登校
学校までの道のりはおおよそ十分。長いこと歩いても生徒がまるで見当たらないから不安になったけど、もう少し歩いたらチラホラ見え始めた。
僕の家はこの学校の生徒達とは離れた位置にあるらし
い。だからといってどうというわけでもないけど、なんだか悲しい。
校門の前まで行くと、高そうな車が数台止まっていた。客人なのか、教師のものなのか。
中から出てきたのは髪の長い女子だった。普通の学校と思っていたけど、こういうのもいるみたい
だ。
家を若干早めに出てきたおかげか、玄関はあまり混んでいなかった。ここ早かったから、歩いている人も少なかったのか。
指定された番号の下駄箱に靴を入れ、学校指定のスリッパを取り出す。
僕の教室は一階らしい。下駄箱のフタを閉め、人の流れにそって歩いていく。そのうち目的地に着くだろう。
「よ、久しぶりか?」
不意に肩を叩かれ、声をかけられる。
そういえば同じ学校に合格した友達がいた。ここ最近慌ただしかったから、あってなかったかもしれない。
「久しぶり、アキラ?」
「なんで疑問系なんだよ」
明るい笑みを僕に向ける。
佐藤明、小さい頃からの友達だ。
「ごめん、最近声聞いてなかったから間違えたらと思って」
僕は寝起きの若干重い瞼で振り返ると、アキラが額に手を当てて演技っぽくため息を吐いていた。
「最近成績が良くないと聞いていたが、ついにボケたか?」
なんで知ってんだよ。
「そんなことより、僕の教室どこ? 早く机に座りたいんだけど」
「そんなことって、高校生で成績悪かったら留年だぞ?」
「聞いてないから止めて」
気だけが重くなる。
「よかったな、俺とお前は同じクラスのここだ」
そう言ってアキラが指さしたのは僕らのすぐ横にあった部屋だった。下駄箱のすぐ傍にある、隔離部屋のような。
違和感を感じた。
「……ここ、倉庫じゃないの?」
見た感じ、掃除道具や何かを仕舞うところかと思っていた。長い廊下の隅にポツリとあるところを見ると、誰でもそう思うだろう。
確かに、倉庫としては大きいかもしれないけ
ど……。
「俺に聞かれても知らないよ。指示されたのはここなんだから。あれ見てみろよ」
妙に楽しそうなアキラが顔だけ動かす。その先を見ると
1-1
と書かれている薄汚れた札が貼ってあった。
ドアの右下の隅に、忘れ去られたように。
「問題児になるようなことした覚えもないんだけ
ど」
倉庫じゃないのなら生徒指導室?
「まあまあ、とりあえず入ろうか」
先に部屋の中へ入っていく友人の後に続く。若干黒ずんでいるドアはスライド式。中は少し狭いというだけで意外と普通だった。
ところどころ赤く汚れているのが気になる。雑巾で拭き取ったようだが、薄く残っていた。
「ここで絵を描いたりするのかねぇ」
「血だろ。喧嘩でもあったんじゃないのか?」
独り言をポツリと呟くと、アキラが答えてくれ
た。
本当にただの喧嘩ならいいんだけれど。
教室内では既に生徒が適当な位置に座り、雑談していた。
見た目も普通で、何気ない話をしているところを見ると、とても問題児には見えない。
「場所は決まってないみたいだな。適当なとこに座ってようぜ」
まだ誰も座っていない窓際隅に鞄を置いたので、僕もその横に鞄を置く。
椅子に腰を下ろすと、ぎしりと音がした。
「さてコウ、お前は知っているか?」
野獣のような鋭い目で僕を見つめるアキラを横目に、僕は鞄を漁る。今日の日程を書いていた紙があったはずだ。始業式のことしか書いていなかった気もするけど、暇潰しにはなるだろう。
「知らないよ」
一応返しておく。
「この学校にとびきりの美少女がいるらしい。今二年生だとよ」
「噂話好きだねぇ」
那谷幸多、と僕の名前が書かれた紙を取り出す。始業式の進行予定が書かれているだけだった。
