遊び
ワイワイと賑わう廊下。あの人に会うには、長蛇というほどでもないが、結構長めの列に並ばなければならなかった。
特別教室の見た目は結構普通。ただの教室を借りたらしかった。
話が終わったらしい人が教室から出てくるが、その大半が不満そうな顔をしている。
「で、弱み握るって何するの? 脅すの?」
教室前にいる黒服の男に聞かれないよう、小声でアキラに尋ねる。
目を瞑って腕を組んで瞑想しているように見える。いや迷走か。
「考えはあるよ。単純なことだ」
「犯罪はやめてね」
目をカッと見開いたアキラがそう言うので、一応僕の願いだけは伝えておいた。返事は返ってこなかった。
「次、入れ」
列が長い割に、あまり待つことはなかった。話が結構短いんだろう。
スライド式のドアを開けると、中には椅子に座っている少女と、黒い服の男がいた。
護衛だろうか。ご苦労様です。
「二人なのね。いいわよ、座って」
目の前の椅子を指差し、少女は不満そうな声を出す。
少女の見た目は金髪を一箇所でくくってて、背が高い。
後、目が青い。外国人なんだろうな。
「どうしたの? ここに座って?」
「あ、はい」
既に座っていたアキラの横に、僕も腰掛ける。友人と一緒でも二人までなら会ってくれるらしい。
「ここに来たということは、何のためか分かってるわよね?」
妙に高圧的な態度で接してくる少女。よく分からないし、アキラに丸投げしよう。
「ええ、勿論です。あなたに才能を発見してもらいに来ました」
ああ、そういうことなのか。
「同じく」
こちらに目線を向けられたので、適当に答える。
「そう……はっきりと言うわ。あなた達には才能がない」
うんざりとしたふうに言うので、多分同じセリフを何度も繰り返しているんだろう。
「でも、きっとあなた達にも才能の欠片はあると思うから、頑張って頂戴。以上」
流れ作業のように会話を終わらせられる。
一体何を頑張るんだろうか。
「ありがとうございました!」
「え? あ、ありがとうございました」
いきなり立ち上がり、一声だけ出してさっさと部屋を出て行くアキラの後を追う。
もう終わっちゃったよ。
ドアを閉め、教室から離れたところで立ち止まったアキラに声をかける。
「もう帰っていい? 化けの皮剥がさなくても、剥けてきてるじゃん」
「ダメだ」
後ろを向いたまま即答されてしまった。
「このままじゃダメなんだ……勝手に朽ちられても面白くない」
「真剣に言うけど、結局は遊び道具失うのが嫌だって話だよね?」
「人聞きの悪いこと言うなよ、イベントがあれば乗るのが勇者だろ?」
「生憎、勇者じゃないので」
これからの学校生活が絶望的になるイベントなんていらない。
「そんなにイベント起こしたいなら、前に作った惚れ薬でも飲ましてやればいいんじゃないの。飲んだ者の魅力を引き出すとかいう」
アキラは変なものを作るのが趣味で、得体のしれないものを作っては僕で実験している。
その役割をあの子になすり付けられるなら何だっていい、というのが本音。
「ほう、その薬をどうやって飲ませる気だい?」
「アキラならできるでしょ。パパっとやりゃあいんじゃないの」
段々と人気がなくなっていく廊下。このペースだと中から出てきた人の顔を見て、帰った人もいるんじゃないのかな。
「楽に言ってくれるな。それじゃあ楽しくないじゃないか」
「飲ませて経過を見ればいいでしょ? 我慢しなよ」
苦笑いになりながら答えると、真剣そうに考え込むアキラ。
そして何か閃いたのか、ハッと顔を上げる。
「お前がやればいいんじゃないか」
唐突すぎる提案に、驚くしかない。
「やだよ。そもそも今日はさっさと帰って休みたかったんだよ僕は」
「聞いてない聞いてない」
「聞いてないじゃなくて!」
頼み聞いてあげている立場なのに、なんであしらわれなくちゃいけないんだよ!
これ以上押し付けられたらたまったものじゃない、僕も必死だ。
「ほら、ゴタゴタ言う前にさっさとやるんだよ!」
「嫌だって言ってるだろ!」
「しつこい!」
アキラは素早くポケットからハンカチを取り出し、僕の口に押し当てられる。
「……!」
あぁ、結局こうなるのか。
そう思った次には、もう意識はなかった。
*
「次やったら刺すからね」
「刺せるもんなら刺してみやがれ」
ケラケラと笑う顔を見て深く息を吐く。
こういうのは何度かさせられたから慣れてるし、実験役があの子にさせられるならいいんだけどね。
そこまでどうやって持っていくかが問題。
「まだ吐き気が……」
中から込み上げるものを、口を手で押さえて堪える。あのハンカチを押さえられた後、気がついた場所はさっきと同じ場所。
時間も数分しか経ってなくて、完全に無駄。
「ほら、この薬を飲み物の中に入れてしまえばそれで終わりだ。楽だろ? サポートはしてやるから、さ」
顔を僕に近づけて口の端を上げると、アキラ自慢の白い歯が顔を見せた。
「ったく……で、飲み物ってどこ?」
「あれだよ」
ゴツゴツしている指の差す先には、ピンク色の水筒を持った黒服の男の姿があった。
「無理じゃん。帰ろう」
「無理というのは嘘つきの言葉だ。さあ、早く行け」
どこのブラック会社だよ、突っ込むのもめんどくさくなってきた。
黒服の男は残り少ない生徒の監視をしていた。周りに人気はなく、危険性だけは、少ないかもしれない。
ただやろうとしていることは、普通の犯罪に近い。こんなことバレた時、捕まるんじゃないだろうか。
「あの、すみません」
「ん?」
とりあえず声をかけてみると、無表情な顔がこちらを向いた。
サングラスをかけているから、詳しい表情までは分からないけれど。
「なんのようだ?」
威厳ある低い声。目の前で立っているだけで威圧感が凄い。
手にはしっかりと握られた水筒。護衛なんだから、離す機会なんてないんじゃないか?
「いえ、少し喉が乾いてしまって。何か頂けないかなぁと」
ははは、と顔に薄い笑いを浮かべて、無茶を言ってみる。
「これは無理だ、すまない」
「ですよね、すみませんでした」
僕はその場から離れ、アキラのいる場所に戻った。
その間三十秒。
「お前何しにいったんだよ」
「知らないよ! そもそもが無茶だろ!」
冷めた顔で僕を見ないでほしい。
あんなの、変態にしか見えないけど。
「あれじゃあサポートのしようがないだろう。仕方がない。また今度にしよう」
残念そうな表情で言われると、なんだか虚しくなってくる。
「帰るね」
「あぁ、またな」
荷物を持ち上げると、僕はさっさとその場所を離れた。
*
「ごめんなさい、ちょっと聞きたいことがあって」
中学生くらいの、小さな少女だった。
「え?」
部屋の鍵を開けて、中に入ろうとした時にかかった声。
「この学校に通ってるんですか?」
南光学園、とかかれた学校のパンフレットを両手でいっぱいに広げる。
「そうだけど、どうかしたの?」
年下だと思うと、つい敬語を忘れてしまう。
そんな謙虚になる必要もないか、と思い直す。
「あ、あの……」
俯いて、モジモジと口ごもり
「すみませんでした!」
と大きな声を上げると、慌てて隣の部屋に入ってドアを閉められてしまった。
「はぁ……」
なんだか、な。初日から疲れる。