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魔王様と魔法使いさんと、元一般人

魔王様と魔法使いさんと、元一般人4

作者: 夕凪秋香





皆さん、どうもおはこんばんにちわ。もうこれで四度目の挨拶になりましたね~。

元日本人で、現在人口妖精(ピクシー)の綾鳴伊織 (あやなりいおり)もとい、イオンです。

魔王様に仕えてきて、もう20年になりますが平穏な日があまりありません。

あたしはどうやら前世と同じくらい、トラブルに巻き込まれる人生を送ることになるようです。








さてさて、前回魔王様の奥さんの住んでいる国へ旅行しに来て、その国の王子様と朝市でバッタリ会った所でしたよね。








あたしはダラダラと冷や汗をかきながら、目の前に立っている王子を見ていました。

王子は前回見たときの黒い鎧ではなく、ラフな格好の上から茶色のローブを被っていました。

少し息が切れているところ、どこかから走ってきたのでしょう。

そんなこと、あたしには関係ないですけどね!



「魔法使いさん、走ってください!」


「………え?ちょっと」



驚く魔法使いさんの手にあたしの荷物を持たせて、急いでジルお兄様たちの家に向かって走り出しました。

重い荷物を持って走ったら絶対追いつかれるので、魔法使いさんにパスです。

魔法使いさんは、驚きながらも荷物を持ってあたしと同じ速度で走り出しました。



「ちょっと待ってくれ!話がしたいだけなんだ」


「ごめんなさい!!」



一応謝っておきました。本当は謝らなくてもいいかなと思ったんですが、それはさすがに申し訳ないので、ね。

そのまま走り続けて家に飛び込んで、鍵を閉めて扉に倒れこんでしまいました。

その音に気づいたのか、上からドタバタとお兄様たちが降りてきてしまいました。



「ものすごい音が聞こえたんだけど、どうしたんだい!?」


「ライお兄様…」


「まぁ!汗が尋常じゃないくらい出ていますわよ。まだ病み上がりなのに…急いで氷を!」


「……はい」


「イオン、大丈夫か?ベットまで運ぼうか?」


「僕たちの部屋が一番近いので、そこまで運びましょう。椋己」



心配してくれるのは嬉しいんですが…そこまでやらなくてもいいですよ!!

というか、魔法使いさんは体力がないから疲れ果てて倒れちゃってるのに、心配してあげないんですね!?



「「「「「イオンのほうが心配だから」」」」」


「愛が重いです……」



結局あたしはベットじゃなくて椅子に座らされ、頭の上に氷を置かれました。

ひんやりして気持ち良いな~。まぁ、その状態で事情を説明したら皆複雑な顔になりましたけど。

魔王様だけは爆睡中です。今までの仕事での疲れが溜まってたのかもしれないですね。

魔法使いさんは自分で用意した氷水を飲んで体力は回復したようです。今はのんびりと朝食の準備をしてくれてます。

本当はあたしも手伝いたいんですけど、本人にも他の人たちにも休んでろと言われました。



「イオン、よく逃げてこられたね。聞く限り、そいつ並大抵の魔族でも追いつけない速さで走る王子だよ」


「ライお兄様、第2王子のこと知ってるんですか?」


「あぁー……うん。一度追い掛け回されたことがあるからね」



…………はい?どういうことでしょうか。ライお兄様、眼を逸らさないでください。

ルージュお姉様も何か知っていますね?顔背けてますから丸わかりです。



「…えっとー…実はその第2王子と幼い時に会ったことがあるのですわ」


「どうやって会ったんですか!?というか、何歳ごろですか」


「僕と姉さんがまだ50になるかならないかくらいだったはずだよ」



あぁー…魔族にしては幼いほうですね。ちなみに魔族の成人の基準は80~100です。

あたしはまだ成人ではないんです。お兄様たちはもう成人ですけどね……たしか二人共82、3だったはずです。

あれ?ということは、あの人30代?30代であの見た目!?詐欺だ!!完全に20代前半の人だと思ってたよ!!



