうしようもない性能の差--人間で言うのならば『才能の差』を突きつけられたようなものなのだから。しかも二機。その上新顔。精神的な苦痛は大変なものかもしれない。
「リード社が新商品を出したら買い換えようね、そのときはきっとデイブレイク社とか目じゃない性能になるから、ね?」
雛子が優しい言葉をかける。確かに素体の性能で言えばリード社の方が上になる。メモリーチップは旧型のままだが、対等にやり合うくらいは可能だろう。
「……すみません、気を使わせちゃって」
永久はうつむいてしまった。
「ま、マスター、これって私が悪いよね!? どうしよう!?」
朝陽、慌てるのは良いけれど永久のことも考えてあげてね。
「強いて言えばデイブレイク社が悪い」
とりあえず、朝陽には真実を伝えておいた。誰も悪くはないのだ。無理矢理悪者を作るとすれば、新型を作ったデイブレイク社か、もしくはそれを望んだ日本人だ。
「あー、じゃあ優真も責任重大ですね」
雛子はあっさりとそう言う。………………。
……あれ? なんだその理屈は!? 御曹子にはそういった責任もつきまとうのか!?
「あー、もう! ほれ! 機体をデザインするぞ! 旧型は旧型なりのロマンがあるんだよコノヤロー!」
一応現行最新なんだから贅沢を言うものじゃありません。存在しないはずの最新型に挑むのは、どうしたって分が悪いさ。
そう思いながら用意していた鉛筆とスケッチブックを取り出すのだった。
機体デザインを進めながら永久のことを少し考えてみる。あれで、永久は多くの機体を渡り歩いている。
耐久年数が最悪だった頃、第一世代の体。素体、メモリーチップ双方ともにデイブレイク社製のもの……といっても、当時のデイブレイクはしがない零細企業だったわけだが。
そして、実用化がかなり進んだ第三世代。これはリード社とのかねあいで、当時最新式、リード社渾身の名作〈RE3 ニードネス〉と素体の交換。デイブレイク社のメモリーチップはリード社と互換性があったのが救いだ。
そして、何度か試作機などを経ながらの第7世代。こちらもデイブレイクのもの。……ええと、誰もが認める黒歴史、キャッチコピーは『拳で伝わるものもある』。デイブレイク社が自信と野心を持ってお送りする最先端の『体罰システム』を搭載した〈DA7ピア〉。
これはちょっと……うん。なんだろうな? 技術の発展というか新時代を見せてはくれたのだが、その新時代は人間の生きていけるものではなかったというかなんというか。
当時のデイブレイクがすさまじいバッシングを受けたことは言うまでもない。ただ、アンディーが選択的に3原則を無視するというのは凄まじい可能性と人間への反抗を内包していたのだ。
……そんな可能性を望んでいた人間は果たしていたのだろうか。
アンドロイドの自我が人間に近づいた気はするが、近ければ良いってものでもない。
そして、〈RE7ネクスト〉だ。……。
こっちは人類に適した新時代を築いた名機である。第八世代が発売寸前に迫った昨今でもまだまだ現役。
ここらへんの事情が絡んだせいで今の雛子との力関係があるわけだ。
父が買い与えてくれた〈DA1〉--といっても、当時はまだそんなしっかりとした分類はなかったのだが--は子供のおもりに耐えきれず数年で使いつぶされ、子供の俺はたいそう泣いたのだが、翌日になって第三世代〈ニードネス〉になって、ついでにフィアンセを連れて現れたのだ。
驚きが二乗になると、呆れになる。それがこの歳まで生きてきた俺が導き出した結論だった。
そして、当時名前が無かった〈ニードネス〉こと現・永久さん。俺はこう思った『この子は何度でもよみがえるのか』と。子供心に衝撃で……。だから『永久』。変な由来だ。
「あれ、姉妹機二機とも、俺が所有権を持ってるんだよな?」
「永久もですよ」
「ええ、私も」
一人に付き三機。しかも日本製アンディー性能順上から3人。まあ! なんて立派な『アンドロイド偏愛』!
「雛子だけ、アンドロイドが居ないんだよな。永久の素体だけは、どちらかというと雛子の管轄だけど」
今の高校生にしては珍しい。人間の生活力低下と機械への依存が叫ばれる昨今、高校生からアンディーを連れ歩く人は多い。三人連れ歩く俺もおかしいが、一人も連れ歩かない雛子も変。
「いいんですよ、不便しないですし」
「ARROWとかやりにくいだろ」
「それが疑いようもないデメリットと思ってるのだったら、優真はバカですね」
言われてみればそうかもしれない。
……どうなんだろうな?
なぜ俺はARROWにこだわったのか。
俺にとっての対戦格闘ゲームARROWは、ロボを動かせることが重要じゃないのかもしれない。
なにで戦うのかではない。誰と戦うかだ。
友人とカラオケに行く。自分のアンドロイドとARROWをしに行く、多分そう言うコミュニケーション手段の一つになっているのだ。
機体デザインの為に鉛筆を動かしているこの瞬間だって、恐らくエーヴィヒ……夕陽と朝陽、二人といっしょに動かす機体を作っているだけで、二人ありきのものだ。
ARROWありきで〈RE7 ネクスト〉に手を出す人も多いのだが。俺は少数派なのかもしれない。
「折角だから、明らかな姉妹機にしてやろう。〈サンセット〉と〈デイライト〉ってどう?」
「優真、好きですね、対とかペアとかそういうの」
「そうだろうか」
「子供の頃からセットで扱われればそうもなるかもね」
永久が微妙なジト目で言う。第八世代根に持ってる。文句はリード社に言ってくれ。
「大丈夫。今のところあんまり評判よくない」
まあ、確かにエーヴィヒの実地試験では微妙な事件ばかり引き起こしているから、そうコンプレックスを感じるようなものでもあるまい。
「〈エーヴィヒ〉はね!」
……ところが、イタニティの方はなんの問題も起こしていないのだった。
「……酷い」
おい、お姉ちゃん。笑顔で傷に塩を塗り込むな。
恐らく朝陽的には〈イタニティ〉の評価を誇りたかったのだろうが、〈エーヴィヒ〉がやりたい放題やってる昨今、ちょっぴり不幸な事故が起こっていた。天然は無敵だ。
それにしても、明確な性格のあるロボットって……。
「なあ、朝陽。気になるんだけれど、それは計算でやってるのか?」
第八世代の演算能力であればいわゆる『天然』な人間の行動を予測しそれを模倣するくらいは造作もないだろう。
「酷い! マスターが私を疑ってる!」
「最低」
同調する第八世代のちっちゃい方。
「最低ですね」
慈悲もない許嫁。
「うわー」
永久、せめて直接的な言葉を選んで欲しかった……。
…………。
うん。
もう、集中して機体デザインをすることにしようかな。
さんざんネタにされているエーヴィヒの試作機第一号は、後々他のシリーズで出てきます。少々お待ちを。