〜邂逅〜
財布の中身を確認する。
はっきり言って寂しい。隙間風が吹き抜けて行きそうなくらいだ。
「あーあ…金がねえ…」
名前はジャン。
17歳。
只今バイトの帰りである。といっても政策のせいでほぼタダ働きだが。
財布を仕舞って肩を落とした所で悲鳴が聞こえてきた。
また憲兵のクズ野郎共が女でも捕まえてるのだろう。
__…まてよ?今の悲鳴ウチの姉貴の声に似てたぞ。
もし姉貴だったら大変、とジャンは悲鳴が聞こえた方向へ走り出した。
「やめてください!放して!!」
憲兵に絡まれていたのは外れて欲しかったのだが予想通りジャンの姉、ユイだった。
三人組の憲兵に取り囲まれている。
__あのクズ共!姉貴になにするつもりだよ!?
ジャンは目立たないように腰に提げた、護身用の警棒に手をかけた。
正直警棒じゃ全く役に立たない気もするが他になにもない。
姉の救出に走る。
ユイとの距離が半分ほどになった時、彼女の腕を掴んでいた憲兵が手を振り上げた。
どう見ても殴るつもりだ。
「ちくしょっ」
ジャンは足を早めた。
__姉貴を殴らせてたまるかっ!
だがしかし、距離が距離である。間に合うはずもない。
憲兵の腕がユイの頬を張ろうと振り下ろされる。
__姉貴!!
パシッ
「え‥」
ジャンは思わず足を止めた。
振り上げられた憲兵の腕を通りがかりの男が掴んで止めたからだ。
黒髪の、どうやら傭兵らしい出で立ちの男は無言で憲兵の腕を捻り上げる。
「いてててっ」
腕を掴み上げられた三人組のリーダーらしき男は悲鳴をあげた。
腕を振りほどいて傭兵から離れる。
ジャンはいまのうち、とユイの腕を掴むと安全地帯まで避難した。
「貴様!邪魔すんじゃねぇよ」
「俺ら憲兵に逆らったらどうなるかわかってんのか、ぁあ?」
リーダーの両脇から後の二人が傭兵の男に詰め寄る。
ドスの効いた声で詰め寄られても男は眉一つ動かさなかった。
蔑んだ目で見るだけだ。
「それともなにか?お前が相手してくれるってか?」
下卑た笑いを顔に貼り付けてリーダーも男に近付いた。
「そんなわけねえよなぁはっはっはっ!」
三人揃って下品な笑い声をあげる。
「…いいだろう」
右頬に二本傷跡が奔った顔に無表情を貼り付けた傭兵は初めて口を開いた。
その言葉を聞いて憲兵達も笑いを止める。
「はっ!こいつ相手してくれるってよ」
「マジか。こりゃ傑作だ。ほら兄ちゃん、こっちこいよ。可愛がってやるからよ!」
憲兵が囃し立て始めた次の瞬間、傭兵の男が消え、リーダーが吹っ飛んだ。
文字通り5メートルほど空を滑空し、バウンドしながら転がる。
歯が抜けたようで何本か口から飛び出した。
リーダーが居た場所に目を戻すと傭兵の男が拳をおろした所だった。
殴ったらしい。
それだけであんなに人が飛ぶのは初めて見た。
どうやら“相手をする”とはそういうことのようだ。
「て、てめぇなにしやがっ」
状況を理解した憲兵の一人が傭兵に怒鳴りかかったが途中で後ろ回し蹴りの餌食になってこちらも吹っ飛んだ。
そして傭兵は刀を抜くと最後の一人に突き付けた。
少し離れた所に立っているジャンの所にまで憲兵に向けられた“気”が伝わってくる。
憲兵は腰を抜かしてガタガタと震えている。
失禁しそうな勢いだ。
「アレを拾って失せろ」
傭兵は道端に転がって伸びている憲兵達を顎で釈って指し、突き付けた刀を揺らす。
憲兵は小さく悲鳴をあげると伸びている仲間を回収して逃げていった。
それを見送った傭兵はキンッと小気味良い音をさせて刀を仕舞った。
踵を返して何事もなかったかのようにその場から歩き出す。
「あ、あの!」
立ち去ろうとする傭兵にユイが声をかけた。
傭兵が立ち止まって顔を半分だけこちらに向けた。黒い瞳が何か用か、と言いたげだ。
「さっきはありがとうございました」
ユイが丁寧にお辞儀する。
「怪我は?」
傭兵が少しだけ振り向いてユイに尋ねる。
「大丈夫です」
「そうか。よかった」
また歩き出そうとする。
ユイは傭兵の前に回った。傭兵も立ち止まる。
「旅の方ですよね?もし泊まる所を探しているならウチにどうですか?」
__姉貴何言い出してんの!?
よく見るとユイの頬は少し上気しているし、瞳がなんと言うかキラキラしている。まるで恋した乙女のような…というかむしろそうとしか思えない。姉貴はあの傭兵に所謂一目惚れというのをしたらしい。
「泊まるとこ決まって無いんですよね?」
「まあ、これから…」
「ウチに来て下さい。旅籠じゃないのでお金はいりません。それにあまり食べてないように見えるわ。ご馳走してあげる!」
ジャンがユイの異変にそう結論付けている間、家に泊まるよう説得を試みたユイが強硬手段に出ていた。
傭兵の手を引いて帰り道を歩き始める。
傭兵は引っ張られるまま、無表情で姉について行く。
__俺は置き去りかよ!?…えらいことになっちまった。
姉の恋路を邪魔するつもりはないが、自分も男だし、たった一人の姉を守らなければと思っている。
「名前なんていうんですか?」
「……ギル」
「ギルね。よろしくお願いします。夕飯は何が食べたい?」
「…なんでもいい」
「それ一番困る返事よ?予想してたけど。ジャンは?」
「うーん…コロッケ」
答えないと張り切っている状態の姉は何を仕出かすかわかったものではない。
「ギルもそれでいいかしら?」
ギルという名の傭兵は無言で頷いた。
姉の邪魔をするつもりはないが、相手がどんな奴かちゃんと見極めなければ。ジャンは前を歩く二人を追って歩き出しながら決意を新たにした。