「あの時は大変でしたわよね~。転送装置が故障しているのに気づかず乗ってしまって、着いた先が、人間の国の王宮だったんですもの」


「本当にあの時は驚いた。二人で迷いながら自力で帰ろうとしてたら、あの王子とバッタリ会って……」


「まだ赤ん坊だったというのに、ハイハイでわたくしたちに追いついてきましたわよね…」



何それ怖い。確か吸血鬼って瞬間移動とか出来ましたよね。後、女淫魔(サキュバス)はつねにフェロモン出してるから男子って弱るんじゃ……。

あっ、ものすごい勢いで顔を横に振られた。



「全然あの人間には効きませんでしたわ。赤ん坊でさえ魅了できるはずなのに、何故か。ねぇ?」


「そうそう。僕も一回瞬間移動してみたけど、いつの間にかぴったりくっついてるし…でも何故か憎めないんだよねぇ」


「そうねぇ。わたくしもあの人間ならもう一度会ってみたいと思いますわ」



お兄様とお姉様にしては意外な意見ですね。結構人間嫌いなのに、あの王子とは会ってみたいんですか。

あたしとしてはもう会いたくないんですけどね……

氷を頭の上から下ろして机の上に置いたら、頭をルージュお姉様に撫でられました。



「まぁ、もう忘れちゃいなさい。楽しい旅行も楽しくなくなるわよ」


「そうします」


「…………朝食できたよ」



話に区切りがついた所でちょうどよく朝食が出来たみたいです。

運ぶのはお手伝いしました。あたしの代わりに作って貰ったのに手伝わないのは、あたしのポリシーに違反しますからね。

ベーコンと魔法使いさんが買っていたチーズを挟んだホットサンドに、あたしが事前に準備していたコーンスープ。

朝市のおじさんから貰った野菜のサラダにバゲット。牛乳のアイスもありました。

朝から豪華です。前世の頃の朝御飯とは大違いです。

ちなみに前世のあたしの朝御飯は、毎日大学生のお供のアレでした。チョコ味が特に好きでした~。


魔王様が匂いで起きて来たので、皆で朝食を食べました。

執事さんが異様にサラダばっかり食べてましたね。狼人間なのに草食系だったのかと初めて知りました。

もう20年も一緒なのにまだ知らない事が一杯です。
















朝食も食べ終わり、いったん部屋に戻って髪型を整えてお出かけモードです。

昨日買ったストローハットは被らずに、今日も紫のリボンでツインテールにしました。

今日はローブを羽織らなくてもいいらしいので、二次元ポーチだけ腰につけて部屋を出ます。


部屋を出ると、もうすでに皆さんお揃いでした。美男美女がそろうと絵になりますね。

魔王様は長い紫色の髪を後ろで一つに結んで、肩から前にたらしています。

黒縁メガネを掛けて、茶色のロングコートを羽織っています。…暑くないのかな?


