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〜反撃〜


 長い階段を最上階目指して駆け上がる。

 たおすべき敵はこの上にいるのだ。

 階段はある意味通り易かった。

 なぜなら半階程上を走るギルが敵兵を全て通りがかりに瞬殺しているからである。

 ギルにられて身体のあちらこちらから血を止め処なく流す死体と床や壁を染める赤黒い液体とでビジュアル的にアレだが、途中で襲われることはない。…ちょっと滑りやすくもあるが。

 最上階に辿り着くのと、ギルが小気味良い音を立てて刀を仕舞うのとが同時だった。

 刀を納めたギルは返り血でぐっしょり濡れていて、今抜けてきた赤い世界とその身が放つオーラとでまるで獲物を屠り尽くした猛獣のようだ。

 “緋染の一匹狼”その名そのものだ。

「こっちだ」

元々場所が分かっているのか、気配で分かるのか、ギルはこちらを一瞥すると歩き出した。

 まるでそこらの道を歩くかのごとく自然な動きで、それなのに向かってくる兵を抜く手も見せず一瞬で緋に染めながら歩いていく。


「…ユイもここにいる」

 ギルが立ち止まったのは壮麗な扉の前だ。

「俺はなんとなく今この扉を開けたくない…」

 そう言いながらも、やはり開けないわけにはいかないので。

 ジャンは扉を開け放った。

「あ、姉貴!」

「…と師匠だ」

「え!?」

 部屋に入って先ず目に入ったのは中央にいるユイと知らない女だった。女は…なんというか、一言で言えば金髪爆乳美女だ。

「ギル!!」

 ユイが駆け寄ってきてギルに抱きつこうとした。

 そしてなぜかジャンはギルに引っ張られて盾にされた。解せぬ。

「ユイごめん。俺今血塗れだから…」

 ユイが汚れる、という理由らしい。

「よう、ギル。久しぶりだな。たまには顔出せって言っただろ?」

 いつの間にか移動してきたギルの師匠(らしい)はギルの頭をガシガシと撫でた。

「まあ、それはいいとして。惚れた女はしっかり守らなきゃダメじゃないか、ん?」


「え?」

__あれ、今さらりとなんか言ったよね、爆弾的なの落としてったよね?


「別に惚れてない」

 答えるギルの顔色は赤い。…真っ赤だ。

「バカいえ。ワタシの息止め大会でも顔色一つ変えない奴が、どーして今赤くなってるか説明できるのか?」

「…‥ヒニヤケマシタ」

「それはワタシが教えた言い訳だが?」

「…ユウヒガ…」

「建物の中だぞ。しかも真昼間」

 ギルは黙ってしまった。ぐうの音も出ないのだろう。元々口数が少ないのでとっさに、というわけにもいかないようだ。

 こちらとしては息止め大会なるものがどんなものか気になるが。

「っと、そこ。どさくさに紛れて逃げようとするんじゃない」

 師匠(名前わかんない)が玉座の方を指差した。

 そちらを見ると(気づかなかったが)ダラス他何名かがいた。

「逃げようなどはしていない。これを取っただけだ」

 そう言ってダラスが取り出したのは、どこにそんなものがあったのか、大型の散弾銃だった。


__あんなの絶対に身体が穴だらけになるっ!


「侵入者には制裁を、だ」

 室内に破壊音が響いた。

 ジャンは銃口がこちらを向いた瞬間にユイを抱えて蹲っていた。

 が、いつまで経っても痛みは感じない。

 銃声がこだます中少しだけ顔を上げると、目の前に黒衣を着た人物が立ちはだかっていた。言わずもがな、ギルだ。

 時々、キンッという金属音が聞こえてくるから銃弾を剣で叩き落としているのだろう。…まったく見えないが。

「おうおう、この前より速くなってんな」

 ジャン達の背後に蹲っていた師匠が呟いた。

__ってか何やってんですか師匠!?

 そんな心の叫びなど知らない、と突如弾幕が止んだ。

「こっちへ」

 師匠に引っ張られ、部屋の隅に避難する。

「これからあいつが放つ“気”はお前らには辛いだろう」

 そう言ってジャン達の前に立った。

 さっきまでジャン達がいた場所は弾幕によりもうもうと粉塵が巻き起こっている。


「こんなものが効くと思っているのか?」


 粉塵の中から静かな、それできて畏怖を感じさせる声がした。

 フッと粉塵が途切れたそこには、刀を引っ提げたギルが悠然と立っている。足元には銃弾が大量に転がっていた。

「俺を覚えているか?」

 ギルがゆっくりと歩を進めながらダラスに尋ねる。

「あ、当たり前だろう。お前は私が雇っ__」

「今じゃない。10年前だ」

 ギルが進むたびに殺気が増してゆく。

「10年前…?」

「…あの頃は髪も瞳も今と色が違ったからな。覚えてなくても別にいい。お前に教えてなかった緋染の本名を教えてやる」

 そう言うとギルはダラスの手前で立ち止まった。

 痛いほどの殺気が部屋を満たしている。

「我が名はギル・ヴォルフ・ウルフレイ。聞き覚えがあるはずだ」

「ウルフレイ…!?」

 ジャンはあり得ない名字を繰り返した。

部屋中がウルフレイ!?という囁きで満ちている。

「馬鹿な。一介の傭兵が王家の名を騙っていいと思っているのか?」

「誰が騙りだって?ギルは正真正銘前王の息子だ。ワタシが言うんだから間違いない。お前こそ仮初めの王だと自覚した方がいい」

 師匠が腕組みをしたまま言った。

「…仮初めでも王を務めていたんだ、今のギルの姿を見て何も思わんか?」

 師匠の言葉にダラスは目を細め、ギルの姿を見た。

 そして次第に小刻みに震えだす。

