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夜明けの葦  作者: サンゴ
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第八世代との出会い

 思うに。

 好き合ったはずの二人でさえ離婚することがあるのだから、そもそも無理矢理くっつけられた自分たちのようなのはどうなってしまうのだろう。なんかもう薄氷の上どころの話じゃない。流氷の上くらい? 大丈夫か、これ。


「む、優真……、せっかくのお出かけなのにとても失礼なことを考えていますね」

 約束していた通りに雛子と出かけているのだが、ふと持ち上がった疑念はとても失礼なものだった。

「エスパーか、おまえ」

「いえ、ただのしがない高校生ですが」

「え、ああ、うん」

 エスパーを職業扱いしているような気もする。あれって職業なの?

 アンケートの職業欄にいそいそと『エスパー』と書き込む雛子の姿を幻視した。

「雛子はとても愉快だな」

「優真、馬鹿にしていますね? もう、今のところは私の立場の方が上なんですからね。そこのところよろしくお願いしますよ」

 珍しく自分の立場を盾に取ってくる雛子だったのだが、その言葉の裏に小さな不安が透けて見える。そういう自分自身もそこそこナイーブになっているのかもしれない。らしくもないな。

「はいはい。で、雛子。今日はデイブレイク社のショールームに行くだけで終わりか?」

 忘れようとして話の流れを変えた。

 駅前に小さなものが一つあるのだ。アンドロイドは生活全般を支える機械なので、ありとあらゆるところに販売店、ショールーム等々がある。電気屋にまで『家電』として売られている始末。今この日本を生きていくにあたって、アンドロイドに関わらない一日を送ることはまず不可能だろう。

「どこかに出かけたいのは山々だったのですけど、残念ながら今日一日は二機にかかりきりですかねぇ」

「ショールームだけか。なんだか、久しぶりだな。普段はあの電気屋なのに」

 駅前にある大型の電気屋にはアンドロイドの整備用の設備等々が完備されており、下手なショールームより信頼できるのだ。だから、基本的に永久のメンテナンスもあそこで行っていた。

「……実はですね、以前テスト用第八世代の受け渡しをあの電気屋でやったところ大騒ぎになってしまったそうで」

 なるほど、確かにあの電気屋はかなりの人通りがある。あんなところで受け渡しをすればちょっとした騒ぎにはなるだろう。デイブレイク社の誤算に巻き込んでしまったその人には、少々申し訳ないことをしたな。

 第八世代は今現在とても注目されている。新しもの好きな人々と、そしてアンドロイド偏愛……じゃ、なかった。アンドロイドマニアのみなさまならば、カスタマイズしていない第八世代にならあっさり気づくだろう。そうなったらもう大混乱。火にガソリンをなみなみ注ぐようなものだ。

 そういったみなさまが支えてくれたからアンドロイドという技術がここまでこられたのだから、感謝しているけれど。

「じゃあ、俺たちも気をつけないと」

 今では他の試作機がニュースで取り上げられていたりと以前より有名になっているし、さらに気をつかわないといけない。

「そう思って私の服を変装用に持ってきています」

「さすがは雛子だ」

「まあ、〈イタニティ〉の方とは体格が合わないので、新しく買ったんですけどね」

 大分自虐的な笑みを浮かべながら雛子は言う。

「聞いてて悲しくなるな……」

 イタニティは姉妹の『姉』に当たり、ステレオタイプでちょっと媚び気味なデザインになっている。

 幼児体型気味な彼女とは、比べるのも哀れだ。


 彼女に任せているとだいたい何でもやってくれてしまうので、ついつい怠けがちになってしまう。彼女もそれに気づきながらがんばっている。…………。もしかしてコレが噂に聞く共依存? 待て、それはいろいろとマズくないか?


「ええと、どうしましたか? 優真、体調が悪いんですか? や、やっぱり早く起こしすぎましたか?」

 押し黙った自分を心配して雛子が聞いてくる。

「雛子--君には無限の可能性が広がっているんだ。一人の男にこだわる必要はないんだ」

 いや、それを許嫁に言うのはどうなんだろう……とどこか冷静な自分が考えるが、いまさらもうどうにもならない。突然湧いた思考に行動が引っ張られてしまっている。

「なにを言ってるのかいまいち分かりませんが、必要がないことこそ楽しむのが人間だといつも言っているのは優真ではないですか」

 彼女のあっさりした物言いに面食らってしまう。おそらく俺は目を白黒させているか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのだろう。雛子は楽しそうに笑っている。

