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白梅の鬼ここめ  作者: 音琴 鈴鳴
改変後
25/29

藤袴

藤袴:キク科ヒヨドリバナ属の植物。花言葉は「あの日を思い出す」

楽しそうに上機嫌に笑いながら山を下りていく背中を見ながら蛇は呆れたように目を細め、狐は手を降りながら「いってらっしゃい」と微笑んだ。


辺りには鈴の音だけが響いて消えた。




 目の前に校舎の門や挨拶運動のために立っている生徒会や先生が見えてきた時、学校が見えてきたことに安心していた私は言い様のない何かを感じて、息を凝らして歩く速度を速めていた。


回りに気を配る余裕はなく、早く、早く逃げないと、という思いだけが頭の中を支配して足を動かす。


柚木が私の行動に驚いて小さく「……あ」と溢したのが聞こえたが、相手をする余裕はなかった。


早く、早く、学校について。


そう思いながら先生や生徒会の人達も無視して学校の門の手前まで来たとき、ぐいっと誰かの手が私の右肩を掴み、私を後ろに引き戻した。


「……え?」


急に引っ張られたせいで体勢を崩し、私は小さく疑問の声を溢してから尻餅をつくことになる。


一瞬、何が起こったのか理解できなくて目を見開いて固まっていた私とは違い、引っ張った相手は何処か安堵したような声音で「ぎりぎり間に合った」と呟いた。


その言葉を聞いた私は鈍い痛みに涙目になりながら、尻餅をついた体勢のまま後ろを振り返り、急に引っ張った相手を睨む。


これは責められることではないはずだ。


急に引っ張られて、謝りもしないなんて最低だ。


そんな恨みと怒りを込めて睨んだその相手は、知らない男の人だった。


男の人は、私の視線に気づいて少し申し訳なさそうに目を細めるだけで、何も言おうとはしない。


見覚えは無いけど、私や柚木と同じ制服を着ていることから同じ学校の生徒であることは間違い無い。


よく見れば私のネクタイとは違い、彼のネクタイの線は二本あることに気づいた。


二年の先輩なら、私が知らないのにも納得できる。


だけど、知らない先輩にこんなことをされる理由なんて分からない。


「何するんですか、いきなり」


先輩を睨みながら私は立ち上がり、スカートについた砂を払いながら言う。


先輩は私の言葉に少しだけ心配そうに此方を窺いながら、今更ではあるが謝罪をした。


「ごめんね、どこも怪我してない?」


そう言ってから先輩は、男の人にしては大きい目を細めながら申し訳なさそうに笑う。


その態度に、浮かんでいた文句の言葉を言えなくなってしまった。


まるで、此方が悪いみたいな態度は止めて欲しい。


私は何も悪くないのに罪悪感を覚えて、私の方から話題を変えることにした。


「……それで、何か用ですか?」


先輩は私の問いかけに何故か戸惑いながら、右手の人差し指で私の頭を指差して答えた。


「どうして貰った簪、つけていないの?」


その言葉に私は首を傾げて先輩を見たが、先輩は困ったように笑うだけで、それ以上は何も言わない。


「簪って……」


小さく呟いて考える。


先輩が言う簪に覚えが無いわけではないが、どうして先輩が知っているのかが分からない。


先輩は私の戸惑いに気づいたのか首を傾げて、何ともいえない顔で笑って此方を見る。


「忘れているわけではないんだよね、多分。じゃあ、どうして分からないんだろう」


小さく呟きながら、先輩は不思議そうに言う。


先輩の言葉を聞いていると、どうしてかさっきまで忘れていた不安がどっと押し寄せてきて、息が出来なくなりそうだ。


先輩には悪いが、早く学校に入ってしまおう。


もしかしたら、柚木の知り合いなのかもしれないが、知らないはずのことを話す先輩の存在は今はただの恐怖でしかない。


「先輩、あの、教室に速く入らないと遅刻になるので……」


震えそうになる声をどうにか誤魔化しながら先輩にそう告げたが、先輩は気にした様子も見せず、私の後ろのほうを見て、呆れたように言った。


「……思い出せないみたいですけど」


先輩に言葉をかけられた誰かは、ふふふ、と笑い声を漏らし、後ろから私の首に両手を回して抱きしめながら言った。


「……大丈夫、さちが忘れていても僕が覚えていますから」


その時、私は思い出した。


その聞き覚えのある声が誰のものなのかを。

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