常識、正常、そして普通
――『常識』って言葉は、いつだってあやふやで、不確かだよね。
あなたはいつものあたたかな笑みを浮かべながらそう言った。
たとえば平和な今の日本なら殺人は大罪だけれど、少し前の戦争をしていた日本でなら、それは『異常』ではなく『正常』だったのだと。
――世の中の『常識』とか『正常』とか『普通』なんて、いつだって大多数の人間が形作るんだ。
そう教えてくれたのもあなただ。
たとえば自分では赤だと思っていてもそれを白だと嘘をついたとして、周りからの賛同が得られてしまえば、『正しかった』はずの赤はその瞬間に『誤り』になる。
同じように、正解は『1』でも、大多数が『100』だと言えばそれが『常識』になる。
――人間の世界なんてそんなものだよ。
あなたはまた笑ったのだ、確か。
――そんなの横暴よ。
呟く私に向かって。
その時々によって移り変わり、誤りが正しいとされてしまうなんて、『常識』なんて必要ないじゃないか。
それなのに周りはこぞってそれを押しつける。
自分の信じるものが『常識』なのだから、それをお前も信じて当然なのだ、と言わんばかりに。間違っているかもしれないのに。
――そうかもしれないね。
憤る私にまた穏やかに笑って、あなたはあなたの世界に向き直ったのだったかな?
『カンバス』という、あなたしか創造できず、あなたしか完成させられない白くて小さい世界に。
――そう思うのなら、信じ通せばいいんだよ。君の信じる常識を。正常を。
真白かったカンバスは、あなたの筆の動きによって色づいて。きらきらきらきらと、輝いていた。
――それでいいの?
――いいと思うよ。おれはね。
穏やかな笑みは変わらず、深められていって。
――……その常識がもし、間違ってたら?
次の答えこそが、私の心に強く刻まれている。
――その時は見直せばいいんだよ。言っただろう? 常識なんていつだって曖昧で、不確かだ、って。
――それまでの間違っていた自分に「さようなら」を告げて、
「さようなら」の後は、
新しい自分に「こんにちは」って告げればいいんだよ――