ライお兄様はブイネックの黒いシャツに白いズボンとブーツ。

首からあたしが昔誕生日プレゼントで送ったリングネックレスを着けてます。

どこかのモデルさんみたいですね~。羨ましいかぎりです。


ルージュお姉様は赤いチャイナドレスでした。動きやすいようミニスカですけど、鞭でも持ったら女王様ですね。


執事さんは、どこかの村娘みたいな茶色いロングワンピースを身にまとってます。

女性らしい格好を見るのはこれが初めてです。可愛いな~。あの髪もふもふしたいな…。


ジルお兄様とリュミーお姉様は、お揃いのピアスをつけてますね。

服はジルお兄様がポロシャツにスカーフと紺色のズボン。リュミーお姉様は花柄ワンピースにロングブーツです。

うーん…昨日のペアルックよりかはマシですね。あれは見てるこっちが恥ずかしかったです。


魔法使いさんはいつもどおりの格好です。長いローブに、灰色に近い銀髪。

……あれ?でも、今日は髪の毛がポニーテールです。左側の耳に紫色のイヤリングをつけてます。

今までまったく見たことがない、変わったイヤリング。何故かそれを見たら、心が締め付けられた気分になりました。



「…………イオン?」


「は、はい!なんですか?」



お願い。どうか何も聞かないで。あたしも何かわからないんです。

その気持ちが伝わったのか、魔法使いさんは首を振って「…………なんでもない」と言ってくれました。

なんでしょうか、この気持ち。胸が苦しいです。苦しくて、寂しい。

あたしはその気持ちを無理やり奥に押し込めて、普段どおりに過ごすことに専念しました。
















「いや~、あんなにセンスの良い子供がいるとは思わなかった。イオン、良い店見つけたな」


「ふふっまお…お父様たちが、まさかあそこまではしゃぐとは思いませんでしたよ?」



今日はあたしが行った服屋に行って、色々と服を買い揃えようということになりました。

ついでに魔王様やお兄様お姉様たちもあの子に服を選んで貰ってました。

意見が合ったのか、どんどん仲良しになって「俺たちは親友だ!」「はい!親友です!」と熱く手を握りあっていた。

あの子の親とも交渉して、専属のお店になってくれました。実はあたし達が魔族の王族である事を承知で、です。

話したとき、正直断られるだろうなぁと思ってたんですが……



「あんたらみたいな良い魔族なら、大歓迎ですよ。うちみたいな店を選んでくれて、ありがとうございます」



と、反対にお礼を言われたぐらいです。良い人達で良かったです♪

専属のお店になる代わりに、試作品を着るという条件を出されました。その試作品は気に入られたら、普通にお店で売りに出すんだそうです。

魔王様はそれに頷いて、嬉しそうに微笑んでました。


今はお店を出て、美味しいと有名なデザート屋さんのテラス席で休憩中です。

はぁ~…ケーキうまぁ♪甘いものは良いですね~。癒されます。

マカロンやクッキーに、アップルパイやショートケーキ。色とりどりのお菓子たちに囲まれて、とっても幸せです♪



「…………美味しい?」


「はい♪美味しいですよー。魔法使いさんも食べますか?」



そう言いながら近くにあったマカロンを掴み、魔法使いさんの口元まで持っていってあげます。

魔法使いさんは一瞬目を見開いたけど、おずおずとマカロンを齧って食べてくれました。



「どうですか?」


「…………イオンは、好き?」


「大好きですよ?甘くて優しい味がします。もちろん、魔法使いさんが作るお菓子も好きですよ」



残っていたマカロンを口に放りなげ食べ終えた魔法使いさんは、何か考えた後、あたしを見て優しく微笑みました。



「…………今度、作ってあげる。イオンが好きそうな色のマカロン」


「本当ですか!?わぁ、とても楽しみです♪」



想像するだけで涎が出てきそうになりました。ケーキを食べながら気分良く鼻歌を歌っていると、魔王様に笑われたしまいました。

笑われた仕返しに、魔王様の大きな口にクッキーを突っ込んであげました。

咳き込みながらも美味しそうに食べてます。その光景を、別の席に座るリュミーお姉様夫妻が微笑ましそうに笑いました。


穏やかな日だなぁ。今日はこんな日のままで過ごしたいな……


紅茶を飲みながらふと目線を横に向けると、嫌な人を発見。思わずすぐに目線を元に戻しました。



「……どうしたの?」


「執事さん、しっ!……今、第2王子みたいな人を見かけたんです」


「聞こえてる」


「ひぅっ!!??」



いきなり横に現れた第2王子に驚いて、カップを落としかけました。

なななななななな、何故わかったの!?



「君の姿はとても印象的だったからな。覚えてる」


「あらあら、わたくし達の妹に何か御用ですこと?」



助け舟のようにルージュお姉様が間に入ってきてくれました。思わず涙目。

横に魔法使いさんとライお兄様が立ってくれました。

あたし達の様子を見て、王子はため息をつきましたけど、魔法使いさんを見ると何故か顔をしかめました。



「何故ナナシがここに居る」


「…………関係ないだろう」



ナナシ?魔法使いさんのこと、だよね。ナナシと呼ばれて、魔法使いさんが苦い顔をしている所、多分合ってますよね。

でも、ナナシ…?………名無しって事、なのかな。



「お前、よく世間に顔が出せたものだな。あんな大罪を犯したくせに」


「…………あれはもう過去の出来事。それに、罪は償った」


「罪を償った?償えてないだろう。その体が何よりの証拠だ」



大罪?罪?どういう事…?魔法使いさんは昔、何か罪を犯したという事?

その罪を、この人は知っている。

あたしが王子のほうを見ていると、彼は甘い笑顔を顔に浮かべ、あたしに手を差し伸べた。



「君は知らないのかな?まぁ、知らないだろう。極秘のことだからな」


「…………おい」


「教えてあげようか。こいつが過去に何を犯したのかを」



魔法使いさんがあたしの耳を塞ごうとしてきたけど、あたしはその手を弾いた。

ごめんなさい。でも、聞きたいの。貴方の過去を。貴方の、罪を。

王子はさらに笑みを深めると、魔法使いさんを見て指さした。



「こいつは、元王家の人間だった。だが、はるか昔に神の一人を殺し、他の神に名を取られ、死ねない体となった。神殺しの大罪を犯したこいつは、感情さえも奪われた。こいつが罪を償える方法は、一つ。殺した神の魂を探し出し、蘇らせる事だけ」



神殺し…?名前と感情を奪われた?じゃあ、彼が笑っていたのは何故?

