毒牙
昼休み。僕は席から立っていて、部屋の状況を見ていた。物事は既に進んでいて、僕らが動くには遅すぎたのかもしれない。
クラス内にチラホラと空席が目立つ。喜中さんは来ていたが、もう、お嬢様軍団の毒牙にかかってしまった人も多いだろう。
公務員の人に運ばれていく席が、事態の深刻さを物語っていた。
二つなくなった席を見て、騒めき出す。「噂は本当だったのか」「酷い……」内容はどれも同じだった。
「はい、これ睡眠薬。こっちが窒息薬で、こっちが毒薬な」
「待て、お願いだから待って」
クラス内の状況を意にも介さず、淡々と僕の机に、口を紐で縛られた巾着袋を並べていく。青、赤、黄、と色は様々。
問題は中身だった。
「睡眠薬は百歩譲っていいとしても、残り二つはだめだよ、わかってるよね?」
「冗談だ。赤いのが嘘を暴く薬、黄色いのが本音を吐かせる薬だ」
「よかった……」
どこまでもマイペースなアキラにため息を吐く。
「赤い薬は自分で飲め、効果は三時間な。ほか二つは空中にばらまけばいい。吸わないように気をつけろよ」
「相変わらず高性能な薬なことで」
僕はそれを鞄に仕舞う。睡眠薬はズボンのポケットの中に入れた。その間にも騒めきがどんどん大きくなり、声が聞き取れないほどのものになっていた。
「煩いな、屋上に行くぞ。弁当もってこい」
アキラは顔を歪めて、黒い包みを持って席から立ち上がる。僕も慌てて弁当を持つと、アキラの後を追う。
椅子で寝ていた時雨のことを思い出し、戻って連れていく。
廊下でも同じ話が聞こえた。どうやら僕らのクラスだけじゃあないらしい。
これ学校の評判ガタ落ちだろうなぁ……。
「ん、鍵かかってるな」
鎖が幾重にも巻かれて、物々しい雰囲気を出している扉。なぜこんなにも厳重にしているんだよ。
「ほれ、起きろ」
僕が抱えている時雨の頬を、手の甲でペチペチと叩く。
すぐにうっすらと、とろんとした目を開ける。
「これ、壊せるか?」
アキラが言うと、時雨は僕の腕から飛び降りた。そして鎖を両手で握ると、さして力を加えた様子もなく、引きちぎった。
地面に落ちた鎖が、騒がしい金属音をまき散らす。
「ありがとな」
ポンポン、と時雨の頭を叩くと、眠そうにふわぁっ、と欠伸をした。
何事もなかったように開けるアキラの後ろ姿に、僕は苦笑いを浮かべていた。
「ねぇアキラ」
「なんだ?」
ふと疑問に思って、声をかける。
「なんであんな力があるのに、時雨は色々と怖がるの?」
お風呂に入った時、時雨の怯え方は尋常じゃなかった。嫌なことがあれば、あの力で抑え付ければいいのに。
「何があったか知らんが、多分人を傷付けたくないんだろ。力を見られて、人から怯えられたりもしたんだろう。多分、今も寝ぼけてなかったらあんなこと、しなかっただろうしな」
「へー、よく知ってるね」
「異世界は漫画とかの考え方でいいぞ。おおよそ間違ってないから」
後ろを見ると、よたよたとふらつきながら時雨がこちらへ向かってきていた。まだ眠いらしい。
「作戦な、特にない」
「知ってる」
屋上は当然、誰もいない。その場で腰を下ろす。
「喜中に事情聞きに行ってこればいいんでねーの? 時雨連れずに、二人で」
「随分と適当だなぁ」
弁当を開いて、食べ始める。自分で作ったものだから手抜き弁当だ。寂しい。
「あぁ、後、例のに惚れ薬飲ませてた。男も女も関係なくなる、強力なやつ」
食べていたものが気管に入り、咳き込んだ。
「げほ……それってあれ? 入学式の件?」
咳き込みながらも尋ねると、アキラは首肯した。
