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別世界

 誰かが倒れていた。巨大なマンションの前で、日が暮れた後。

 その周りに人々は集まり、警察が現場を調べている。

 周囲の人々の言葉に、僕は聞き耳を立てていた。


「かわいそうに……」「誰がこんな酷いことを……」「物騒な世の中になったわねぇ」「あんな小さな子を……」「まだ子供じゃないか……」


 大体こんな感じ。さて、()はどうだろう。僕はまた聞き耳を立てる。


「自分じゃなくてよかった」「どうでもいいから中に入らせろよ」「マンションの悪い噂でも立ったらどうしてくれるのよ」「さっさと片付けろよ」「うわ、気持ち悪……」


 大体こんな感じ。まあ極論なんだけど、人間には裏表があるもんだ。それがこれよりちょっと曖昧なだけ。

 その事実を受け入れるか、否定するか。それだけでも、生き方は変わるのかもしれない。





 目が覚めたのは午前五時。


「あー、やな夢見たな」


 散らかっている記憶の中に、薄らと消えかかる新しいものを見つける。

 人が死んでいて、そこに人が集まってくるという内容のガラクタ。

 ちょいちょい見る夢だ。原因が何なのかも知っている。

 額に置かれていた右手をどかして、身体を起こす。そっか、昨日はソファーで寝てたんだった。

 水を飲もうと、フラフラと台所に向かう。水道水を少し飲んで、顔を洗う。

 新しく取り替えたタオルで顔を一拭きして、両手でパン、と叩く。


「よし、と」


 朝食を用意しようと、冷蔵庫の中身を開ける。大したものはできないけど、簡単な料理くらいはできる。

 空っぽだった。


「買い出し行かなきゃなぁ」


 時間的に、どこも開いているわけがないのだけれど。





 午前九時。場所はスーパーマーケット。とりあえず腐りにくいものと、普段使うものをカゴに入れていく。

 家には書き残しを置いておいたので、喜中さんは適当にしてくれていると思う。


「これくらいか」


 なくなりかけてたオレンジジュースをカゴに入れて、レジを済ませる。朝早いおかげか、あまり待たずに終えることができた。

 荷物を袋に詰めて、スーパーから出る。


「ん?」


 気のせいか、来た時と道が変わっている気がする。でもまだ街を把握できていないので、よく分からない。


「まあいいや」


 真っ直ぐ歩けば自宅にたどり着く。それだけは覚えていたので、躊躇いなく道を進んでいく。

 今日の天気は曇り。風は冷たく、肌寒く感じられた。

 道の脇では子供達が騒ぎながら走っていき、それを保護者らしき人が静止する。

 公園のベンチではカップルがベタベタしていて、その前では砂浜で遊ぶ子供達。

 騒がしい休日。こういうのも悪くないのかもしれない。そう思っている僕の横を、小さな子供達が通り過ぎていった。

 変に子供が多くないか? 休日だったらこんなものなのかな。

 それほど気にすることでもないので、歩を進めていく。近づいたせいか、電線にとまっていたカラスが一斉に飛び立った。

 気にしない。ほどほどの距離を歩き始めたところで、遠い場所に雷が落ちる。

 雨が降りそうなので、足早に歩き始める。ところが、歩いても歩いてもマンションにたどり着けない。

 そのことに気付いた時に、僕は足を止める。

 すぐ横を、賑やかな子供達が通り過ぎていった。


「あれ? さっきの」


 周りを見回してみると、公園があった。ベンチでは、カップルがベタベタしている。

 砂浜では、城を作り上げている子供達。

 同じところをグルグル回っている? いや、ずっと真っ直ぐ進んでたはず。

 だったらあの公園はなんだ。


「やあやあコウさん」


 公園の子供達を見ていると、正面から声が投げかけられた。顔を身体の前へ向ける。


「……」


 察した。


「おいおい、そんな冷たい目で俺を見ないでくれよ。これは事故だ」


 事故を起こした割には、面白いものを見つけた子供のような表情をしている。

 ため息を一つ、ゆっくりと吐いた。


「で、もう一人は?」

「もう一人?」

「足音が二人分聞こえてたんだけど?」

「相変わらず聴覚はバケモンだな」

「誰のせいだよ」

「求めたのは誰だ? ん?」

「求めたものが手に入ってないんだけど」

「ねえ」