彼が怒ったのは嘘?彼が泣きそうになっていたのは嘘?

あたしの……思い込み?

思わず、口を覆い瞳から涙が零れた。勘違いも甚だしい。馬鹿だ。あたしはうぬぼれていたんだ。

あたしはその場から逃げた。後ろから魔法使いさんやルージュお姉様の声が聞こえる。

だけど、誰にも見られたくなかった。惨めな自分を。








あたしは一心不乱に街の中を走り続けた。

そして、気づけば森の中に居た。












森の中は動物たちの鳴き声の、葉っぱが擦れる音しか聞こえない。

奥に進むたび、涙が零れた。



「うぅ……」



拭っても拭っても涙は零れるばかり。

あたしは、甘えていたんだと思います。魔法使いさんが、あたしを好きと言ってくれたあの日から。

魔法使いさんが微笑んだと、あたしが好きだから笑ってくれたんだと、勘違いしていたんです。

もう、涙と空笑いしか出なくなっていた。

それでも歩き続けて、たどり着いたのは大きな湖でした。

大きな滝が流れるその光景に、一瞬見惚れ、一歩進もうとして足が痛み出した。



「痛い……血が出てる」



水で足を洗おうと湖に近づいて、靴を脱いで両足を浸ける。

ひんやりと冷たい水が、火照った足を冷ましてくれました。日差しが暑くて、あまり日陰もなかったです。



「……泳いでも、大丈夫かな」



周りに人が居ないことを確認して、あたしはそのまま水の中に浸かりました。

あ、さすがに二次元ポーチは外しましたよ。濡れたら困りますしね。

髪の毛も解いて、ゆったりとした気持ちで滝の方まで泳いでいきます。

滝は穏やかな流れであたしの体を冷やしてくれました。頭もついでに冷やしてくれたけど、気分だけは晴れないまま。


滝から離れ、今度は湖を深く深く潜りました。

このまま沈んでいけたらどんなに幸せなことだろう。



あたしは、たぶん気づかない内に魔法使いさんに恋していたんだ。



だから、魔法使いさんの表情が変わるたび嬉しいと思った。あたしにだけ見せてくれているんだと、そう思ってた。

前世では恋なんてしなかった。仕事が忙しくて、する暇もなかった。

生活をすることに必死だった。


でも、今は違う。生活に苦しむことはない。周りの人は優しいし暖かい。

好きな人も出来た。結局勘違いだったけど、後悔なんてしてない。

…………このまま、消えてしまおうか。そう思いながら、水中に沈んでいく。









近くで何かが飛び込んでくる音が聞こえた。そして、ぐいっと引っ張られる。

目をゆっくり開いてみると、そこには魔法使いさんの横顔があった。

驚きながら水面から同時に顔を出して、新鮮な空気を吸いました。

やっぱり見間違いじゃなかった。目の前には、魔法使いさんが居ました。



「ど、どうして……」


「…………ぱい、した」


「え?」


「心配、した!どこに行ったんだと、ずっと探した!!」



今までとは違う声にさらに驚いていると、魔法使いさんはぎゅっとあたしを抱きしめました。

突然のことで反応できなくなっているあたしを、さらに強く抱きしめてきました。



「よかった……本当に、無事でよかった…」


「………魔法使い、さん」



あたしは、そっと魔法使いさんの胸を押して遠ざけました。

来てくれたのは、嬉しい。だけど、今は駄目。

魔法使いさんのほうを見て、あたしは笑顔を浮かべました。ちゃんと笑顔になってるかな。



「あはは、大丈夫だったのに。ちょっと気分転換に泳いでただけですよ」


「…………イオン?」


「魔王様たちも心配してますよねっ。あたし、先に上がりますね?」



魔法使いさんから離れ、湖から上がろうとした時。



「イオン、待って!」


「っ!」



背中から抱きとめられました。駄目、どうか放して。さらに苦しいだけだから。

腕の中から出ようとすると暴れていると、突然後ろに顔を向かされて――――



「んっ!!」



キスされていました。思わず瞳から涙が零れました。嬉しさからなのか、悲しさなのかは分りません。

数秒して唇が離れ、あたしはおもわず口元を手で隠しました。

全身が熱をもったみたいに熱いです。多分、今あたしの顔は真っ赤でしょう。

魔法使いさんは、いつもとは違う真剣な顔であたしを見つめています。



「…………ごめん」


「え……?」