 つやつやとした黒髪は肩にかからない程度にしてあり、どこか上品な印象を受ける。その割に、好奇心に満ちた瞳は、ついつい見ていたくなるような魅力があった。『親しみやすいお嬢様』とでも言えばいいのだろうか。清廉な見た目と柔らかな雰囲気はとても奥ゆかしく思える。

 少しばかり小柄で、あまり女性的な体つきではない(極めて遠回し)が、そこも含めて彼女の魅力だ。

 自分しか知らない彼女がいる、というのは密かに誇りだった。

「貴方は放っておくとよく分からないところに思考が飛んでいきますね、本当に」

 --まさにそのとおりだ。ふとした瞬間によく分からんことを考えている。

「今日は暑いから現実逃避がはかどってるのかもしれない。……そうだ、帰りに冷たいクレープでも買っていこうか。それくらいの時間ならあるだろうから」

「……はい!」

 これでもかなり庶民的な方な雛子は、とても嬉しそうにほほえんだ。





 ショールームの奥、日高と名乗る担当社員がつれてきたのは、案の定第八世代を名乗る二人だった。見目麗しくなるようにカスタマイズされており、通称『不気味の谷』も軽々越えて、人とほとんど変わらない容姿を手にしている。

「こんにちは。DA8として開発されているエーヴィヒの試作型です。よろしくお願いします」

 折り目正しく礼をして自己紹介したのは、確か〈DA8ー2 エーヴィヒ〉(仮)だったかな。これが〈DA7〉にならないようにテストにテストを重ねているのが今のデイブレイク社だ。

 身長150cm後半くらい。雛子と同じくらいで、小柄な方。瞳と同じく金色の髪の毛はアンドロイド然としているのだが、驚いたことに成人式に望む女性もかくやというほどに複雑な髪型だった。間違いなく再現性0だ。寡占企業によくある非価格競争のせいだろう。デザインに凝ってみたり、サービスに凝ってみたり。おそらく日本にまともな産業が生まれた頃からずっとやってる争いだ。

 そういったものを知っていても、彼女のかわいらしさはそんな俗っぽささえも超越しているように思えた。

「同じく、イタニティです」

 こっちが〈DA8ー1 イタニティ〉(仮)だ。身長160cm後半。エーヴィヒよりちょこっと大きい。同じく金色の瞳と髪の毛。かといって『欧風』でもない。アンドロイドはアンドロイド。人間とは少しだけれど、決定的に違っている。

 幼児体型気味のエーヴィヒとは異なり、こっちはちょっぴり丸っこい。雛子や〈RE7 ネクスト〉……永久よりも女性らしい見た目をしている。

 あれ、なんか雛子ににらまれている気がするな。気のせいかな


 次にデイブレイクが送り出す二機は『姉妹機』というコンセプトで作っている。その実、『どちらかが第八世代になれれば良い』という一種リスク管理に似た考え方と、そちらのほうがAI教育には良いという思惑が潜んでいるのだろう。

 デイブレイクの社運がかかっているのだ。慎重になりすぎるくらいでちょうど良い。

 永久を知っている俺からすると二人の表情はとても堅いものにみえるが、これは仕方がない。いわば二人はまだ生まれたばかりで、なにも知らない状態なのだから。ここからの成長速度と柔軟性こそがデイブレイク社の売りであるわけだし。どんな状況下でも一年以下で人格が完成する。これは、かなりすごいことなのだ。



「アンドロイドもずいぶんと小柄になったな……エーヴィヒなんて雛子と同じくらいだし」

「そうですねー。ラジエーター周りとか、大丈夫なんでしょうか? 小型化ちゃんとできてるんですか? ……って、あれ? 私のことチビってばかにしてます?」

 雛子の質問の前半部分に、日高さんは言葉を濁した。俺は後半部分を聞かなかったことにした。

 エーヴィヒにはまだやっぱりちょっと課題は残っているのかもしれない。この子たちはまだ試作機。商品化までに改善されることを願おう。ここでデータを取っていけば少しは改善されるだろう。

 姉妹機とはいっても、機械のそれのように同じ設計図を多少マイナーチェンジした、というような意味合いではない。まさに人間の姉妹のごとく、どこか面影が重なりながらも、性能も人格も全くの別人……というようなコンセプトになっている。イタニティが柔らかい印象のお姉さんで、エーヴィヒがちょっとアンニュイな感じの妹。先ほどリスク管理だ何だと分析したが、ここらへんは単に『可愛いから』というのが大きな理由に思える。あと、セットで売れるかもしれないし。

