通勤抜け道
うわぁ、混んでるぅ、と私はホームに入ってきた電車を一目見るなりげんなりした顔をしてしまった。窓越しに見る車内は人が正にすし詰め、という状況で、人が人じゃないみたいな密集度で押し合いへし合いしている。
外の寒さのせいか、窓が曇ってて、それはイコール中の温度と湿度が高いと言う事で、暖房その他諸々のせいもあるんだろうけど、なんとなく、あの車内には人の呼吸後の息が充満してるんだろうなぁ、と嫌な想像をしてしまう。
この駅は乗換駅ではないので、きっと中の人たちはまるで下車しないで、あの、既に超満員で乗れないんじゃないか、と思われる車内に、この駅に列を成して待っている人たちも乗っていく。きっとドアが開くなり、ドアと車内にある本の少しのスペースに足をひっかけて、体をぐいって乗り入れて、全体重をかけて入り口付近の人たちを車内に押し込める。ホームで待つ人たちもそれに後押しして、車内の人たちは不満そうな顔をしながらもその圧力に抗えずに地響きのような音をたてて奥の方になだれ込む。さらに、入りきれなかった人は駅員さんが背中をぎゅうぎゅう押して中に押し込めてる。ドアが閉まらないから。人なのに超圧縮。押し寿司、という感じ。
やだなぁ、疲れてんのにあの空間に入りたくない。
心底思うけど、この電車に乗らなきゃ、私は遅刻してしまうわけで……。
話は変わるけど。
物語とかで、超人的な力を得た人は、それを役立てて世界を救ったり事件を解決したりするというのはよくある。でも、超人的な力を得た人とて人間。自分のささやかな私利私欲の為に力を使っても良いと、私は主張したい。
それが未解明の力で、使用した事によってなんらかの副作用や、危険が自身に及ぶかもしれない、からむやみに使わない方が良い、と言われても、実際今のところ何もこの身に起こっていないし、周囲にとっては不可解で未知数の力でも自分にとっては生まれた時から備わっている力で、ごく当然のものだからそれはもう、手足を動かすのと同じような感覚で使えるとしたら。
使っちゃうよ。くだらない事でも。
たとえば、目の前の満員電車に乗りたくないけど、遅刻したくない時、とか。
それに乗るしか、方法がないっていうのだったらそれをするしかないけど、他に良い方法があるって知っちゃってるなら。
私は体内に時計の針を持っていて、それを動かす事で今いる場所の時間をずらす事ができる。戻したり進めたり。ただし、場所は変えられないんだけど。
よくタイムとリップとかで「時空を超える」というけど、私ができるのはあくまでも「時」を動かす事だけ。空間を移動できる人は別にいるし。
だから、このホームに立って時間を数時間戻して始発のガラガラ電車に乗る。到着したホームで時間を元に戻すと、楽に通勤ができるのだ。
いつもはやらないよ? 特に疲れた時とかさぁ、それだけだけど。
ただ、そういう事したってバレるとすごく怒られるんだけど……。
そう知りながらも、今日も私は自分の時計の針を戻し始めた。