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〜鯨波〜


「緋染どの、陛下がお呼びです」

 城に帰ると使用人が駆けてきた。ここの人間に自分の名前は言っていない。

「わかりました」

「ではご案内いたします」

 そう言って先に立つ使用人について行く。城の間取りは所謂秘密の通路というものも含めてすべて把握しているのだが。

「ここで暫くお待ち下さい」

 客間に通され、使用人が立ち去る。

 ギルは立ったまま待っていた。


 くらり。

 不意に眩暈を感じた。

__…なん‥だ?

 視界がぐらぐらと揺れはじめ、立っていられなくなった。その場に膝をつく。

 眩暈が一層酷くなったころ、複数の気配が現れた。ぐるぐるとギルの周りをまわる。

 ギルは無理やり立ち上がると刀を抜いた。もう何も考えられない。殆ど本能だ。

 襲いかかる影を受け流すが、限界が近い。意識が途切れそうだ。

 腕を絡め取られ、足を払われ、次第に身体の自由が奪われていく…


-☆-☆-☆-


「おいジャン、ジャン!」

 意識が浮上して、名前を呼ばれている事に気が付いた。

 ゆっくりと瞼を上げるとオッド他数名が覗き込んでいた。

「ん…ぬあ?」

 掠れた声がでる。

「やっと目が覚めた…大丈夫か?」

「あ、あぁ…多分」

 しかしそう答えたはいいものの、いざ起き上がってみたら酷い眩暈がした。頭がグワングワンする。同時に耳元で鼓動をうっているかのように心臓が煩い。

「ぐ‥ぅえ゛」

 あまりの気持ち悪さに吐き気を催し何度も咳き込む。吐きはしなかったが起きていられなかった。

「おい、お前何があった?お前だけ一日経っても起きなかったんだ。心配したんだぞ?」

 オッドが背中をさすりながら訊いてくる。

「わからない。ギルに何かされたって事だけで…」

 やっと少し落ち着いてきた。

「そうだ、あいつ…」

 ギルの名を出した途端、オッドは顔を盛大に顰めた。まあ無理もないが。

「おいギルって誰だ?」

 向こうで声が聞こえる。ギルと面識が無い者だろう。

「“緋染”の正体。一番最初に矢を素手で止めたヤツだ」

「ちょっと前までジャンの家に泊まっていたんだ」

 わかりやすく説明してやるとオッドが付け加えた。

「そういえば」

__色々思い出してきた。

「“お前の仲間は誰も殺してない”って言ってた」

「はあ!?」

「何言ってやがんだ!?」

「あいつの刀血塗れだったじゃねぇか!」

 そう、言葉の意味がわからない。大勢の目の前で人を斬っておいてどういうことだろうか?

「まあ、あいつの事はほっとこう。それより自分達の心配をしなければ」

 オッドがため息混じりに言った。

 その時、牢番が近づいてくるのが聞こえた。


 ギィ…ドサッ

 数人でやって来た牢番はジャン達を遠ざけてからと入り口を開け、男を一人投げ込んだ。

 ジャン達の手錠は長めの鎖で、身体の前で繋がっているのに対し、男の手はガッチリと後ろ手に固められていた。

「ギル!?」

 ジャンは男の正体に気付き、驚いた。

「なに!!?」

 仲間達もざわめく。

「ほら、差し入れだ。好きに使え」

 ニヤニヤしながら牢番達は並々と水が入ったバケツを数個置いて出て行った。

「これで何しろって…」

 ジャンがバケツに近付いて呟くと他の仲間もよって来た。

「そんなん決まってる。こうすんだよっ!」

 そのうちの一人がバケツを持ち上げ、止める間もなく気を失っているギルの顔にぶちまけた。

「おら、起きろよ!」

 一発蹴りを入れる。

 ギルが小さく呻き声をあげた。

「それよりここに顔突っ込んでやった方が速えんじゃないか?」

 バケツを持ったもう一人が転がっているギルを起こしてその頭をバケツの中に突っ込んだ。

 暫くしてゴボッと音を立てて空気の塊が水面に出ると、ギルの髪を掴んで水からあげた。

「ゴホッゲホッ!」

 ギルは水を吐き出して咳き込んだ。

「おら!」

 ドガッ

「緋染がなんだってんだ!」

「何が誰も殺してないだと!?」

「お、おい!ちょっと待てよ!」

 寄ってたかってギルを殴ったり蹴ったりしはじめた仲間は止まる様子もない。

「ストップ!止まれ!!」

 ジャンはギルと仲間の間に飛び込んだ。

「なんだよジャン!こいつは敵だろ。そこをどけっ!」

「だから待てって!止まれってんだよ!!おかしいと思わないのか?こいつは“緋染”だぞ!?」

 突っかかってくる仲間を突き返してギルを指差した。

「伝説の傭兵だ!そんな奴がたとえ後ろ手に縛られてても俺らみたいな平凡な町民に殴ったり蹴ったりさせるか!?普通だったら返り討ちにあって終わるはずだ!こいつはそんな素振り一度もしてない。それどころか俺らに気が済むまでやらせようとしてる。おかしいと思わないのか?」

