屋上で
薬品の匂いが漂う薄暗い部屋の中で、僕は目を覚ました。
寝かされているのは柔らかいベッドで、周りは肌色のカーテンで囲まれている。
意識がハッキリしないまま、僕は身体を起こした。お腹に鋭い痛みが走る。
倒れる前のことを思い出してみようにも、記憶にもやがかかったかのように、思い出すことができない。
なんだっただろう、刺されたところまでは覚えているんだけど。
まあ、思い出せないということは大したことはないんだろう。それよりも、ここはどこなんだろう。
「……時雨?」
限られた空間を見渡していると、ベッドの脇に、もたれかかっている時雨の姿が見えた。なぜいるんだろう。
天井の蛍光灯は今にも切れそうに、仄かな光を瞬かせている。
古い病院なのかな、まあどうでもいいことだ。
傷口は痛んでも、立って移動するくらいはできるようだった。
床に置いてあったスリッパを履いて、カーテンを開ける。普通の病室だった。窓の外は暗い。もう遅い時間なのか。
幾つかのベッドが並んでいるが、どのベッドにも人はいなかった。ここには僕しかいないらしい。
スライド式のドアを開けると、薄暗い廊下に出た。人の気配はなく、不気味に感じる。
……気分が悪い、風に当たれる場所はないか探す。
長いような短いような、曖昧な時間の元で、僕は階段を見つけた。薄汚れているが、さすがに床が抜ける、なんてことはなさそうだ。
若干ふらつきながらも、ゆっくりと歩みを進めていく。屋上につくのに、そう時間はかからなかった。
置かれてあったベンチの上で、一息吐く。傷が悪化したりしてなければいいんだけれど。
あまり広くはない屋上だった。屋上から見える夜景が綺麗で、段々と気分も落ち着いていく。
「那谷くん?」
すぐに驚きによって、かき消されてしまった。
「喜中……さん?」
後ろに立っていた人物の名前を、僕は呼ぶ。なぜ喜中さんがここに? そんな些細な疑問なんて吹き飛んでしまった。
「よかった! 無事だったんだね!」
僕めがけて走ってきたかと思ったら、いきなり抱きついてきたからだ。
傷の痛みで呻いて、後から驚きが沸き上がってきた。こんなことする子じゃないのに。
「き、喜中さん……?」
「心配……したんだから」
動揺する僕をよそに、喜中さんは耳元で小さく呟いた。
「ごめんね……あの人達に脅されて、会えなかったの。一人にならないと周りの人間は全員殺すって……」
なんとなく、予想はついていた。だからこそ、僕は彼女に言わなければならない。
「そんなことなんて気にしないから、何かあった時はなんでも僕に言ってね。君は、僕が守るから」
恥ずかしいセリフを、喜中さんはぽかんとした顔で受け止める。恥ずかしくなって、喜中さんの華奢な身体を強く抱きしめた。傷が一層酷く痛む。
「うん、ありがとう」
そんな僕に返ってきた言葉は、冷ややかな侮蔑ではなく、優しい声音だった。




