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「さようなら」の後は、  作者: 汐月 羽琉
第二章 見る
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内面の輝き

 ひとつ深呼吸をして、ろくろと向き合う。中心を絶対にずらさないようにしながら、左手はそれを支えるだけ。力の入れ方は均一に。木鏝きごては優しく。

 形成されていく作品に意識が集中して、集中して、やがて深く深く潜っていく。

 陶芸を始めて以来、この瞬間が一番好きだった。

 間もなく平皿が出来上がってろくろから切り離し、私は大きく息をついた。

「ゆかりさん、上手くなってるわね。次はどんぶりを作ってみない?」

 あまりにも熱中していたからか、由子先生の声が耳の奥で反響したように思えて驚く。振り返ると、彼女は元気よく笑っていた。

「すごい集中ぶりね。感心だわ」

 照れ臭さを誤魔化すように笑うと、先生は楽しそうな笑い声を上げる。これは最近だとよく見られる光景だった。

 私がここに通うようになって早くも1ヵ月。変わらず、自分探しのためにもこうしてひとつひとつ、時間がかかっても作品を作り上げていっている。これは、初めての時から何も変わっていない。最近は少しずつ焼きにも関わらせてもらっているくらいで。

 でも、最近になって変わったことがひとつ。

「そっちはどうなの? 和馬。いいものが描けたのかしら?」

 どこか冷やかすような口調で、窓辺に座る人影に問う由子先生。

 少し慌てる私をよそに、その『影』である和馬さんは大きく微笑んで頷いた。私がそれに顔を真っ赤にして俯いてもにこにこと笑っているだけ。

 変わったこと、とはこれ。私の作業中、和馬さんが教室にいるようになったのだ。もちろん、ただぼーっとするためでなく、絵を描くために。

 光栄すぎることに、私をモデルにした作品をスケッチしているのだ。どうして、と思わなくもないが、私が自分自身で了承してしまったのも事実である。

 ――私でいいなら、いくらでもいいから。

 泣いて混乱していた時だし、承諾していたことなど私自身は忘れていたのだが、和馬さんはしっかり覚えていた。

 ――いいって言ってくれたし、描いてもいいんだよね?

 あの日の後に初めて会った時、いつものあたたかい雰囲気にプラスして、にこにこ顔でそう訊かれた私。

 断れそうもないその様子に、私は何も言い訳することもできず。悲しいかな、乾いた笑い声を上げながら頷くしかなかった。

 と言うより、天使の微笑みかと見紛うばかりのその顔に負けたのだ、私が。天然ボケの和馬さんのこと、恐らく自分の顔がどれだけ破壊的なのか分かっていないと思うけれども。

 あんな表情で、なおかつ「駄目?」と言っているような瞳で見られては、たいていの女子など陥落だ。少なくとも私はあの目に敵う気がしない。

「どれどれ……あら。素敵じゃない」

 和馬さんの膝の上にあるスケッチブック。そこに視線を落とした由子先生の口元が綻ぶ。

 そこに描かれた本人たる私は、恥ずかしくて今まで一度たりとも彼の描いた絵を見られたためしがない。

「ゆかりさん。今日こそ見てみない? 本当によく描けてるわよ?」

 それをよく知っている由子先生は、くすくすと笑って訊いてくる。

『おれもぜひ見てほしいな。今日のは、特に自信あるよ』

 迷いに迷っていた私だけれど、やはりというか彼の笑顔に負けた。

 恐々と覗きこんで――そして、息を呑む。

「わ、あぁっ!」

 ろくろと、その上の土を真剣に見つめている少女。彼女の目は生きているように輝いていた。いや、目だけじゃない。全身が、生き生きと輝いている。

 他人を見ているような印象になってしまうのは、それがあまりに美しく描かれすぎていて、自分に思えないから。『美しい』とか、陳腐な台詞になってしまうかもしれないけれど、それしか当てはまりそうもない。