 怒鳴り散らすと取り敢えず仲間は止まったので今度はギルに手を伸ばす。

「おいギル!なんで何もしない?なんでやられっぱなしなんだよ?」

 胸ぐらを掴んで引き起こし、問う。


「……俺の両親は10年前、ダラスに殺された」


 ギルの口から出た言葉にその場が凍りついた。

「大切なモノも奪われた。俺はそれを取り戻しに来たんだ」

「…どういう意味だよ?」

 ジャンが訊いた事と話す内容がかみ合っていない。

「俺は…」

「ギル様!」

「ギル様!!」

 ギルが再び口を開いたとき、牢の外から声がかかった。

「シモン?」

 牢の外には見知らぬ男とシモンがいた。

「シモン、死んだんじゃ?」

「死んどらん。ギル様のおかげでな」

「ってかなんで“様”?」

「この方は」

「それどころではない!」

ジャンが知らない方の男が何か言おうとしたが、それをシモンが遮った。

「ギル様。ユイが連れていかれました!」

「はあ!!?」

__なんで姉貴が?誰にどこへ!?

 シモンの言葉を聞いて、ギルが凄い勢いで立ち上がった。パタタッと血が落ちる。

「どこだ?」

「恐らくこの城の中だと思います」

「わかった」

 ギルは拘束されている腕をもぞもぞと動かすと、自然な動きで自由になった手を前にまわした。縄抜けしたのだ。

「ジャン」

 懐から鍵を取り出して手招きしてくる。

 ジャンが腕を差し出すと枷を外してくれた。

「これで皆のも外してくれ」

「ギル」

 ジャンは渡された鍵を背後の仲間に渡した。

「お前、その血…」

 ギルの足元にできた小さな血だまりが次第に大きくなる。

「一番新しい傷が開いただけだ。気にするな」

「気にするわ!見せろ!」

「ユイが無事か確かめないと」

「姉貴も心配だけどさ!」

「…ユイみたいなのを優しいっていうのか?」

「確かに姉貴は優しいけど…」

 いきなりの問いに戸惑う。

__ってか、腹からだくだくと血を流しながら何言うとるんじゃこいつは。

「俺は優しいってのが分からない。だがあんなふうに接してもらったのは初めてだ。だから…もし困ってたら助けたい」

 ジャンはギルの顔を見て数秒固まった。

 そして思う。やっぱり姉貴が最強なんじゃないか?と。

__この凶暴な一匹狼、いつの間にか飼い慣らしちまった…

 だがここは引けないのもまた事実。

「姉貴を助ける前に倒れられても困るんでね!」

「……姉弟だな」

「へ?」

 ギルは諦めたように上衣を脱いだ。

 腹部に巻かれた包帯の一部が赤でビッショリ濡れている。

「こいつは酷い。誰にやられた?包帯は姉貴だな」

「ああ。ユイだ」

 ギルはそれだけ答えた。

 それしか答えないところをみると、誰にやられたから言いたくないようだ。

 実はギルは傷も包帯もユイだと言ったつもりだったのだが、ジャンには通じていなかった。

「包帯巻き直すぞ」

 ジャンは自分の腕に巻きつけて持ってきた予備の包帯と外すと古い包帯と交換した。もちろん、止血が目的なので、できるだけ圧迫するように巻く。

「よしできた」

 ジャンが言うとギルはすぐに上衣を着た。

 そしてその懐からもう一つ鍵を取り出す。

 それを牢の外にいるシモンに渡して牢を開けてしまった。

 さっさと出て行くギルを追ってジャン達もぞろぞろと牢から出た。

 あれ、コレ一応脱獄だよな?という容易さで脱獄できてしまった。

「ついて来てくれ」

 といって歩いていくギルを追うと彼は何故か入り口に一番近い牢に入った。

 片隅の壁を調べる。

「何してるんだ?」

「…いや、確かこの辺りに……あった」

 何かを探し当てた彼によって壁に穴が空いた。何をしたかはさっぱりわからないが。

 ギルは自ら開けた穴へ入っていく。

 全員が中に入ってしまうと彼は入り口を閉ざした。


 暗い洞窟のような所をギルに従って進むと、行き止まりに突き当たった。

 見上げると丸く切り取られた空が高い位置に見える。

 縄梯子が垂れているのでここから出るのかと思いきや、目の前にもう一つ入り口が出現していた。ギルが開けたのだろう。

 そこは通路ではなく部屋になっていて、剣や弓など様々な武器が置かれていた。きちんと手入れがされている武器ばかりだ。

「ここから好きな武器を持っていってくれ。防具もある。…足りるといいんだが」

 ギルが近くの刀を取り上げながら言った。

 両手に持ち、鞘から半ばまで刀身を露わにする。

「俺はダラスを斃す為に帰ってきた。どうか力をかしてくれ」

 刀身の反射がギルの瞳に入って光った。

「当たり前です」

 シモンが進み出た。

「皆、聞いて欲しい。この方は俺らの仲間は誰も殺しとらん。これは事実だ。この通り俺も生きてる」

 どうか力をかしてやってくれないか、と。

「姉貴を助けてくれんだろ?」

 ジャンも口を開いた。

「それにお前は謎だらけなんだ。話してくれそうにないからついてく」

 一緒にいればわかることもあるだろう。

「ありがとう。じゃあジャンと他数名は俺と一緒にダラスの所へ。残りはユイを捜しながら騒ぎを起こして城の兵を撹拌してくれ」

「ギル様、外の連中も恐らく準備できています」

「そいつらも呼んできてくれ」

 指示を得たシモンは頷くと井戸から上がって行った。

「では皆、よろしく頼む。行くぞ!!」


「「「「おうっ!!!!」」」」


 ギルの凄まじい覇気に奮い立たされ、男達は鬨の声を上げた。

 狭い洞窟の反響でどこまでも響くそれを聞きながら井戸を抜け、10年にも及ぶ悪政の根城に反撃を開始した。

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