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魔剣士はじめました。

作者: 氷曳



突然だが、わたし、イザヤ(6)には前世の記憶というやつがある。


とは言っても、前世は平々凡々な中流家庭で生まれ育った平々凡々な人間なんだよね。ネット小説の転生モノによくある内政チートをしようにも政治や経済なんぞニュースでしか興味のなかったので知識なんてないし、乙女ゲームの主人公転生や悪役転生でもないのでゲーム知識は活かせない。そして、今世のうちは王国の田舎に居を構える一般家庭。転生しても凡人。


平和が一番なので文句は言いませんよ。事なかれ主義、万歳。


前世の記憶を持ってはいるけれど、別に何か特別なことがあるわけじゃなかった。そりゃ大人びた子だとか、年のわりには利発だとは言われたけど、それだけだ。天才なんてものになりたいとは思わないし。

あ、あと。前世の記憶を思い出した時に今のイザヤとしての人格がなくなったりなんてことにもならなかったよ。よそはよそ、うちはうちって感じかな。え?違う?まあいいじゃん、細かいことは気にすんな。


でもね、前世の記憶があって良かったなって思うことはあるよ。前世の人生経験がある分、精神的な成長だけはずば抜けてるからね。ちょっとやそっとのことじゃ慌てずに対処できるからいろいろ助かってる。おかげで、うちのうっかり大魔王(母)のフォロー役はもっぱらわたしだけど。



まあ、何が言いたいかって言うとね。



「……………」

「……………」

「……………」



この状況、わたしじゃなかったら泣いてるよってこと。



「……………」じゃ分かんないだろうから説明すると、わたしが今居る場所は王国で最も貴い方の目の前。って言っても、数メートル距離が離れてるし、王様が見下ろすように数段高い場所に座ってるんだけど。んで、わたしの周りには厳つい鎧の騎士様方がいらっしゃるから、わたし逃げ場がないわけよ。あはははは。


…………………。


もおうぅぅぅ~~やだああぁぁぁぁあああ!!!


なんなの?なんなの、この空気?!重い。重すぎるんじゃ!!王様なんか難しい顔でじっとこっち見てくるしさー!騎士様からもなんか厳しい視線頂戴してるしさっ!!せめて何か言ってよ!!こわいよ!!!


なーんて声に出して言えるわけがないので、心の中で叫んでおきますよ。なんかもう、最初は何言われるかこわくてビクビクしてたけど、この空気にも慣れたてきたわ。いやー自分の順応力が高すぎて怖い(棒読み)。



――――すり



やさぐれモードに入りかけたわたしの頬に、そっと柔らかな毛並みが擦り寄ってきた。


「テュラン」


――――なーう


小さく呟くように名前を呼ぶと、わたしの肩に乗った青い猫は応えるように鳴いた。甘えるようにすりすりと顔を寄せてくる。


…かわいいじゃないか。この重っ苦しい空間の中ではこの子だけが癒しだ。たとえ、この猫がわたしがこんな所に連行された元凶だったとしても。


「…その猫が、そうだと言うのだな?」


長い、なっがーーーい沈黙を破ったのは王様だった。わたしを、というよりテュランを見ながら言ったけど、わたしに対して問いかけたんじゃないだろう。


「はっ、目撃情報と魔術師の証言から鑑みて間違いないかと」

「そうか…」


ふう、と溜息をつく王様。一拍置いて、困惑しきったような声で呟いた。


「まさか、魔剣が現れ、あまつさえ主を定めてしまうとはな」






どうしてこうなったか。それはおよそ数時間前に遡る。


わたしの家は田舎にあるんだけど、父の知り合いが王都にいて、その方から王都でお祭りがあるからおいでってご招待が来たから、家族三人で田舎から王都までやってきたのが昨日の話。今日は朝から広場で行われた祭りの出し物を見てたの。劇団やらオークションやらがあって、見てるだけでも楽しかったからずっと見てたんだ。