 が、媚びもあるけれど、こうした個性のあるアンドロイドとはかなりの技術を要するものなのだ。機械に個性があるなんて、驚くべき事だ。

 実際、アンディーの小型化はまだデイブレイク社には難しい技術であるみたいだ。ラジエーター周りは特にデイブレイク社の苦手とするところだし、しっかりボディの中にしまえるのかと雛子も心配していた。

 機器をボディに収納しきれないということは、内蔵をさらけ出しているようなもので大変危ないし、見た目的にも美しくないので売れ行きに響きかねないそうだ。ふつうに考えたらイヤだもんな、内蔵さらけ出してるアンディーなんて。

「あんまり完璧にやられても、私の立場がなくなるんですけどね、あはは……」

「雛子、日高さんが反応に困ってるから。返しにくいことを言うんじゃありません」

 これでも雛子と自分は会社内では有名で、彼も関係くらいは知っているのだろう。

「グチの一つも言いたくなりますよ。うう」

 本当にヘコんでいるみたいでなんだかおかしかった。


 日高さんとメンテナンス周りのことや彼女たちの特長について聞いておいた。これがなかなか興味深いというか、デイブレイク社の本気を見たというか--。

 コンセプトは『永遠に稼働し、永遠に進化し続ける』というものらしい。これ、B級なSF映画だったら絶対人類に楯突き始める奴だ。とりあえず、ゴツい。

 なるほど『イタニティ』とは英語で永遠性を表す単語だし、おそらく『エーヴィヒ』もそういったものから名前をとっているのだろう。響きからしてドイツ語だろうか?


「これでうちのアンディーが三機になりますね……」

 ショールームの裏方で二人を変装させていた雛子がなぜだか嘆息気味にでてくる。今日の彼女はどことなくナーバスだ。

「人間より機械の方が多くないか、コレ」

 贅沢きわまりない。普通だったら『アンドロイド偏愛』を疑われ高校で後ろ指を指され大爆笑されること必至だ。が、そこはデイブレイク社の御曹子! 『仕方ないよね!』と免除されるのだ! ふはははは!

 コレばっかりは御曹子でよかったと心の底から思う。


「永久は半分人間みたいなものですし、バランス良いんじゃないですか?」

 確かに。奴はそこらの人間よりよっぽど人間くさい。欲望に素直だし。

 たった二人のルームシェアに三人のアンドロイド。その点だけ見れば、どことなく大企業の御曹司っぽいな。

 ちなみに我が家は昔(デイブレイクが立ち上がる前に)父母と自分--もう関係性の糸が極限まで細くなってしまった『日野家』が住んでいた一軒家を流用しており、雛子が居候というかルームシェアというか--ともかくそういったことをしている状態だ。

 まず間違いなく『同棲』が一番近い表現なんだろうけど、高校生にとってそんなアブノーマルな響きの語を日常的に使うという背徳感は耐え難いものであり、言葉を濁すのが暗黙のルールとなっている。

 アンドロイドが普及した昨今では学生だけの一人暮らしは一般的なもので、多くの人たちがそうしている。昔は大学生が一人暮らしのスタートラインだったらしいが、今では高校生が一番多い。大学生にできたのだから、機械の補助があれば高校生にだってできるというのは疑いようもない。

「「…………」」

 デイブレイク社期待のお二人は沈黙を保っている。着替えた後の永久は心からの美辞麗句を並べないと無い臍を器用に曲げるのだが、この二人はそんなこともないようだ。

 やはり、彼女たちのAIはまだまだ子供同然らしい。

 --あれ? よく考えてみたら永久の方が子供っぽいぞ?


