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白梅の鬼ここめ  作者: 音琴 鈴鳴
改変後
26/29

瑪瑙

コンシャアゲート

和名:瑪瑙

宝石言葉:一途、行動力、思いやり

ぐずぐずと膝を抱えて泣いていた鼠は、仲間に慰められながら鬼に連れて行かれた女の子を思い出して、また泣いてを繰り返していた。

「大丈夫、大丈夫だよ」

仲間の声も届いていないのか、泣いて泣き止んで泣いてを繰り返している姿はかわいそうに思える。

狐はその姿を見ながら鬼に向かってため息を吐き、蛇は鼠をあざ笑った。




「……大丈夫、さちが忘れていても僕が覚えていますから」


記憶の底で蓋をして閉じ込めていたものが、その声でこじ開けられる。


雪のように真っ白な短い髪が風に揺れて、その赤みがかった桃色のつり目が覗き込むように此方を見ていた思い出。


どうして、今まで忘れていたのだろうか。


理由に心当たりはあった。


祭りの次の日に、訪ねてきた金色の鋭い瞳を持つ男と優しい雰囲気の黒髪の男が原因だろう。


その男二人の記憶は私にはないが、お姉さんが泣きながら二人が来てから一週間も寝込んだと聞いたことがあるのだ。


本当は忘れていないといけなかった記憶なのかもしれない。


どうしてそう思うのか。


だって、彼の声を聞くたびにこんなに逃げたくなるのだもの。


だけど、逃げないといけないと思っていても、どうしてか体は動かない。


彼は私が逃げないと分かると私を抱きしめていた腕を離し、私の目の前で無表情で立って此方を見ている先輩の横まで移動した。


二人は小さな声で何か会話をしているが私には関係ないことだと思い、その内容を知ろうという考えはなかった。


それよりも思い出した彼を警戒する方が先決だ。


漸く、見えた彼の姿を確認するように見て、私は目を見開く。


幼く見える顔立ちのせいで、高校に通うお姉さんと同じとしだと思い込んでいたが、彼は何一つ変わっていないのだ。


初めて会った時の色とは違い、淡い水色の生地に白い蝶の刺繍が入った着物に、その上から羽織っている梅の花が描かれた氷色の羽織。


濃い色がないからか、彼の姿も合わさって脆い印象を与える。


優しそうな笑みは思い出した記憶通りの彼で、何も言うことができないでいた。


何も変わっていない。


あれから何年もの月日がたったはずなのに彼は何一つとして変わっていない。


私だってお姉さんだって、こんなに変わったのにどうして彼は何一つ変わっていないのだろう。


彼に対して恐怖が芽生えたのはそれだけが理由ではなかったが、他の理由は漠然としすぎて自分でも説明することはできない。


「覚えていないかもしれませんが、約束通り迎えに来ましたよ」


くすくす、と笑いながら彼は嬉しそうに言った。


どうして先輩と話を終えた後も近づいてこようとはしないのか分からず、その行動が気味悪く感じる。


逃げ出しても簡単に捕まえられるということなのだろうか。


それとも、昔約束した相手を見に来ただけなのだろうか。


それなら、私のこの態度は失礼だろう。


だけど、どうしても安心することができないのだ。


理由は分からない。


分からないから怖い。


「迎えって、本当に?」


 笑いながら此方を見ている彼と無表情の先輩の視線に耐えられず、喘ぐようにそう言った。


私が言葉を発したのが嬉しかったのか、約束のことを覚えているということが分かる問いかけが嬉しかったのか、彼は子どもの様に無邪気な笑みで頷く。


その笑みを見て、無意識のうちに私は一歩後退ってしまった。


彼は不思議そうに首を傾げながら、一歩足を踏み出して距離を元に戻してから嬉しそうに言う。


「約束のことを忘れているのではないかと心配していましたが、その様子なら思い出しているようですね。よかった、何も知らないうちに連れて行ってもよかったのですが、やはり貴女の意思で手を取って欲しいですからね」


 その言葉の内容に私は戸惑う。


彼は私が彼のもとに行くと信じて疑っていないのだ。


「えっと、あの……ほら、私達名前も知らないのに一緒に行くとかは、ちょっと……」


 何とか話を誤魔化したいが、うまく言葉が出てこない。


名前なんて今教えてもらえば理由にはならないのに、こんな誤魔化しの言葉しか出てこない自分の語彙力のなさに絶望する。


そう思ったのは私だけではないようで、彼は首を傾げながら、先輩は呆れたように此方を見ていた。


私が言葉を続ける前に、彼が優しい笑みを浮かべながら言う。


「名前は今、知れば問題ありませんよね? そんなことを気にしていたのですか?」


その言葉に、私は頷くしかない。


「では、自己紹介を。僕は白梅しらうめ 葉月はづきです。よろしくお願いしますね?」


彼はぺこりとお辞儀をしてから、先輩の方を横目で見る。


先輩はその視線に気づいて、彼と同じようにぺこりとお辞儀をしてから口を開く。


「俺の名前は香雪こうせつ 弥生やよい。一応、君の供人になる予定です」


 先輩は相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。


何を言えばいいのか分からず、ぎゅっと手を握って顔を伏せる。


誰も喋らないから急に静かになった空間は、酷く居心地が悪い。


そんな私の気持ちが神様に伝わったのか、「そんなところで、何やっているの? さち」大好きな恋人の声が聞こえた。


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