それ(・・)が始まったのは昼をちょっと過ぎた頃だったかな。

昼ご飯を食べて、次は何をやるのかとわくわくしてたのを微笑ましそうに両親が見てた。そんなわたし達の視線の先で始まったのは〈目利き市〉というもの。


「商品の本質を見抜いた者には、その商品を差し上げよう。お代?そんなものは頂かないよ。我輩の商品達はあるべき処に還るだけだからね」


その人はそう言っていた。そしてその人が観衆の前に差し出した商品は―――目の覚めるような蒼い猫。


「…え、猫じゃん」

「どっからどうみても猫にしか見えないんだけど」

「青い猫なんて珍しいわね」

「この場合ってどうすんの。ここにいる全員に猫くれんの?」


周りが口々に猫だと言う中で、わたしはその蒼から目が離せなかった。


「………違うよ」

「イザヤ?どうかしたの?」

「違うよ、お母さん。あれは」


今思っても、その時何故そう見えたのか分からないけど。でも、確かに見えた。



「――――あれは剣だよ」



そう、わたしが口にしたのと、猫の瞳がわたしと捉えたのは、同時だったと思う。その瞬間――。


「わああっ!!」

「なんだ!!風が、急に!!」

「きゃああああ!!」


竜巻が起きているのかと思うくらいの強風が広場に吹き荒れた。根刮ぎ吹き飛ばされるかと思ったけど、意外とすぐに風は収まった。そして目を開けた先にあったのは、青白く光る刀身。


「……え」


わたしの頭と同じくらいの幅、身長を軽く超える長さの刀身は静かに空に浮いていた。蒼い柄をわたしに向けて、さあ掴めと言わんばかりに。


「……えーと、剣じゃちょっとかさばるから、さっきの猫の姿になってくれるとうれしいな…」


後から思うと、いくら混乱してるからってそれはないだろうってくらいアホなこと言ったよ。でも、剣はわたしの言葉に従うようにその姿を猫に変えた。足下の擦り寄ってくる猫を、ただ呆然と見下ろすわたし。誰も、何も言わない、痛いほどの静寂の中で。


「ほほう。貴殿が【魔剣テュラン】の主か」


その人の感心するような声は、よく響いた。


「祝福しよう。永き時を巡った剣と待ち望んだ主との邂逅を。(いとけな)い魔剣士の誕生を。貴殿の剣が切り開く未来(さき)に、幸多からんことを願っているよ」






そこからは目まぐるしかった。両親は呆然とわたしを見てくるわ、周囲の人は騒ぎ出すわ、騒ぎを聞きつけてやってきた騎士団に問答無用で連行されるわ。一体わたしが何をしたって言うんだっ。

…うん、まあ、魔剣の主になっちゃったけどさ。


にしても、何でいきなりこんな所に連れてこられなきゃならないんだか。魔剣っていうのはそんなに危険度が高いシロモノなのかな?


………も、もしかして、主になっちゃいけなかった?


魔剣っていうくらいだもの、普通の剣とは違うだろうけど、まさか、悪魔が宿ってるとか…?こんな無害そうな猫の姿してるけど、実はものすっっっごい悪名高い悪魔で、昔はいろんな国を滅ぼしたりして、勇者とかに剣に封印されたとか?で、主になっちゃったわたしがその封印と解いたとか?国を滅ぼされる前に一族郎党巻き込んでわたしを殺っちまおうゼ☆的な?!!


「かっ」

「む?どうし…」

「家族は何も悪くないんです悪いのは全部わたしなんです罰ならわたしが引き受けますから家族には、かぞくは、どうかころさないでくださいぃぃぃ~~~!!!」


崩れ落ちるように土下座して涙ながらに訴えた。いきなり足場(わたしの肩)が揺れたテュランだが、優雅に着地して不思議そうにわたしを見ると真似をして伏せの姿勢になった。うむ、いい子である。


わたしの軽はずみな行動で家族が処刑されるなんて耐えられない。自分が死ぬのは勿論イヤだが、家族が助かるなら潔く首を差し出そう。だから家族は、助けてほしい。その一心で額を床に擦りつける。


…………………。

…………………。


…ん?何でまた沈黙が落ちるの?ちょ、誰か何か言おうよ。言葉のキャッチボールは大事だよ。


あっやばい。鼻水出そう!高級そうな赤絨毯に鼻水垂らすとか勘弁して!