「…………あいつが言った事は事実。俺は…神を殺した。でも、一つだけあいつは間違ったことを言った」



間違ったこと?首を傾げ、魔法使いさんを見ていると、魔法使いさんは優しい瞳で微笑みました。

その笑みに心臓が締め付けたらた気がしました。



「…………俺は、感情を奪われたんじゃない。……忘れたんだよ」


「感情を、忘れた?」



魔法使いさんは頷きます。そして、もう一度あたしを抱きしめました。

あたしは訳が分らず、頭の中は?マークが飛び交っていました。



「俺は、感情を一からリセットされたんだ。だから、悲しみも苦しみも何もかも忘れてた……イオンに会うまでわ」



あたしに、会うまでわ?



「…………イオン、初めて会った時のことを覚えてる?」


「はい。覚えてます」



忘れもしない。今でも昨日のことのように思い出します。というか、忘れろと言われても忘れられない事件だったと思います。

ジルお兄様がリュミーお姉様と結婚したきっかけでしたし、魔法使いさんと初めて会った時ですからね。

うん、あの時は驚いた。



「…………俺は別に、魔王が殺されても良かったんだよ」


「えっ!?友達なんですよね!?」


「…………いやぁー…俺には関係ないことだし、多分あいつの妻が助けるだろうと思ってし…」



いや、まぁありえそうですけど…魔王様、魔法使いさんのこと親友って言ってたのになぁー。

魔王様、哀れなり。



「…………だけどさ、イオンが泣きそうな目で飛び立とうとした時、体が勝手に動いて……素手で剣を止めてた」



あれ、勝手に動いてたんだ。だから、自分の手が切れてたことに気づかなかったんですねー。



「…………俺も自分で驚いたよ。なんで、他人のために動いているんだと…でも、最近になって気づいたんだよ?」


「?」










「イオンの、悲しい表情なんて見たくなかったから」











その言葉に、あたしの体は硬直した。

魔法使いさんは小さく笑った後、次々と言葉を紡いでいく。



「傍にいることが増えて、わかった。イオンの笑顔が見たかった。イオンの涙なんて見たくなかった。だから………勝手に体が動いてたんだと、俺は思う」



これは、幻なのかな。あたしの妄想なのかな。夢なのかな。

思わず自分の頬をつねる。痛い。これは……夢じゃない。



「…………イオンを見てると、自然と笑顔が出るようになってた。イオンと話すと、嬉しい気持ちで心が満たされた」



待って、えっ、ちょっと待ってください!!

思考が追いついてません!頭の中がぐるぐるです!うわーんっ、どうすればいいの!?

と、とりあえず聞くことに専念です!



「…………イオンが思い出させてくれたんだよ?俺の、感情」


「あたし、が?」


「…………そう、嬉しいことも悲しいことも…人を好きになることも」



魔法使いさんはあたしの肩に顎を乗せてきました。まるで顔を隠しているようです。

あたしがドキドキしている心臓を抑えようとしている中、魔法使いさんは耳元で囁きました。












「…………俺は、イオンが好き。大好きだ。他の、誰にも渡したく……ない」














自然と瞳から涙を流していました。

魔法使いさんが珍しく驚いてうろたえているのを見ると、思わず笑ってしまいました。

だって、顔も耳も真っ赤なんですもん。これが素の魔法使いさんなんだと思うと、心が温かい気持ちで満たされました。

あたしも、返事を返さないといけないですね。



「……あたしも、魔法使いさんのことが、好きです…!名無しでも、神殺しでも関係ないです。魔法使いさんが、大好きです!」



自分から魔法使いさんにジャンプで抱きつきました。嬉しい気持ちで一杯です。

初恋は実らないものだといいますが、実ってくれてよかったです♪



「名無しなら、あたしが名前を考えてあげます!」


「…………嬉しいよ、イオン」



満面の笑みを浮かべる魔法使いさん。その銀髪がキラキラと水面の光に反射して光っています。

耳元で光る紫色のイヤリングにそっと触れると、魔法使いさんに手を握られました。



「…………気になる?」


「はい、気になります」


「……ふふっ…これはね、俺が殺した神から貰った物だよ」



はい!?どういうことですか!?