 アキラとのムカつくやり取りの中、幼い声が聞こえた。発生源はアキラのすぐ隣。アキラと手を繋いでいて、こちらを見ている。


「ごめん、そこにいたんだね」


 茶色のフードを被った、小さな子供だった。中性的な顔立ちで、性別がわかりづらい。瞳が青く、肌は白い。

 サイズがあっていないのか、袖の中に手は隠れている。

 顔は無表情。


「ぼくのこと、わかるの?」


 おそるおそる、口に出す。僕にちゃんと聞こえているか、確認するように。

 一人称から考えると、男の子かな。


「大丈夫だよ」


 目線を同じ高さにまで下げて、ポン、と頭に手を置く。すると、顔を伏せてしまったが、表情は緩んだように見えた。


「やっぱりお前なら気付けるか、こいつの存在に」


 やけに意味深長なアキラの言葉が、気にかかった。


「またなんかやらかしたの? 命は(もてあそ)ぶものじゃないよ」


 男の子の頭を撫でながら言う。


「命を生み出したんじゃない。空間が歪んだんだよ」

「それまたど派手な」


 長い話の予感。


「それで、みすぼらしい姿のこいつが来たってわけだ」

「へー」


 間の過程すっ飛ばしたなぁ。


「別世界の孤児なのかどうか、そこのところは曖昧だ。さっき見つけたばかりでな」


 全部曖昧じゃないか。


「で、この子は結局何なの? 最初、この子がいることすら気付かなかったんだけど」


 僕の質問に、額を押さえて「んー」と唸るアキラ。僕は撫でていた手を頭から離し、立ち上がる。

 すると、男の子が物足りなそうな目でこちらを見上げてきた。かわいい。


「元々、この世界にいない存在っておうのは理解できるよな?」

「あ、うん」


 かわいさに見とれて、つい反応が遅れてしまった。子供ってかわいいよね。


「だから、なんというか。まぁ、認識しずらいんだよ。こっちの世界では」


 説明しづらそうに、なんとか言葉を紡ぎ出すアキラ。


「はぁ」

「慣れたら普通に気づけるようになれるから、あんまり気にすんな。常人でも触れれば気付ける。音でもお前の耳なら気付けるさ」

「はぁ。じゃあ超人でもなんでもなく、普通の人間ってこと?」

「いや、それは」


 何か言おうとして、アキラは口を(つぐ)む。あっていないこともないらしい。


「雨も降りそうだし、そろそろ帰らせてくれない?」


 いい加減このループから抜け出したい。うんざりした気分が、顔に出ていないだろうか。


「悪かったよ。相変わらずだな、お前は」


 手で頭を掻きながら、カラカラと笑う。出ていたらしい。


「かえる……?」


 男の子が、寂しそうに呟く。

 そんな反応に、アキラがすぐフォローを入れる。


「心配するな。今日からお前の家はこいつん家だ」

「待て」

「ほんと?」


 曇りのない純粋な目で、上目遣いで僕を見つめる男の子。む、無理だなんて言えない……。


「う、うん。本当だよ」


 にっこりと笑って言ってあげる。別に嫌なことはないんだけど、学校行ってる間どうしたらいいんだ。勿論その間世話なんてできない。


「空間の歪みも戻ったから、すぐ帰れるだろ。じゃあな」

「あ……」


 押し付けるだけ押し付けて帰っていった。世話できないんだったら余計なことするなと。


「はやく、かえろ?」


 ぐいぐいと服を引っ張られる。キラキラした目が眩しい。


「はいはい。ところで君の名前は?」

「なまえ?」


 意味を分かっていないのか、首を傾げられた。


「そうそう。君が呼ばれていた名前だよ」

「よばれてた? いちななろくはち?」

「いちななろくはち?」


 今度は僕がオウム返ししてしまう。男の子は、こくんと頷く。

 一七六八。少し考えれば、それが何を意味するか理解できた。どんな境遇にいたのかも。


「うーん、じゃあ今日から君の名前は一七六八じゃなくて時雨、時雨だ」

「しぐれ?」

「そうだよ」


 時が無限に繰り返されてて、雨が降りそうだからと単純な名前。完全に季節外れな名前だけど。こんなのでいいのか不安になる。


「……うん!」


 覚えたのかどうかは分からないけど、元気良く答えるこの子かわいい。つい頬が緩んでしまう。


「ほら、手貸して」


 時雨の手を握り、ゆっくりと歩き出す。

 本人は気に入ってるみたいだし、これでいいんだよね?

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