「大丈夫ですよ、優真。先にテストをしていた人のデータを参考にしているらしいので成長速度はさらに上なはずです」

「本当に、おまえは俺の考えていることが丸わかりなんだな……俺の知らない内に人の心を読む機械でも開発されたのか」

「さあ、どうでしょうね」

 誤魔化すように笑う。なぜだか自信に満ちあふれているようだった。


 ここにいる御曹司と令嬢の二人だけだったらとっても単純で暖かな関係を築けるというのに、後ろに控えた会社同士は年柄年中仲が悪いというのだから、悲しくなる。

 自分たちというデイブレイクとリードの間の抑止力。おそらく、こんな抑止力は少しずつ関係を変えつつ、ユニバース社との間にも設けられているのだろう。

 なんともドロドロした話だ。そういうのはよそでやってくれ。



 少しだけ鬱屈とし始めた思考を引きずりながらその場を後にする。

「なんだか少しだけ顔が熱い」

 そして自動扉をくぐって、ショールームを出るなり、妹のほう、エーヴィヒが言うのだ。

 雛子と並んで歩く自分たちの一方後ろをついてきていたのだが--どうやら言うタイミングをみはからっていたらしい。

「顔……?」

「放熱関連でしょうか? 顔にも小型のラジエーターがあるはずですから」

 永久はあれでいろいろな素体を渡り歩いているが、あまりエラーを起こしたことが無いのでいまいちそういった症状については分からなかった。

 アンドロイドが熱暴走を起こすのは主に『考えすぎ』。機械仕掛けの脳味噌が人間と同じような処理をするのだから、それだけ負荷が大きくなってしまうのだ。

 しかしながら購入直後のアンドロイドは思春期の青少年ばりに思い悩みまくるので熱暴走の危機も人一倍強いのだ。……人?

「さっそく放熱に問題か。もう夏も盛りだし、仕方ないのかもな」

「今日は暑いですからねー。ショールームから出たく無かったですしね」

 八月に入った頃だ。この時期の日本の暑さは、精密機械にはたまったものではないだろう。

 日本人が冬、インフルエンザに悩むように、アンディーは夏、熱暴走に悩む。流行病というか、季節病の一種に近い。

「何かあると大変だから、すぐに涼しいところに行こうか」

 期待の星を熱暴走で失うわけにはいかない。この子たちは何万人もの人の運命を左右しかねない存在なのだから。自分たちのようなちっぽけなホットラインよりもよっぽど大事なのだ。なにが何でも死守せねば。

「イタニティの方は大丈夫か? ……しょ、焦点が合わさってないんじゃないかな、これ!」

 完全に末期症状のように見えるのだが、これは気のせいだろうか。いや、明らかに目がイっちゃってるぞ!?

「どちらかと言うとピントじゃないですか?」

「どっちにしろマズいけどね!?」

 なんで雛子は飄々としているのさ!? すっごい冷静だけど!?

「マズいマズい。人類の夢と希望の星がいっぺんに塵と消える!」

「まあまあ、優真。落ち着いてください。元々涼しい所に行く予定じゃないですか」

「そ、そうだった。冷却シートフル活用しながら最初の予定通りにクレープでも食いに行くか。きっと涼しい。アイスクリームもあるところだし」

「ドライアイスとか沢山ありますしね」

「……雛子は愉快だなぁ」

 君はデイブレイク社のアンドロイドに何か恨みでもあるのだろうか?

「……うー」

 イタニティがもう、完全にやばい。手早く冷却関連のものを装着させてやる。

「うん。エーヴィヒ、イタニティ、行くよ。なにも考えずに付いてこい」

 恐らく、原因はAIの『考えすぎ』で間違いがないだろう。デイブレイクの構築するAIは他社のものよりもずっと繊細で成長が早く、独創的だ。その分、負荷は大きくなってしまう。

 デイブレイク社が『放熱関連に弱い』と言われるのは、AIがすばらしいということの裏返しでもあるのだ。……俺が言ったところで身内贔屓でしか無いのだが。

「は……い」

「うん」

 フランクな方がエーヴィヒ。堅苦しいのがイタニティ。

 心なしか合成音声の方もその性格を反映しているように思える。

「前途多難なテストだなあ」

 二人の手を取って、ゆっくり歩き出す。その腕には、永久と違って識別用の腕輪を巻いていない。試作機・第三世代以前の素体には識別用の腕輪がないせいだ。それが、新たな出会いを実感させてくれた。

 うん、夏休みはより効率よく家でまったりできそうだ。

「--あ、熱暴走をいいわけに家に引きこもるのは無しですよ? テストになりませんし」

「…………」

 やっぱり雛子エスパーなのではないのだろうか?