思わず、魔法使いさんの顔とイヤリングを交互に見ると、魔法使いさんがイヤリングを耳から外しました。



「正確には殺してないんだよ。仮死状態に近いかな。世界を見て回りたいけど、神だから見て回れない。そこで、ある考えが思い浮かんだ。別の存在になれば見て回れるのではないか、と」



と、いうことは…このイヤリングは…そういう事ですか?



「…………そういう事。このイヤリングは、その神の意識が入ってる。肉体は天界で寝たっきり。……ちょっと叩いてごらん。反応するから」



言われたとおり軽くイヤリングを叩くと、小さく光りました。

そして、空中に何か文字が浮かび上がりました。



『はじめまして、かな?神様です。なんか色々勘違いさせちゃってごめんねー』



なんか軽いノリですね。もう少し堅苦しい話し方かとおもってました。



『堅苦しい話し方の方がいいのかもしれないけど、正直言うと面倒だからさー。このままでいい?』



気にしてないんでいいですよー。むしろこのままの方が少し安心します。



『ありがと~。んー、まずはごめんね?彼を僕の我が儘につき合わせちゃって。まさか、兄さん達があそこまでするとは思わなくてさ…まぁ、僕としては好都合だったけど』


「…………本当に…あの後始末の方が面倒だった」


『ごめんごめん。今さ、ちょっと兄さん達と話して来たんだけど……どうする?』


「…………何を」


『罰のことだよー。永遠の体と魂。それに、名前。元通りのほうがいいでしょ?』



他の神様も誤解してたんですね。でも、返してもらえるんですね。

名前はちょっと残念ですが、魔法使いさんの体が元に戻るなら嬉しいです。

でも、魔法使いさんは首を横に振りました。



「…………いい。名前は、彼女から貰う。この体も悪くないし。…換わりに、願いを一つ叶えて」


「魔法使いさん!?」


『ん、なにかな?僕の力で出来ることなら、何でもするよ』


「…………イオンが死んだら、俺も死ぬようにしてほしい」



「魔法使いさん、何を言ってるんですか!!」



なんで、元の体に戻らないんですか!なんで、あたしが死んだら自分も死ぬようにしてほしいって…馬鹿ですか!!