「綺麗……私じゃないみたい」

 呟きを聞いて、和馬さんは喉を軽く鳴らす。これは笑っているのだ。

『間違いなくゆかりさんだよ』

 おれが描いたのはゆかりさん以外ありえない、と彼の字は紙の上で躍るが、まだあまり現実感がない。

「だって私、こんなに綺麗じゃないよ……?」

 尋ねると困ったように笑う秋月親子。それに私がきょとんとすると、今度は同時に吹き出す。

「え……? ちょ、ちょっと……2人ともどうしたんですか……?」

 息が止まりそうなほど笑い転げている二人に私は目を白黒させるばかり。片方は声が出せない分余計に苦しそうに見えるから、心配になるぐらい。

 それから親子が笑い治まるまで、たっぷり分単位はかかった。

「そろそろ説明が欲しいんですけど……」

 目の前で二人がお腹を抱えて笑う中を放置されていた身としては、早いところ説明が欲しい。意味もなく笑われたんだとしたら、悲しすぎるし。

『心配しなくても、ゆかりさんは充分綺麗だよ』

 呆気にとられたせいで、「え?」という言葉すら導き出せなかった。

 今、目の前のこの人は何と言ったのだろう。

「そんなことないです……幼なじみの中でも、もっと綺麗な子はいっぱいいます」

 今思い浮かぶだけでも、たくさん。自分の外見は一番よく私が知っている。平均も平均、綺麗などと言ってもらえるような部分はない。

 仮に私が「綺麗」と仮定されるのだったら、あの子たちはどう表現すればいいのだろう。世界一の麗人?

 ぐるぐるとそんなことを考えている間に、和馬さんの手が数回、ぽんぽんと軽く叩くようにして私の頭を撫でていった。

「……?」

『綺麗っていうのはね、外見だけじゃないよ。最近のゆかりさんは、自分だけの輝きを必死で見つけ出そうとしてる。そういう様子が、おれは綺麗だと思うよ』

 内面からの輝きっていうのかな? とか、そんな照れ臭い台詞、本当によく言えると思う、この人は。そして他の人が言ったらきっと気障ったらしくて背中がむずがゆくなりそうである。

 前々から思っていたけど、この人は天然たらしである。絶対に。

『ほら、この機会に今までの絵も見てみなよ』

 ぱらりぱらりとめくられていくスケッチブックのページ。当然だけれど、そこには総て『私』がいた。でもやっぱり、私だとはとても思えない。

 真剣な私。笑う私。失敗して泣きそうになっている私。

 どれも、私が見たことのない自分自身だった。

「こんなところ描かないでくださいよ……」

 今にも涙がこぼれそうな自分の絵を見つけて、恥ずかしさに少し唇を尖らせる。

『ゆかりさんの涙は綺麗だよ?』

「またそういう……」

 訂正。すでに照れ臭いを通り越してむず痒い。不思議そうな表情をしているところからして、全く自覚なしであるのが罪だ。

『おれは一度見たら、綺麗だなと思った瞬間はたいてい記憶できちゃうんだ。だからこそ描けるんだけど、こうして絵として残してるってことは、少なくともおれが綺麗だと感じたのは間違いないよ』

 そういうことをさらっと言うところが『天然たらし』なのだ。さすがに少し苦笑をこぼすけれど、和馬さんに悪気が一切ないのは分かっている。小さく「ありがとう」と言えば、彼が笑ってくれることも。

 気づいたら、由子先生はいつの間にかいなくなっている。

 二人しかいない陶芸教室。私たちの出す音のみが小さな世界を支配する。

 彼の隣に座って、一緒に窓の外をぼんやりと見た。

 風が外の木々の葉を揺らしているのが見える。木漏れ日もそれに合わせて揺れている。ゆらゆら、ゆらゆら。まるで踊っているみたい。

 もう少ししたら、お見合いの日。

 今までそんなこと感じたこともなかったのに、覚悟していたのに、怖くて切なくてどうしようもない。誰かの体温が欲しくて恐る恐る和馬さんの手に触れると、彼は優しく握り返してくれた。

「和馬さんの手、あったかいですね」

『今まで作業してたから、ゆかりさんの手が冷えちゃってるんじゃない?』

 このあたたかく穏やかな時間が、いつまでも続けばいい。そう思ったのは、間違いなく真実だったのだ。

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