 こちらの思考を完全に把握されている。

 折角の夏休みなのだからこそ家に引きこもるのではないか。やはり雛子は分かっていない。


 仕様書を見た限りでは放熱能力ではイタニティの方が上なんだけどな。

 サイズ・スペック面で上なイタニティは熱を持ちやすいのかもしれない。



 自動扉が開く。ぶわっ、と押し寄せてくる冷気……ああ、今、天国の扉が開いた気がした。店内BGMが天使のファンファーレに聞こえるよ。

 エーヴィヒは余裕が出てきたのか、あたりを見回している。やはり生まれたばっかりなのでなにもかもが目新しいのかもしれない。こんなに沢山人がいるという状況自体、初めてだろうしな。半分くらいはカラフルきわまりない髪色をしたアンディー達だけど。

「毒々しい色をしている」

 ドアをくぐって数歩のところ。レジの隣にある、アイスクリームが沢山入った冷蔵ユニットを睥睨しながら、エーヴィヒがぽつりと呟く。

「滅多なことを言うもんじゃありません……ほら、店員さんが何とも言い難い営業スマイルをしているよ。すいません、この子稼動して間もなくて」

 クレープを食いに来たわけだが、この店はアイスクリームが主体でそれを使ったクレープのメニューもあるといった調子だ。雛子はクレープ大好きなのでよくよく寄っている。今ではすっかり常連さん。そのおかげか店員さんもにこやかな笑顔で許してくれた。……許してくれてるよね?

 それにしても、とても混んでいる。まさに盛夏という言葉がよく似合うこの一日、アイスやらの冷たいものを欲するのは当然のことかもしれない。

 それはそれとして、思ったことをそのまま言ってしまうエーヴィヒには驚かされた。

 色とりどりのアイスクリームを前にしている状況で、それは禁句であろう。

「待っててね、マスター。今からちょっと、どんな食品添加物を使っているか調べるから」

 元気になったイタニティが、元気いっぱいに禁句を口にした。

「……め、滅多なことを言うもんじゃありません!」

 なんでこう、食欲が減衰することばかり言うのアンディー二人は!

 これでは雛子の食欲が……うん。さっぱり気にしていないようだ。さすがは雛子。週一のペースで食いに来ているだけのことはある。

「なににしようかな。雛子、おすすめは……もう並んでるし」

 少しくらいは連れに気を使ってくれても良いのでは無かろうか。なんかもうガン無視してニコニコしながら並んでいるよ。手にはクーポンを握りしめている。用意周到。

「マスターはどんなものが好きなの?」

「ああ、俺は甘いものが苦手なんだ」

「マスター、滅多なことを言うもんじゃありません」

 甘いものが苦手だからミントだとかグリーンティーだとか、そこらへんのアイスが入ったクレープを食べるつもりなのだが。

「イタニティはどれが良いと思う?」

 メニュー表を前にして、彼女に意見を聞いてみる。

「聞いて、マスター。第8世代からネットワークを利用したデータリンクでAIの教育に生かす……ってシステムができたんだけど」

「お、おう」

 急にどうした。

「なぜだかこのアイスクリーム屋さんの情報だけ異常に充実しているの……な、なんだか怖い。まだ第八世代って数える程しか存在しないのに!」

 …………。他の第8世代もここに来てるの? 世界、狭い。

「この街はいったいどうなっているんだろうな……」

「他にもいろいろ突っ込みどころ満載で、これだけじゃなくて……」

 なんだか少し恐ろしくなってきたな。彼女にしてみればそこらへんをドッペルゲンガーが闊歩している状況なんだろうし。生まれて間もないときにそんな状況、恐怖以外の何者でもない。

 アンドロイドは見た目のカスタマイズができるが、試作機である二人は少ししかカスタマイズしていない。今は雛子の手により変装をさせられた後なので見た目が違うけれど。

 一切カスタマイズしないのもAI教育的にまずいので、最低限はしてある。が、そこに俺は関わっていない。


「何ですか、まだ頼んでなかったんですか?」

 長い列から帰ってきた雛子が、ニコニコ笑顔でそう言った。

「ほら、見てください。新商品の桃のアイスクリームを贅沢に使っているんですよ!」

 心底楽しそうにクレープを見せてくる彼女を見ると、それに包まれたビビッドきわまりないアイスの色も気にならなくなる。いや、これって目をそらしているだけか?

