二人の名前
「なにしてるの?」
翌日の朝もいつものようにリビングのソファーに寝転がっていると、エーヴィヒが声をかけてきた。
さすがに第八世代2機と第七世代1機の三人がかりで家事に当たっているから、あっさりさっくり仕事が終わるのだ。
朝の時点で一息きつけているなんて驚異的だ。
「ネットサーフィン」
そんな頑張り屋の三人とは対照的に、自分はアンドロイドとデータリンクしている携帯情報端末を利用し貴重な時間を貪り過ごしている。
「自堕落きわまりない」
「これでも一応必要なことで、〈エーヴィヒ〉と〈イタニティ〉の情報を調べてたんだ。本当にここら辺に出没してるみたいでさ」
調べていたのは第8世代の情報だった。やはりネットを騒がしているようだ。アンドロイドは多くの一に関わるものだからな。その最 新型、それも新世代ともなれば当然の話だ。
「出没……不審者みたいな言い方しないで欲しい」
「ゴメン。なんかそのマスターが果てしなく不審者然としていたから」
うん。あの二人に罪はないよ。〈イタニティ〉の方の情報はあまり出てこないのだけれど、〈エーヴィヒ〉の方は大暴れみたいだ。
というのも、〈ARROW〉と呼ばれる、アンドロイドと一緒に楽しむロボットアクションゲームがあるのだが、それの廃人プレイヤーがその子のマスターで、毎日のようにとある大会で大暴れしているようだった。
そのあばれっぷりがそのまま第八世代の宣伝になっているみたいだ。
また、ARROWは人間との協力が必要不可欠な分、AI教育にも有益だ。一石二鳥とはこのことだ。
「もう一人の自分の冥福を祈る」
大丈夫、たぶん、まだ死んでない。
「どうも第八世代は演算能力の都合上、とても強いみたい」
「何の話? 護身術くらいは使えるけど」
「あ、ゴメン。ARROW関連のサイトがよくヒットしてきてさ。分かるか、ARROW」
「もちろん。需要を生み出してくれる大事なゲーム」
ARROWも歴史が長いからなー。さすがに知っているか。
「あと、たぶん、そのもう一人のエーヴィヒもプレイしているのかも? データベースがそこそこ充実している」
「そうみたいだな。ネットにそいつの機体データがあがっているから」
ARROWでの機体名も〈エーヴィヒ〉。黒い機体に、金色のアクセントが入っている。
スラスターや装甲の形状がかなり独特だが--もしかしたら、今までの機体とはまるで違った次元にある機体なのかもしれない。
ARROWは機体を一から設計し、そしてそれを二人で運用するのだが……システムの一部をアンドロイドが肩代わりしており、アンドロイドの性能によって可能性が広がるのだ。
旧式のものでやれば演算などが遅くなり、命中精度が悪くなったり出力が不安定になったりする。
が、新型を使うとその逆で精度が向上したり、あとは全く別の『特殊能力』が存在したり。
その特殊能力は『慣性制御』と呼ばれており、すばらしい演算能力を利用して防御性能や攻撃性能の一部をブーストするものだったのだが--。
なんかもう、第八世代のそれは次元が違うようだ。今までは現行最新型である〈ネクスト〉の独壇場だったのになぁ。
だが、それでも、〈存在しない最新型〉である二機にはさすがにかなわない。世代を隔てると言うことはそういうことだ。
「エーヴィヒもやってみるか? 予約無しだとそこそこ待たされるけど、貰い物の招待券とか沢山あるからゲームルームに遊びに行けるぞ」
ゲームルームというのはカラオケボックス感覚の場所で、個室でゆっくりじっくりARROWを楽しめる場所だ。ロボットのコックピットみたいな球型の端末に人とアンドロイドが入って楽しくプレイできる。その臨場感は本物さながら……本物が存在しないから言ったもの勝ちだっていうのは内緒。
それで、そういったゲームルームはいろいろな企業が運営している。そのどれもにデイブレイク社が協力しているので、クーポンなんかは沢山手に入る。同じ理由でリード社系列のものも沢山もらえている。
つまり、有り余っているのだ。
「……ねえ、人間」
「なんだ、ずいぶんざっくりとした呼びかけ方だな」
それ、種族名だと思うけど。
「その〈エーヴィヒ〉って、やめて欲しい。しょせん、開発コード。名前じゃない」
エーヴィヒはどこか寂しそうにしていた。
ああ、なるほど。開発コードで呼ぶってことは、ある人間を『人間』と呼ぶくらいに失礼なことなんだな。
そこには人格があるのに、それを無視したようだったな。
「それもそうだな、ゴメンゴメン……正規の手続き踏んでないから、名付けのタイミングがよく分からなくて」
人間ならば生後一週間以内に届け出……みたいな手順を踏む『名付け』だが、アンドロイドは『所有者登録』の書類を各社に提出するときに名付けをしなければならない。本来名前は設定から簡単に変えられるので、そこまで正確なものではないが。
ペットだって名前がある。自分の愛犬を『犬』と呼ぶ人はいない。アンドロイドにだってちゃんとした名前があってしかるべきなのだ。
「うん。『未久』と『久遠』じゃなければ何でも良い」
「……? なんでその名前は嫌なの?」
「データリンクで統計的に処理したデータを参考にした。他に二機しかいないから統計もなにもないけど」
なるほど、他の二機はその名前なのか。
見知らぬ人間が名付けた名前だが--なるほど、洒落がきいていて可愛らしい名前だ。永遠を意味する二人に、永遠を連想する名前を付けたのか。
「考えていた奴は別のだから安心してくれ」
