連れ込み
空は晴天、気分は曇天。自分とは対照的な空を一睨みしてから、学校への道のりを歩き出す。
朝は苦手だ、ずっと休みが続けば学校なんていかなくていいものを。
学校への道はワイワイ賑わっていて、みんな活気で溢れている。どうやったらあんなに元気でいられるんだろう。
季節は春、運動すると汗ばむ程度の気温だけれど、これから暑くなるかと思えばさらに憂鬱になる。
「よ! 親友」
学校で友の姿を見ると、もう明日から来なくてもいいかなって気もする。
春休み明けから1週間、僕は何も進歩していなかった。
「おはよう」
返事だけして、自分の席に座る。あの日に座っていた席が、それぞれの座る席になった。適当なもんだ。
「朝から暗いなおい! 唯一の親友なくしてもいいのかぁ~」
馴れ馴れしく僕の背中を叩いてくる。顔が薄ら笑っているのがこの上なくうざい。
「朝からめんどくさいな、いいことでもあったの?」
ため息混じりに聞いてみる。
「あったあった! 何があったのかは、考えときな!」
それだけ言い残して、自分の席へと戻っていった。すぐ隣だけど。
「なんなんだよもう……」
一日は、今日も平和に進んでいった。
*
「久しぶりだなー、お前の家に行くのは!」
ニコニコと朝から妙にテンションの上がっているアキラに押されて、なぜか家に来ることになってしまった。
「家で変なことしないでよ……薬ばらまくとか、盗聴器つけるとか」
「そんな犯罪行為すると思ってんのか!」
結構している筈ですが。
帰宅部の練習風景を見ながら、僕達は道を曲がる。
「それにしてもさ、どうして僕ばっかりに話してくるの? 君の性格ならもう友達もできてるだろうに」
「話しかけて欲しくないか?」
「そういうわけじゃないけど」
頻度は下げて欲しいけど。
「まあ、なんというかさぁ」
両手を頭の後ろで組んで空を仰ぎ、僕から視線を外す。
しばらくの間。
「……まあ、なんとなくだよ、なんとなく」
「そうですか」
結局こんな答えが帰ってきたので、深くは聞かないことにする。
「お前の方は? 友達はできたのか?」
質問がそのまま返ってきて、喉からくぐもった声が出る。
「だろうな、聞いた俺が間違いだったよ。毎日一人だもんなぁ」
はっはっは、とからかうような笑いを無視し、歩を進めてアキラの前に出る。
「寂しくないのか?」
声のトーンを下げて、僕に投げられる直球な言葉。
「……別に」
単純なボールを、取るのではなく避ける。楽しい、とは言えない生活だ。でも、どう人と関わればいいか分からない。
それをアキラに言ったところで、どうにもならない。
「そうか。お節介だったな、スマン」
察したのかどうかは知らないけど、それから互いに黙って歩いた。
それほど長く帰り道は続かず、あっという間に玄関前。
「えーっと。鍵は、と」
適当にカバンに放り込んだ鍵を、手を突っ込んで探す。
教科書類が手にぶつかって痛い。
「ん? コウ、あの子誰だ?」
「え?」
呼ばれて見てみると、こちらを観察するように、階段からじっと見つめている少女がいた。
「一週間前の子かな? はっきりとは覚えてないんだけど」
背が小さいことだけは覚えているから、多分そう。
しばらく視線を交わしていると、少女は急に走り出し、隣の部屋の前でスカートのポケットを探り始める。
「同じ制服だな、向こうはお前のこと知ってるんじゃないのか」
言われて気がつく。初めて会った時は私服だったから分からなかったけど、同学年だったのか。
「知り合いではないはずだけど」
向こうには聞こえないように、ヒソヒソと話す。内容は聞かれてないと思う。
ようやく見つけ出した鍵を取り出して、鍵を開ける。
少し気になってチラリと横を見ると、肩を落とした少女の姿があった。
「気になるんだったら声かけろよ。同学年で、同じ学校らしいし」
ニヤニヤと意地の悪い笑み。同じクラスの同級生とすら話せない僕に、ナンパじみたことをしろと?
「そういうのを公開処刑って言うんだよ」
「今誰もいないだろ」
「隣人だよ?」
引っ越してきて一週間で隣人とギクシャクし、また引越しという事態にはなりたくない。
「しゃあない、俺が話してくるよ」
そう言って少女の元に向かっていくアキラ。何がしゃあないんだろう。
事故した時に被害が大きいのは僕なんだけど、そこ分かってくれてるのかな。
「鍵なくしたのか?」
いきなり声をかけられた少女は、びっくりしたようにアキラに顔を向ける。
訝しげな表情のまま、こくりと頷く。
「そうか。部屋に入れないとなると面倒だろうし、一旦あいつの家で休んだらどうだ?」
声が出そうになるのを、寸前のところで飲み込む。
いくらなんでも話が強引すぎる。
アキラに文句でも言ってやろうかと思ったけど、ここで突っ込んで巻き込まれるのもいやだ。手遅れな感じもするけど、黙っとく。
「……え?」
肝心な本人はキョトンとした顔でアキラを見つめている。そりゃそうなる。
「最近寒いし、少し温もってから行動してもいいんじゃないのか?」
見知らぬ他人の部屋で温もろうとは、普通思わない。
そこまで聞いてもまだキョトンとした様子の彼女。
話を聞いてたんだろうか。常人なら傷つく断り方をするはず。
「ま、外は寒いしひとまず中に入ろう」
怪しい大人が子供を誘拐する時の映像と重なった。
グイグイと少女の背中を押して、僕の部屋の前に連れてくる。
困ったような表情はしているが、抵抗する様子はない。どうすればいいのか、パニックになっているだけの可能性もある。
「ここだから、中で待ってろ」
トン、と背中を押すと、振り返りもせずに靴を脱ぎ、扉を開けていった。
「連れ込み成功だな」
「何してくれてんの?」
あそこから僕ができることなんて、ないと思うのだけれど。
「心配するな、失敗した時は記憶を消せばいい」
「便利な世の中だなぁ」
もう声を震わせて適当に答えることしかできない。どうするんだこれ。