「…………だって、俺元は人間だから…魔族より、寿命短い。名前もイオンがくれる方が、嬉しい」



なんで……なんでっ。思わず魔法使いさんを抱きしめていました。

魔法使いさんも抱きしめ返してくれます。



『…………あー、はいはい。了解。んじゃあ、彼女と同じ寿命にしてあげるよ。ついでに、君達を心配している人たちの所まで送ってあげる』


「…………ありがとう」


「ありがとうございますっ」



親切な神様ですね、と魔法使いさんに微笑むと、魔法使いさんは頷いてイヤリングを付け直しました。

紫色のイヤリングが耳元で光を反射しながら光り始めました。



『あっ、僕を呼びたかったら今さっきみたいに呼んでね~』


「はい!ありがとうございました、神様」


『どういたしまして。そんじゃ、送るよ~』



その言葉とともに一瞬の浮遊感があった途端、いつのまにかジルお兄様とリュミーお姉様の家についていました。

家の扉の前で魔法使いさんに抱きしめられたまま、座り込んでいました。

二人で顔を見合わせ思わず笑うと、魔法使いさんも笑い出しました。



「…………いつ、俺に名前をくれる?」


「ふふー…実はもうすでに決めてるんですよ!聞きたいですか?」



魔法使いさんは一瞬悩んだ後、静かに首を横に振りました。そして、あたしの顎を軽く持ち上げて、にこりと笑いました。



「…………今はいいかな。この幸せを、かみ締めたいから」



その言葉に、あたしも頷く。



「あたしもです。……好き…愛してます…」


「…………俺もだよ、イオン」



そっと顔を近づけながら、愛の言葉を囁くと同時に後ろの扉が勢い良く開きました。

思わず魔法使いさんの胸を押して顔を離すと、勢い良く何かに首を絞められました。



「うわぁーん!!イオン、イオンですわー!!」


「ル、ルージュお姉様!?」


「イオン…!!」


「リュミーお姉様まで、どうしたんですか!?というか、首、首絞まってます!!」



二人に抱きしめられた状態であたふたしていると、扉からさらに人が出てきました。



「よかった…見つかったんですね。安心しました」


「イオン、どこにも怪我はない?痛い場所とかない?」


「ジルお兄様…ライお兄様…」


「よくやった!よくやったよ!お前」


「…………痛いから叩かないでくれるかな」



そういう魔法使いさんですが、どこか嬉しそうにも見えました。

あたしも嬉しいです。こんな家族が居て、好きな人が傍にいてくれる。











あたし、この世界に生まれてきて良かったです!





















あれから、25年後の今。あたしは白いドレスを纏っています。手には赤い薔薇のブーケを握って。

頭には小さな宝石を沢山あしらったティアラが輝いています。

この日を何度夢にみたことだろうか。…人生で一番素敵な思い出になると思います。

立ち鏡で姿を何度も確認していると、トントンと部屋の扉をノックする音が聞こえてきました。



「はーい、どうぞー?」



そういうと、扉が開き、そこには愛しい家族が立っていました。

魔王様やシーさん。ライお兄様やルージュお姉様に、執事さんやジルお兄様やリュミーお姉様。

大好きな、あたしの家族。今日はそこに、新たに一人加わるのだ。



「まぁ!とても綺麗よ、イオン」


「ありがとう、ルージュお姉様」


「幸せになってね、イオンちゃん」


「はい、ありがとうございます。シーお母様」


「もうお婿さんも待ちかねてるみたいだ。楽しみだよ、幸せになってね」


「ふふっ、そうだと思いました。ありがとうございます、リュミーお姉様」



男性陣は全員涙を流していて何を言っているのかわかりませんでした。

今泣かなくてもいいじゃない、と思いながらもあたしも涙が流れそうになりました。

そして、鐘の音が聞こえてきました。



さぁ、行かなくちゃ。一番愛しい、あの人の下へ。



魔王様にリードされながら白い薔薇で埋め尽くされたヴァージンロードを歩く。

進む先には、あたしの愛しい人が立っていた。

いつもとは違う白いタキシード姿。髪も一つに結ってある。その姿はとても素敵だった。

彼はあたしのほうを向いて、あたしに手を差し出した。

その手に手を重ねながら、魔王様に礼をして、祭壇の前に二人で並ぶ。

彼の手からあたしの左手の薬指に、小さなダイヤの指輪がはめられる。

あたしも彼の左手の薬指に、同じデザインのダイヤの指輪をはめる。


手を重ねながら、あたし達は交互に誓いの言葉を呟く。



「イオン・シュヴァルツ・エルゼリアは誓う。共に愛し、共に支えあい生きていくことを」


「セルス・ブローディア・ウェイズは誓う。共に苦しみを乗り越え、悲しみを分かち合うことを」


「「一生を共にすることを、神に誓う」」



その言葉と同時に、空から白い花びらが降り注ぐ。鐘が鳴り響き、辺り一面が花で満たされる。

神に誓いが届いた証だ。あたしたちは見つめあい、静かに唇を重ねる。

拍手が鳴り響き、喝采が沸き起こる。

あたし達はこの日を一生忘れないでしょう。


唇を離し、あたしは目の前の愛しい人に微笑む。



「愛してる。今もこれからも、ずっと。セス、貴方だけを」


「俺もだよ……イオン。俺だけの妖精でいてほしい」


「それじゃあ、セスはあたしだけの魔法使いになってね。約束ですよ?」



そう言いながら腕を絡ませながら寄り添うと、彼は微笑んで顔を近づけてきた。



「もう俺は、イオンだけの魔法使いだよ」



これから、よろしくね。あたしだけの愛しい魔法使いさん。

あたし達はもう一度誓いあうように、唇を重ねた。

「何度するんだ!!」と言って魔王様が乱入してきたのは、ご愛嬌として受け取りました。







元一般人は、生まれ変わった世界で夢見ていた『幸せ』を手に入れました!












<終わり>










これで、「魔王様と魔法使いさんと、元一般人」は終了です。

読んでくださりありがとうございました!

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