実は、昨日の夜の時点で雛子と相談していたのだ。すでに二人の名前は決まっている。
「考えてたの?」
「もちろん」
試作機だから〈エーヴィヒ〉と呼んでも殆ど誰ともかぶらない。だからといって名前が無いのはかわいそうだ。
「雛子が『デイブレイクっぽいのが良い』って推したから朝陽と夕陽ってのを考えたんだがどうだろう」
「たぶん、私が夕陽?」
「そうそう。エーヴィヒは基本的にアンニュイな調子だからさ」
朝陽と言うよりは夕陽のイメージだろう。優劣の話ではなく、単にそういった印象を受けるだけだが。
「気に入ってくれたか?」
「うん。夕陽、夕陽……」
何度か復唱しているエーヴィヒ……じゃなくて、夕陽。気に入ってくれたならそれでいいんだけれど。
なんだか少し照れくさいので、ネットサーフィンに集中しているふりをする。目が滑って、なーんにも頭にはいってこないけれど。
『私が朝陽なの!?』
携帯端末のディスプレイにポップアップ表示でそんな文字列が表示される。ニコニコしている彼女の顔が浮かぶようだ。
アンドロイドにクラウド的に管理されており、この情報端末はイタニティ……つまりは朝陽の方とリンクしている。どうやら聞いていたらしい。表示の下部にある選択肢が『YES』と『NO』しかなかったので前者をタッチしておく。ずいぶんと淡泊な名付けの儀式。
『お仕事が終わり次第合流します』
またポップアップ表示。朝陽は働き者だなぁ。
「我が家は二人の怠け者を三人の働き者がカバーすることで成り立っているよな」
「私もコレで仕事はしてる。ただ、早起きなだけ」
こちらの発言には不服そうに、夕陽が反論する。
「早起き?」
「うん。〈エーヴィヒ〉は〈イタニティ〉に比べて小型で電力を食わないから、比較的電池が長持ちだし、そこまで充電も必要じゃない」
アンドロイドは夜、『睡眠』に良く似た形で充電をしてそのエネルギーをまかなっている。
どうやら夕陽は若干早起きらしい。それで、誰も見ていないところで頑張っているということだそうだ。
「と、言うことは……」
「一人の怠け者を四人の働き者でカバーしてる」
「なんて良いご身分なんだ、俺は」
こんなのがアンドロイドの教育なんてやって良いのだろうか。
「たぶん、『良い』と『分』が余計」
「ええと…………なんてごみなんだ、俺は…………ゴミ!?」
ものすごく遠回しに、びっくりするほどストレートな罵倒がきたのだった。
携帯端末を横に置いて起きあがり、こちらをシニカルな微笑みで見ている夕陽をにらみ返す。
「察しが良い」
「貴様、器用にアンドロイドの言論規制をすり抜けやがって……!」
本来アンドロイドは人間を罵倒したりできないようになっているのだが--。
こやつめ、器用にそれをすり抜けて俺を馬鹿にして来やがった。こしゃくな……!
「クソ、人類の夢に人類が馬鹿にされているなんて……!」
「アンドロイドの反乱は、SFの鉄板ネタ」
もしかして、彼女なりに俺の趣味に合わせてくれたのだろうか? そういったB級なSFも好物ではある。
「我が家で展開するようなストーリーでもないけどな。……で、夕陽は仕事しなくて大丈夫なのか?」
冗談はさておいて、俺は気になっていたことを聞いたのだ。
「失礼な聞き方。--あと、お仕事は明確に分担しているから、これ以上仕事はわいてこない」
3人で綺麗に分業しているのか、なるほど。アンドロイドはおのおのデータリンクでのコミュニケーション機能があるし、そういったことはお手の物だろう。
「ちなみに、今日の朝食は私、昼は永久、夜は朝陽の担当。掃除とかは場所で区分」
「そう言えば今朝のは味が違うと思ったら、夕陽の作だったのか」
朝だからぼーっとしていて、特に突っ込みも入れなかったけれど。
なんだかホテルの朝食みたいな雰囲気だったけれど、やはりそう言うことか。
「美味しかった?」
「ああ、豪華すぎてビックリしたけどな」
「……ちょっと、気合いを入れすぎた」
自覚はあったようだ。毎日あのクオリティを維持するのは大変だろうし、そこそこで良いんだけどな。
「マスター! 仕事終わり! さあ私の名前を呼んで! さあ!」
朝食のことを思い返していると、朝陽が開けっ放しの扉からリビングに入ってくる。
名前をだいぶ気に入ってくれたみたいだ。頑張って考えたかいがあるというものだ。
「朝陽」
「なんで夕陽が呼ぶの!? マスターに呼んで欲しいだけなのに!」
当然のような顔をして、夕陽が彼女の名前を呼んだ。色々と台無しである。
「朝陽も夕陽も、仲良くやれよ。折角の姉妹機なんだから」
一人っ子歴18年の自分からしてみれば、少しだけうらやましい関係だった。
兄弟姉妹よりもずっと珍しい『許嫁』なんて存在がいる時点で、それを羨むような人間でもないかもしれないが。
「…………はい!」
イタニティ……じゃなくて、朝陽はとっても嬉しそうにほほえんだ。
喧嘩するアンドロイド、っていうのもなんだかおかしな話だが、第八世代はそんなもんかと思うことにした。
「朝陽、朝陽ー!」
朝陽は名前を連呼しながら愉快な踊りを嗜んでいる。アンドロイドの間接駆動をフルに動かしている。
人間の英知の結晶が面白可笑しい舞を踊っているのだから、平和なものだ。
「……さ、そろそろ引きこもるのもやめて外に出るかー!」
「うん」
「はい!」
まずは雛子と永久に声をかけないとな。
勢いをつけて、体制を直しソファから腰を上げた。
最新型の試作機なんかも好きですが、型遅れの量産機も好きです。
ていうかロボとアンドロイドは基本なんでも好きです。