最悪だ、あんな性悪……もといお嬢様が薬の力なんて使ったら、何をしでかすかわかったものじゃない。
いや、もう結果は出てるのか。
「馬鹿なことしないでくれよほんとに……」
「でも馬鹿が天辺でよかったろ? 動きやすいぞ結構、相手の出方も単純だ。どうせ、俺が何もしなくてもこの事態は起きていたからな。起きるなら少しでも軽くしたほうがいいだろ?」
「馬鹿って……」
でも実際、理にかなったやり方なのかもしれない。そう思うと、何も言えなかった。
「じゃ、それだけだな」
ようやくこっちまでたどり着いた時雨が、僕の身体に倒れ込むように崩れる。
「不安だなぁ」
時雨の身体を片手で支えて、弁当を食べ進めた。
*
学校での出来事は過ぎ去るのが早い。寝ているせいだろう。成績が悪いのもそのせい。
「さてと」
時雨を部屋に戻して、インターホンを押そうとして一瞬躊躇う。
話をするだけだ。自分にしっかり言い聞かせて、押した。
この前は気まずい雰囲気のまま過ぎ去ってしまったけど、今日こそはちゃんと話せるように、頭の中で言葉を考えた。
そんな時、肩をトントンと、二回叩かれた。
「ちょっと、一緒に来てくれますかね」
そこには高校生くらいの男が二人、笑顔で立っていた。
二人とも、ごく普通の高校生だ。うちの学校と同じ制服を着ていて、同年代と比較すると、細い身体をしている。
「すみません、今は」
断ろうとすると、強引に手を引っ張られる。すぐに振り解こうと力を込めるが、見た目と反して物凄い力で掴まれていた。
そのままマンション裏まで連れていかれ、乱暴に突っ放される。
僕はその場で転ける。正面は壁。袋小路だ。
「お前、アイツの家に何しに言ってたんだよ」
「答えろよ」
突然荒々しくなる言葉遣い。あれ、これひょっとしてマズイ?
「や、僕は今日の喜中さんの様子がおかしかったと思ったから」
無理やりな笑顔を浮かべつつ、ありそうな答えを返す。今日一日、全く変なところなんてなかったけど。
「あぁ? それだけのことでアイツのとこ行くって何なの? お前あいつの彼女なの?」
「あぁ? どうなんだよあぁ?」
後ろからちょいちょい顔を覗かせる男に笑いかけながらも、なんとか答える。
「そ、そんなんじゃないよ。た、ただ、く……友達だよ友達」
「てめぇビビってんのか? 高校生にもなってなっさけねぇなぁおい」
そう理解してもらえるなら有難い。
「んなことはどうでもいいんだよ。アイツの家に近寄ったやつァただじゃ済ませねぇよ?」
「ボコボコにしてやんぞ、お? ボコボコだぞこの野郎」
僕に迫ってくる男達に、僕はとりあえず紐を解いた巾着袋を投げつけた。
辺りに粉が広がり、そして静かになった。
効果は強力なようで、男達は訝しげな表情を浮かべると、倒れた。
息を止めてさっさとその場所から離れ、限界を感じたところで肺に空気を送り込む。
しばらく深呼吸してから、僕は喜中さんの家に向かった。さっきピンポンダッシュみたいなことしちゃったから、もう出ないかな。
と、そこで思い止まる。もしこのまま行ったとして、また変なのが現れたら?
「……時雨ー、起きてるー?ちょっと来てくれない?」
「きたよー」
部屋の外から呼ぶと、小さな四肢を懸命に動かして、時雨が駆け寄ってきてくれた。
ひとまず時雨と同じ高さまでかかんで、思い切り抱きしめる。
「わっ、どうしたのー」
「あ、ごめんごめん。ちょっとついてきてくれる?」
「いいよー」
間延びした声で、時雨は快く了承してくれた。やっぱり可愛いよね。
そしてインターホンを押す。やっぱり声をかけられて連行。今度は女子高校生三人だった。
ただただ、めんどくさい。