「ぷっ、くはは、あっはははははは!!!」


…誰だ、わたしの決死の覚悟を笑う者は。ちょっと表出ろ。


「んもう~、だめじゃないですか。こんな小さな子に頭下げさせるなんて」


近付いてきた笑う誰かは、意外なほど優しい手付きでわたしを起こした。


「あーほら、顔が涙でぐしゃぐしゃ」

「うぷっ」


と思う間もなく、ハンカチで顔を拭われる。いや、拭いてくれるのはうれしいけど、あの、そろそろ、鼻水が。

わたしの心の訴えが聞こえたのか、鼻をピンポイントで軽く抓まれる。


「はい、ちーん」


ちーん。


「うんっ。よくできました」


あーすっきりした。じゃなくてっ。


褒めるように頭を撫でてくる人を見上げる。まだ少年とも言える容貌の彼はにこにこと笑っていた。


「えと、ありがとうございます」

「はい、どーいたしまして。いい子だねー。こんないい子に物騒な勘違いさせるなんて、陛下達もひっどいなぁ」

「…かんちがい?」


ばっと王様の方を見ると、いつの間にか段差を下りて近付いていた王様は罰が悪そうに苦笑していた。


「すまない。私達の態度が悪かったな。私達は君を害そうとは考えていない。ただ、今までにない例だったのでね、混乱してしまったのだ」

「いままでに、ない?」

「そうだ。魔剣士は数は少ないが歴史上の中で何人か名を残している。だが、君ほど幼い頃に魔剣士として剣に選ばれることは無かったんだ。それで私達もどうしたものかと悩んでいたんだ」

「じゃあ、かぞくは、だいじょうぶ?」


泣いた後で拙い言い方になってしまったが、王様は笑って膝を折ると、少年よりもぎこちなく頭を撫でてきた。


「ああ。君の家族には一切の咎はない。勿論君にもだ。だから、安心するといい」



――――よかった。



そう思ったらまた涙腺が緩んでしまったようで、じわりと滲む涙をごしごしと手で拭っていたら「擦ったら赤くなるよ」と少年にやんわりと止められ、再びハンケチーフの出番となった。


「落ち着いたか」

「…はい。お手数をおかけしました」

「いや、構わん。元々は私達の方が悪いからな」

「そーそ。せめて説明くらいしてあげればいいものを、ずーーーっと難しい顔で黙りこくってるんだから。勘違いするのも無理ないよ」

「いえ、わたしも早とちりしてしまってお騒がせしてしまいました。ごめんなさい」


ぺこりと頭を下げると、二人は驚いたように目を丸くした。


「…君は、確か貴族ではないと聞いたが」

「はい。イザヤと申します、身分は平民です」

「随分しっかりした子だね」

「……ふむ」


顎に手を当てて頷いた王様は居住まいを正してわたしに向き合った。


「イザヤ」


わたしの名前を呼んだ王様の真剣な表情に、自然に背筋が伸びる。


「君は魔剣の主に選ばれた。それがどういう意味が分かるか?」

「…いいえ、分かりません。ごめんなさい」

「謝らなくていい。それが普通だ。――――魔剣士は、その存在が判明した次第、身分・性別・年齢に関わらず国籍のある国の騎士団に所属してもらうことになっている。その国の魔剣士としてな。これは我が国だけでなく、他の国でも同じだ。…前例が無かったので躊躇ったが、君ならば大丈夫だろう」

「…待ってください、陛下。まさか」



「君を、今この瞬間から、我が国の魔剣士として王国騎士団に籍を置く。これは王命だ」



射貫くような視線に晒されたこの状況で、


「………う、承りました」


そう言う以外に、わたしに何ができただろう。




イザヤ(6)。今日から職業:魔剣士ですっ。




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