「……建国の祖だと?」

「そうだ。ギルは始祖に生き写しだ。そこの肖像画を見てもわかるとおりな」

 指差した方を見るとこの国の始祖、初代国王の肖像画が飾られていた。

 確かに髪や瞳の色、そして容姿までそっくりだ。

「ば……かな。そんな、ありえん…」

「お前は地獄というのを見たことはあるか?」

 引きつった顔のダラスにもう一歩近寄ったギルが問う。

 部屋の温度がだんだんと下がっていくように思えた。

「ぁ‥あるわけがなかろうっ?」

「俺は別に王位が欲しいわけじゃなかった。だが民を苦しめるお前のやり方は許せない。お前は俺の大切なモノを奪ったばかりかそれを壊したんだ。何が言いたいか分かるか?」

 無表情で淡々と話すギルは殺気の全てをダラスに向けている。

 だがダラスも剛胆だった。気を取り直したように腕を組む。

「ふん…知らんな。10年前王子だとしても今は私の国だ。何をしようが勝手だと__」


 キン…__


 ダラスの言葉が不自然に途切れた。

 一瞬視界から消えたギルは刀を振り切った姿勢から鞘に収めた。

 静かな金属音と共に何か丸いものが床に転がった。ぱくぱくと音にならないまま口を動かしている。

「お前の言葉など聞いてなんの特になる?去れ。この世から消え失せろ」

 ギルがそう言い放った直後、首を失った胴が血を噴き上げながら斃れ伏した。

 ギルはお前の血など浴びたくない、といったように降り注ぐ血を器用に避けると部屋の中央に進み出た。

「誰かこいつの敵討ちがしたい奴がいたら今かかってこい。そうでないなら俺を認めたと見なす」

 ギルの言葉に反応する者は誰もいなかった。

 誰も物音を立てない部屋の中で、ギルは顔を巡らせ、刀の柄から手を離した。

 全てがあっけなく終わった。


 ジャンはギルの正体とたった今起こった事でギルがこちらへ歩いてきているのに気づかなかった。

「巻き込んですまなかった」

 頭を下げたギルを見てハッとした。


__こいつ…王様!?


 目の前の男の身分を認識して無意識にザッと身を引こうとした。

「ギル!」

 が、身を引くことはなかった。

 後ろに下がりかけたジャンとは反対に、ユイが勢いよく前に出たのだ。というかギルに飛びついた。おかげで後ろに下がる行為が殺された。

「ギル、大丈夫?怪我とか無い?」

 ギルの顔を見上げて尋ねる。

「ゆ、ユイ、汚れるって…」

 飛びつかれたギルの方がたじたじとなっていた。

「構わないわ。あなたが無事なら」

 ユイはそう言うとギルを抱きしめた。

 ジャンはそんな二人を__特に姉の行動に驚いて目をぱちくりしていたのだが、ギルが一瞬顔を顰めたのは見逃さなかった。

「ギル。もう大丈夫よ。終わったんでしょ?そんなに気を張らなくても大丈夫。怪我してるところ手当てしてあげるから、安心して力抜いて?」

 ギルの表情の変化を見逃さなかったのは姉も同じらしい。

「終わった…」

 姉に言われてギルは詰めていたらしい息を吐いた。そのままずるずると床にへたり込んでしまう。

 相当気を張っていたのだろう。目を瞑って安心したようにユイに身体を預けている。

「あら…もしかして寝ちゃった?」

 ギルの背中を優しく叩いていたユイの言葉で、師匠が近づいた。ギルの頬を突ついたり抓ったりするが、何の反応も無い。

「マジか、寝てる。まあ、一瞬で寝る術を叩き込んだのはワタシだが…それにしてもあんたすごいな。こんな安心した顔をしてるの、ここ10年で初めて見たぞ。普段は周りを警戒したまま寝るし、突つかせたりなど絶対しない」

 師匠は「うっわ激レア」とか呟いてギルを突つき続けている。やめてやれよ…ギル、眉間に皺よってんぞ。

「あ、そうだ。師匠さん、私ユイといいます。お名前伺っても?」

「ああ、ワタシはウォーナ・ボーイアだ」

 なぜこんな状態で自己紹介する気になったのかは謎だ。

 ジャンが呆れていると、ユイはジャンの事も紹介した。

「そうか、姉弟か。よろしくな。ジャン、もしやる気があったら言え。鍛えてやる」

 といい笑顔で言われてしまった。あまりいい予感はしない。

「それより、ギルの手当てをしなきゃじゃないですか?」

 恐らく腹の傷が開いて出血が激しいのだと予想している。寝てしまったのも血が足りないからではないだろうか。

「そうだな。おい、ジョシュア」

 ウォーナはちょうど通りかかった男に声をかけた。

「なんだ?」

「ここは頼んでもいいか?」

「ああ。もう指示は出しておいた。それより、ギル様は大丈夫か?」

「命に別状はないだろう」

「そうか。あの愚王を抑えられなかったのを謝りたい。あと、帰って来られるのをお待ちしておりました、と。部屋は既に用意して医者も呼んであるからお目覚めになったら知らせてくれ」

「さすが仕事が速いな」


 後で知ったが、この男は宰相だったらしい。ダラスの政治ははじめから碌な事にならないと踏んで、従うふりをしてなんとか前王の法律を維持しようとしていたそうだ。


 ジョシュアに部屋の場所を訊いたウォーナに案内されてジャンはギルを運んだ。

 なんか結構適当に運ぶ役を押し付けられた気がしないでもないんだが。

「おそらくこの様子だと3日くらいは確実に眠ったままでしょう」

 様子を見てそう断言した医者にギルを預けてジャン達は一度家に帰る事にした。

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