川原
「気まずい」
「そうかい」
いつも通りの学校の中……ではなく、今日は休日。川原の草原で寝転んで、僕達は空を見上げながら話していた。
というよりかは、僕が一方的に愚痴っていた。
「会話はぎこちないしね、避けられてるような感じするしね、あの子がこっちを観察してる気もするしでね」
「そうかい」
あれからまたしばらく経った。喜中さんとの仲は変わらず。何か、大きな悩みを抱えてるとは思うんだけど、それを打ち明けてくれることもなく。
「焦りすぎなんでねぇの? 一週間ペースのことを一日でやったから遅く感じるんだろ、進展」
アキラはどうでも良さそうに、大きく欠伸をする。眠ってしまいそうなほど暖かい小春日和だ。現に、フード姿の時雨は横でスヤスヤ寝息を立てている。
つられて僕も欠伸をする。
「にしてもお前が人のことそんなに話すっていうのも珍しいな、なんかあったのか?」
今まで適当にしか返事をしなかったアキラが、こちらに目線を向けてくる。
「別に、ないね」
少し考えてみたところ、特にはなかった。
「ただ、ちょっと気になったってだけかな」
「お前はお人好しだなぁ」
「そんなんじゃないんだよ。ただ、興味が湧いたというか」
事実かどうかはさておき、僕がお人好しでもなんでもないことは確かだった。
「人を助ける前に、自分が助かる手がかりが欲しいからね」
僕自身を言い聞かせる言葉。案外、もう救われてるのかもしれないけれど。
「あぁ、妹のことか? 残念ながら、命を再現するなんて薬はこの世にはないぞ」
「いや、あるんでしょ。ただ、魂がそこにないってだけで」
魂、人間を動かすために必要な、不可視の存在。アキラの薬は命が戻っても、意識までは戻らない。いわば、ただの操り人形のような存在になり堕ちる。
「気付いてたのか。ただ、ありゃ脳が修復できないだけだ。魂なんてのは人間が創り出した幻想でしかない」
「でも、そう考えた方が夢があるでしょ」
「ハッ」
僕の言葉を、アキラは鼻で笑う。
「夢も希望もなくなれば、ただ動くだけの傀儡と一緒だよ? 生機能があるかないかだけの違いで、利用されてポイ」
「ハハ、そうかもな」
綿あめ型の入道雲が、大きく視界に写る。飛び込んだら気持ちよさそうだ。
「こんな生活、いつまで続くんだろうね」
「ん?」
「こんな便利な生活だよ。もうそろそろ、終わる頃なんじゃないのかなって」
「まあな。実際、今働いてる人間なんてごく少数なわけだしなぁ。機械に任せっきりの世の中じゃあ、いずれ限界は来るだろうな」
「働いてない大人って何してるんだっけ」
「遊んでたり、戦争してたり、奴隷だったり」
「ろくなものがないなぁ」
「まあおままごとみたいなもんだけどな。戦争は実費が勿体無いとかで実質
コンピューターゲームだし、奴隷も政府の犬と大差ない。違うのは呼ばれ方と、やり方だけ」
「はぁ、平和なことで」
草のさざめきに合わせて、そよ風が頬を撫でる。
遠くからは、小鳥の囀りが聞こえてきた。
「そんなだから、廃れていくのも当然だろうな。教師だって、もう相当数少ないらしい。働かなくても食ってける時代だ、働くわけがない」
「絶滅する日も近いのかぁ」
機械に異常があったら、治せる技術持ってる人なんてきっといないんだよね。
「ま、ごく少数っつったってまだ結構な人数いるけどな。コンビニの店員とか」
「楽そうな場所だね……」
「仕方ない。結局働かないと遊べないわけだからな。余裕が出てきたら楽な仕事選んで働くんだろ」
「結局働くのか」
「……さて」
アキラが身体を起こし、腰に手を当て身体を大きく反る。ポキポキと小気味のいい音が鳴った。
「もう五月だ。やること決めたのか?」
「やること?」
「目標だよ目標。明確に決めないと人間腐ってくぞ」
「アキラにしては珍しいこと言うね」
「珍しくもないだろ。俺は常に面白く革命的なものを追い求めている」
「そだっけ」
僕も上半身を起こし、腰を捻る。骨鳴らすのあんまり良くないって聞いたけど、ついやってしまう。
「ほれ、今決めろよ。身近なことでも遠い未来のことでも」
「そうだなぁ」
急かして言うアキラに対して、僕は少し考えを巡らせる。
「喜中さんの本音が聞きたい……かな?」
僕の出した結論に、アキラは意外そうに目を見開いた。
そして、おかしそうに笑った。結構大きめな声で。
「ハッハッハ! 他人に全く興味がなかったお前がそんなこと言うとはな。恋でもしてるのか?」
心底、楽しそうなご様子で。
「はぁ……そんなんじゃないから」
目標決めろって言われたからとりあえず言っただけなんだけどなぁ。
「スマンスマン……意外だったんでな。そんなお前に面白い情報をやろう」
笑いを堪えながらアキラが、顔の前で人差し指を立てる。
「お嬢様がまだ何かやってるらしいぞ。まだ確かな情報じゃないんだが」
「へぇ」
「新入生虐めるらしい」
「はー」
「目立つ可愛い新入生を潰すんだとよ」
適当に相槌を打つと、物騒な言葉が聞こえた。潰すだなんて、嫉妬は怖いね。
「で、喜中もその対象なんだとさ」
他人事だと思って聞き流していると、身体に衝撃が走った。
「え……ほんとに?」
「確かな情報じゃあないって言ったろ。ただ、ありえん話ではないだろう」
確かに喜中さんは、見た目もいいし、仕草も可愛い。背が小さいところもポイントの一つなんだろう。
「でも……言い寄られてるところなんてもたことないんだよなぁ」
同じクラスだから、僕と喜中さんは一緒にいる時間が多い。帰り道だって同じだし。
そして、滅多にいなくなる時がない。
「手紙でも出されてるとは考えないのか」
「そんな古典的なことがあるのかねぇ」
「ほら、喜中ってクラスから孤立してるだろ」
「うん」
確かに、友達と話していたりはしていない。
「話かけ辛いんだよ。多分な」
「話もできずに告白するってどうなの?」
「片思いってやつは止められないのさ。自分が意識してたら、ほんのちょっと話せただけで相手にも気があると思っちまう」
「男子校を卒業した大学生みたいな?」
「そうかもな」
なるほど、理解はできた。
「でもそれならなんで、喜中さんはずっと教室にいるの?」
原点帰還。言ってから気がついた。
「その場で手紙破り捨ててんだろ」
「まさか」
アキラのその言葉に、僕は笑って答える。
だが、前に聞いた、彼女の言葉が頭に過ぎった。
『聞いてもいいんだよ?』
それだけだったけど、冷酷な何かを帯びていることは、確実だった。
もしかして、今の喜中さんは偽物なんだろうか。
表面だけ繕って、内側から嗤うような人なんだろうか。
「ん? どうした?」
黙り込んでしまった僕に、アキラが尋ねる。
「……いや、なんでもないよ」
結論は、そんなわけがない、だった。