「それじゃ、同じの買ってくるかな。雛子は二人を見ていてくれ」

 ……もう、席を取ってそこで食べてるし。

「マスターと、雛子さんはどんな関係なの?」

「…………どんな関係なんだろうな」

 少しだけ心配になってくる、今日このごろ。


 こちらのことなんてすっかり忘れているような様子でクレープを頬張っている彼女を見ると、多難な前途も明るく見えてくるから不思議なものだ。

 --それから、ちょうど日が陰ってくるころを狙って帰路につく。

 先ほどとは違って余裕がありそうな二人。もう大丈夫そうだ。やっぱり、最新型って大変なんだな。

 人には人の悩みがあるけれど、アンドロイドにだってアンドロイドなりの悩みがあるのかもしれない。

「新商品はまだ3つもありますから、明日も明後日も明明後日も来ましょうね」

「エーヴィヒはエアコンのきいた室内にいたいよな?」

 こんなに暑いのに、毎日毎日よくもまあ外出したがるな。雛子の体には高性能なラジエーターでも搭載されているのだろうか? やっぱりアレか、リード社の令嬢だからなのか? 俺はデイブレイク社だからだめなのか?

「さすがにこれだけ暑いとそう思うのも納得……だけど、運動も大事」

「う……味方がいない。まあ、とりあえず今日は早く帰ろうか。家でやるべき設定も沢山あるからな」

 実は家での設定ってかなり大事だったりする。

 本当に大事なことはショールームの方で設定しているのだが、他にも必要なことは沢山ある。






「おかえりなさい、優真、それに雛子さん。暇を持て余しすぎて大量のクッキーを作ってみたので後で食べてね」

 我が家に帰ると、永久が飼い主の帰宅を喜ぶワンコの如く玄関にダッシュでやってくる。それで、嬉しそうに一日の報告をしてくれるのだった。

「永久。悪いな、一日完全放置で。あんまり目を引きたくなかったから」

 アンドロイドを三人もつれているとなるとさすがに目立ちすぎる……ってのと、夏休みに入ったから大掃除をしたがっていた永久の意向を優先した結果だった。

 自分の手荷物を持ってくれる永久に詫びを入れておく。

「気にしないで。なんせ私はただのロボ。ぼっちライフも何のその」

 胸を張って、七・五・七・五でリズムを刻み韻を踏みつつ自虐ネタをいうというとても高度なことをやってのけていた。

 彼女の仕草によって〈RE7 ネクスト〉の機能性一辺倒で薄くなってしまった胸がしっかりと強調されていた。一層申し訳ない気持ちになってくるのは何故だろう。

「ごめんごめん」

「まあ、冗談はそこまでにして。この子達がデイブレイク社の最新型? なんだか雛子さんに似てるかも」

「あ、それは雛子の服で変装させてるからだと思う。以前、目立ちすぎて大変なことになったみたいだから」

「うん。死人が出かけた」

 さらっと恐ろしいことを言ったエーヴィヒの言葉は聞かなかったことにした。

 なぜ二人が目立つことで人が死にかけるのかはさっぱり分からない。

「そうそう。データリンクによると、エーヴィヒがマスターを危うく手に掛けそうだったって。コレばっかりは多少個人情報に関わるけど、他の素体ともリンクすることになったの」

 しかも持ち主かよ。

「身の危険?」

「ふふ、大丈夫! 〈イタニティ〉の方は仲良くやってたから」

「そっか、うん、何の慰めにもならないかな。……それにしても、アンドロイド三原則はどこいったんだろう」

「さすがデイブレイク社。フレキシブルな対応をするんですね」

「嫌みか、嫌みだな、雛子」

 当然、機械が人間に反乱しないように(というか、危害を加えないように)予防策は打ってあるのだ。アンドロイド三原則、と俗に呼ばれるそれはロボット三原則に由来し、要約すると『人間は大切にね』『アンドロイドも自身もね』というような内容だ。

「そのときは、色々あって例外パターンとして処理されていた」

 ……聞けば聞くだけ怖くなってくるばかりだった。もうやらこの会社。




 ああ。俺の明日はどっちなのだろう?

 第八世代は動作が不安定だし、俺と雛子の関係まで、不安定になってきたし……。

「優真、疲れているようなら、折角だから焼きたてクッキーでも食べたら? 砂糖控えめで優真でも食べられるはずだからね」

 ……。

 少なくとも、永久はいつもと変わらない。その名のごとく、彼女はずっとこんな調子なのだろう。

「ありがとう、永久。おつかれさま」

「勝手にやったことだから、気にしないで」


 ……うん。

 大きく息を吸う。クッキーの甘い香りが胸一杯に広がる。そして、一つ大きく嘆息。

 さあ、もう一頑張りしようじゃないか。

 たまには御曹子らしく、会社の役に立とうじゃないか。

 覚悟を決め直し、二人を連れてリビングへと歩を進めた。

時間軸に関しては、他の作品と微妙に被って若干群像劇じみています。


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