天竺牡丹
ダリア
和名:天竺牡丹
花言葉:不安定
声がした方を向くと想像していた通り、付き合って二年になる恋人の姿がそこにあった。
制服を先生に怒られない程度に着崩した姿も、少し眠そうな目も、毎日見ているはずなのに久しぶりに見た気持ちなる。
「……健太」
小さく恋人の名前を呟く。
彼は私の声が聞こえたのか、不思議そうに首を傾げて此方を見ていた。
いつも通りの彼の姿に白梅さんや先輩との会話で混乱していた私は、人前だということを忘れて、彼に駆け寄り抱き付いていた。
「うわ! 急にどうした? さち」
彼は私を受け止め、優しい声でそう問いかけながら背中を撫でてくれる。
私は、その優しさに涙が出そうになった。
その様子を見ながら白梅さんが唇を噛み此方を睨んでいたことも、先輩が苦笑しながら「……あれが鼠のお気に入りか」と呟いていたことも私は気づくことはなかった。
「ほら落ち着いて、さち。大丈夫だから、ね?」
子どもの様に取り乱したことに気付いて顔を上げることができず、彼の服をぎゅっと握りながら頷く。
私の行動があまりに子どもの様だったからか、彼は仕方ないな、と言いたげな表情を浮かべたが、私の背中を撫でるのを止めなかった。
「で? あんたらは、さちに何していたの?」
彼は私の背中を撫でるのを止めず、白梅さん達に問いかける。
その声音は少しだけ怒っているように聞こえたが、気のせいだろうか。
「貴方には関係ありません」
白梅さんはさっきまでの優しい声ではなく、感情を消したような声でそう言った。
その声の変化に私は驚きと恐怖で、さっきより強く彼に抱き付いた。
その様子をどう思ったのか、彼は優しく撫でていた手を止め、さっきより少し強めの口調でもう一度問いかけた。
「俺はさちの彼氏だから、聞く権利くらいあるはずだろ? 何、していたの?」
白梅さんは何も言わず、代わりに先輩がその問いかけに答えた。
「ただの会話だ。あんたが心配することはしていない」
先輩の言葉に彼は納得していないような声で、「ふーん……」と言ってから、私の手を解いて顔を覗き込み、問いかけてくる。
「本当に、何もされていない?」
私はその言葉に頷いて、もう一度彼に抱き付いた。
彼に抱き付いていたから、白梅さんが近づいてくるのに気づくのが遅れた。
白梅さんが私達の近くに来たと気が付いた時には、白梅さんが私の肩に手を置き、ぐいっと私を彼から引き離した。
何でこうも簡単に白梅さんに引き寄せられたのかは、白梅さんが私の肩に手を置いた時に彼が抱きしめていた手を解いたからだと気付いて、信じられない思いを抱きながら彼を見る。
彼はどうして自分が手を離したのか分からず、茫然と白梅さんと私を交互に見てから、自分の手を見ていた。
その様子に、私も戸惑う。
確かに、彼は私を手放そうとはしていなかったようなのだ。
白梅さんはそんな様子なんて気にせず私を後ろから抱きしめて、くすくす、と笑いながら告げる。
「随分と仲がいいみたいですが、お別れをしましょう、ね? 約束したでしょう? 僕のお嫁さんになるって」
その言葉に私は何も言えず、すがるように彼を見るだけしかできなかった。