03
辿り着いた事務所であろう場所は今にも崩れそうな雑居ビルであった。
ここは大丈夫なのだろうか…?
いや、見てくれなんてどうでもいい。
とりあえず働いているという肩書きだけでもゲットできればそれで…。
あんなヘラヘラしてる啓太もちゃんと同じような芸能プロダクションで働けてるんだし、そんなきつい仕事でもないだろう。
俺は意を決すると狭くて塗装の剥げた階段を登った。
事務所のあるであろう階は電灯が切れているのかまだ夕方と言うのにその廊下は真っ暗であった。
深呼吸するとその事務所のドアを叩いた。
が、返事はない。誰もいないのか?
もう一度ドアを叩いてみるも誰も出てこない。
が、微かに物音はする。確かに人の気配は感じる。
ゆっくりとドアノブに手をかけるとドアノブがゆっくりと回った。
"ギィ"っという不吉な音と共にドアが開く。
真っ暗だった周囲に一気に光が差し込み思わず目が眩む様だった。
視界が開けた時、俺は思わず絶句した。
ドアの目の前におっさんが倒れているのだ。
「うわぁ!?だ、大丈夫ですか!?」
これは、殺人事件だろうか…今からスリルとショックとサスペンスが始まるのだろうか!?
いや、そんな事を考えている暇はない。
俺はおっさんに駆け寄ると何度も呼びかけたが反応はない。
いよいよヤバイと思った俺は救急車を呼んだ。
周りに他のスタッフ等が居なかったため俺はおっさんの付添い人として一緒に病院へと向かった。
その後搬送された病院でおっさんは無事意識を取り戻した。
病名は"過労"だそうだ。
「いやぁ、本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です。」
おっさんは俺に深々と頭を下げるとにっこりと微笑んだ。
「いえ…別に…。」
「この所寝る暇がなくて…ダメですね。社長がこんなんじゃダメですよね…。」
「…。」
「実はね、うちの会社の経営がかなり苦しい状況になっておりまして…先日、社員達が半数逃げ出してしまいましてねぇ…。もうダメかもしれません。」
「はぁ、そうなんですかぁ…。」
俺は時計をチラっと見た。
もう時刻は20時を過ぎていた。
あぁ、どうしよう。俺はこんなところで油を売っている時間はないのに…。
おっさんはゆっくりと体を起こすと大きく深呼吸をし始めた。
そして、神妙な顔つきになり、俺の手を握った。
「…お兄さん、私はここであなたに会えたのは何かの縁だと思うのです。」
「は!?」
おっさんは俺にぐっと顔を近づけてきた。
やばい、これはガチな人だ…。俺は大きく仰け反ったが手を引っ張られ元の位置へと戻される。
俺はこのままおっさんにファーストキスを奪われてしまうのだろうか!?
いやだ、俺はこんなおじさんのために毎日リップケアをしてきたわけではない!!!
あああああああああああああ!!!!!
「お兄さん、アイドルに興味ありませんか?」
「…へ?」
おっさんは俺の手を離しにっこりと笑った。
勘違いしてた自分が妙に恥ずかしくなった。
「実は最後の策として、アイドルグループを作ろうと思っているのです。今、芸能界の覇権を握っているのはアイドルです。成功すれば一発逆転ホームランだと思っているのです。ですが、私にはアイドルの知識はありません。なので…もし、お兄さんが良ければ、わが社でアイドルグループを作っていただけませんか?」
これは俺を社員になれとスカウトしているのであろうか…?
非常に都合のいい提案だ。
俺はアイドルの知識に関してはかなりの自信がある。
というのも、俺の一押しアニメ『プリドル★』はアイドルを目指す女の子達のシンデレラストーリーだ。
ここで学んだ知識は間違いなく生かされるであろう。
俺は深呼吸をすると真っ直ぐとおっさんの目を見て口を開いた。
『お断りさせていただきます。』
「…へ?」
「時間もあれなんで、俺、帰らせて貰いますね。無理をせずゆっくり休んでください。ではっ!」
俺はそう言うと颯爽と病室を後にした。