うららかな午後・・・はどこへいった?
学院内には校舎が幾つも立ち並んでおり、その中の一つに高等部校舎もある。
初等部、中等部に比べ生徒数がぐっと少なくなるこの校舎は、いつもなら閑散とまではいかいかないが、溢れかえるような人混みになることはまずなかった。
・・・来るんじゃなかった。
リーリアは今現在、人混みの溢れんばかりのこの現状を見てうんざりしていた。
最初はわらわらと居た人混みも例のクラス付近まで近付くとさらに増えており、押し合いへし合い状態である。
皆一様に教室の中を伺っているようだ。
リーリアは現在その押し合いへし合いの中で揉みくちゃにされていた。
「リーリア」
くいっと袖口を引っ張られて人混みから救出される。
「ありがと」
教室に引っ張り込む様にしてリーリアを救助したのはウォンだった。
教室内は流石に人混みになっておらず、一応関係のない生徒等は立ち入るのを遠慮しているのだろう事が窺い知れた。
「わざわざ来なくても良かったのに」
ウォンはさっさお自分の定位置に席を陣取り、昼食であろうサンドイッチをかじる。
「そうだね。来なきゃ良かったって今後悔してたとこ」
予想していたとはいえ、揉みくちゃににされたリーリアは盛大に後悔していた。
流石に朝のアレを見たのだ。
講師陣も今朝よりは慎重かつ厳重に見張っているはずだ。
・・・見張らなきゃいけない生徒を入れるな、と言いたいところだが、そこはまぁ、学院も金で運営されている・・・という事情で仕方がなかったのだろう。
世の中結局は金か・・・。
「で、どうなの?」
リーリアはサンドイッチをかじるウォンに問いかける。
「見ての通り。うまいことご機嫌取られて、調子に乗ってる感じ」
お手軽でイイね、と明らかに皮肉交じりな答えが返ってきた。
ウォンはチラリとひと塊りの集団に目をやる。
そこには、明らかに制服をギラギラとしたものに改造した貴族共と、その中心に第三王子等がいた。
いつもならウォンに纏わり付いている令嬢も第三王子の周囲にいた。
これでもウォンは一応伯爵家次男坊だ。擦り寄ってくるものもそれなりにいる。
都合よくウォンが第三王子と同級となったので、リーリアは基本的に彼に見ていてもらうことにした。
都合よく一緒のクラスになったところは陰謀めいたものを感じたが、気にしないでおこう。
授業を受けている間は、講師が必ずいるので第三王子が何かしても講師に任せてしまえばいいだろう、とリーリアは午前中は自分の講義に集中した。
特に問題がなさそうなら、明日以降も同じ形をとるつもりだ。
もし何かあって講師だけでは手に負えない状態になれば、ウォンから連絡が入る予定になっている。
登下校時や昼休みなど、講師の目から離れる時だけはリーリアが付かず離れずの位置にいるようにした。
リーリアが予定と計画を立てながら、一体何をしているんだろう、と脱力感に襲われたのは言わないでおこう。
私はスパイか? 密偵か?
「いい感じで囲まれてるから、問題ないんじゃない?」
ウォンは手にしていたパックジュースを飲む。
第三王子ご一行あたりでは、ここは本当に教室か? というような料理が並んでいるが気にしないでおこう。
侍従よろしく、小柄な少年が世話を焼いているのが目にうつった。
周りの取り巻きは口々に第三王子に話しかけている。
言っている内容はくだらないものばかりだったが・・・彼等も必死なのだろう。
「・・・嫌な予感がする・・・」
その様子を眺めながらリーリアがポツリとつぶやいた。
ウォンは首を傾げる。
数秒もしないうちにリーリアの予感は的中する。
第三王子を中心に膨れ上がっていく魔力に、周りは顔を青くしていく。
「・・・うっゎ、沸点低すぎじゃない?」
ウォンの言葉に内心同意をした者は大勢いたはずだ。
だが、そんな言葉は吹き荒れる風によってかき消される。
「・・・うざい」
リーリアの呟きもまた風にかき消される。
室内は風によってガタガタと机と椅子が音を立て、紙や布が舞い上がる。
野次馬生徒等は危険を察知したのだろう、自分の周りに防護壁を張っている。
逃げ出すのではなく、防護壁。・・・野次馬根性ここにあり?
貴族共は顔を青くするばかりで身動き一つ取れないようだ。
収まる様子のない風と第三王子を見てリーリアは盛大なため息をつく。
貴族共は魔力に当てられたのだろう。
このままほおっておけば怪我をする恐れもあるだろう。
事態を収めるべく、リーリアは自分の魔力を周囲に広げていく。
第三王子の魔力を抑圧し、風を収めて行く。
さて、どうしたものか。
第三王子の魔力をある程度押さえ込んだ時点でリーリアは少し考えた。
気でも失わせれば、この暴力的魔力も収まるが、流石に王子にそれをするのはまずい気がした。
ていうか、いつまで魔力放出する気だ?
力の差は歴然なので、押さえ込んでいるリーリアには差して負担はない。
負担はないが、面倒ではあった。
そもそも魔力が抑圧されていることに気づかないって、どうなの?
つらつらと考えながら、リーリアはさっさと終わらせることに決めた。
自分の魔力を解放しつつ、凝縮していく。
ただただ純粋な魔力だ。
自分よりも強い魔力に当てられると、大概のものは身動き一つできなくなる。
萎縮してしまうのだ。
今の貴族たちのように・・・。
リーリアは練り上げた魔力をピンポイントで第三王子に向かって放った。
途端、吹き荒れていた風はおさまり、周囲を威圧していた魔力も収まりをみせた。
「目には目を、歯には歯を、魔力には魔力をってね」
リーリアは動きを止めて顔色を青くする第三王子に満足して魔力を引っ込めた。
周囲も第三王子が落ち着いたのを確認すると、あからさまに安堵の色をみせた。
野次馬達はやや物足りなさそうだったが・・・。
騒ぎが落ち着いたと知るや否や、集まっていた野次馬達は散りじりに去って行き、貴族達は従者2名に追い払われていた。
第三王子はまだ呆然としている。
「あれ、大丈夫なの?」
「ただ魔力に当てられただけなんだし、大丈夫でしょ?手加減したし」
リーリアは第三王子をチラリとも見ずに答える。
そろそろ講師の誰かがくるはずだ。
昼休みも終わる頃なので、リーリアはウォンに一言告げて教室から出た。
実技の授業を観察する予定だったが、リーリアははっきり言ってもううんざりしていた。
何であんな馬鹿の面倒を見てやらねばならないのか・・・
話に聞いていたが、どこまでお子様なのか・・・
あんなんでよく王子なんかやっていたものだ。
呆れるべきか、怒るべきか。
ただ言えることは・・・今顔を合わせたら、容赦無くぶちのめすだろう、ということだけだった。