「お前は相変わらずだなぁ、美少女だぞ美少女。美少女様を狙って入ってきたライバルだっているくらいだぞ」
「ライバル……何言ってんの……」
紙を仕舞い、冷えた目でアキラを見る。その目には闘士が宿っている……ように見えた。
まあ、退屈しのぎにはなりそうだ。
でも、どこかで聞いた話だな。美少女。
「俺だって、狙ってるんだ。そりゃあ、美少女と付き合えるならなんだってするよ……!」
ぐっと拳を握り締め、目を輝かせる。
噂話に入り込むのもアキラは好きらしい。本心は多分どうでもいいんだと思う。いや知らない。
本気かもしれない。
「あー、がんば」
手をぷらぷらと振り、友の野望? にエールを送る。
ふと、高級車に乗っていた学生を思い出した。
美少女って聞いたら、なぜか金持ちが思い浮かぶ。そして高台で群がる男に優雅に手を振り、金をばら撒いている図が思い浮かんだ。
楽しそう。
「冷めてんなー、多分本当にいるぞ。その美少女狙ってる新入生」
「はぁ。漫画みたいだね」
珍しい話もあるもんだ。初めのチャイムが鳴ったのはしばらく後。
その後体育館に移動、校長の話、各教科の先生の話だった。堅苦しいものだったので、半分くらい聞き流した。
「じゃあまた明日な」
「ん、じゃあね」
教室では今後の説明だけで、なぜこの教室なのかは説明されなかったし、誰も聞かなかった。
ただ、少しクラスの空気に違和感を覚えた。
「……ん?」
玄関を出ると、グラウンドのほうで人集りができていた。
気になって近付いてみると、中心に誰かいるようだ。
「皆さん、静かにしてください!」
中心にいる人物はマイクを持っているようで、声はスピーカーから辺りに響き渡った。
男子では決して出せない、澄んだ声色。
ワイワイ騒いでいた人達は静まり返り、声が消えた頃に、その声はまたスピーカーから放たれた。
「これは自信ではなく、事実なんです! 私は完璧で、周りの人間は足元にも及ばない。不足の事態を体験したことすらありません」
はっきりとした声音で、中心の人物は語り出す。演説会の途中だったのかな、校舎から出るの、僕だけ遅れていたからなぁ。
「しかし、この学園には私を驚かせてくれる存在がいると信じています。それが何なのかはわかりませんが……」
みんな聞き入っているようで、中心の人物以外の声は一切聞こえない。
男の人、女の人、一年から三年まで様々な人がいるようだ。
「私はその不確定人物が来るのを待っています! 可能性のあると思う方は三階の特別教室まで来てください!」
グラウンドに響く雄叫びのような、叫びのようなものが沸き上がった。
あまりの声の大きさに地面が揺れたぐらいだ。いや、僕の脳が揺れたのか。
やってることは完全に変な宗教団体。ただあの人物を楽しませるだけで、何のメリットもないはず
だ。
なのに、次々と集まっていた人は校舎へと入ってゆく。
「お、コウも来てたのか! 一緒に特別教室まで行こうぜ!」
宗教団体の中には、知り合いもいたようで。
「厄介事に巻き込まれるのはうんざりなんだけ
ど」
心底の声と表情をアキラに向ける。
「そんなこと言うなよー、あのお嬢様の弱み、握ってやろうぜ!」
「やだよ。どうせ、楽しそうからってだけだろ」
校舎内へ誘導している人が黒服の護衛にしか見えないのは、僕だけなのだろうか。
「おい、お前達も早くこっちへ来い。お嬢と話したいわけではないのか」
いきなり後ろから声が聞こえて、身体がびくりと跳ねた。
「え、いや、僕は」
「はい! すぐに行きます!」
「あ、ちょっと」
僕が戸惑っているうちに、アキラに僕の手をがっちりと握られていた。
「お前……」
もう、付き合うしかなくなってしまった。面倒なことにならなければいいんだけど……。
さっきの人が、お嬢と言っていたのも、気にかかっていた