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白梅の鬼ここめ  作者: 音琴 鈴鳴
改変後
22/29


約:約束。契約。

 幼い頃、父も母も仕事で忙しく、私は休日になると家から四時間もかかるお婆ちゃんの家に預けられていた。


お婆ちゃんの家は木造の平屋で、沢山の和室には子どもが遊ぶ道具は何も置かれていない。


そのため私がお婆ちゃんの家に行く時、何時も違う絵本と沢山の折り紙が入った手提げ袋を母は用意してくれていた。


お婆ちゃんの家は静かで少し寂しかったが、遊びに来てくれる近所のお姉さんと遊ぶ時間は楽しかった。


冬はお姉さんと炬燵にあたりながら折り紙を折ったり、絵本を読んだりした。


春は近所の人とお餅を作って花見に行ったり、花を育てたり、夏は近くにある山に探検に行って虫を見つけたり、川に魚を捕まえに行ったりもした。


一番、楽しかったのは秋にあるお婆ちゃんの家に近くに山のお祭りの日だった。


父も母も仕事で忙しく一緒に行けたことは無いが、お姉さんに手を引かれて森の古い社まで行く時間は寂しさを思い出すことはなかった。


六歳の秋も私はお姉さんと一緒に祭りに行く約束をしていた。


何時もは二人で行っていたのに、その年はお姉さんのお友達も一緒に祭り行くことになり、私の分からない会話をするお姉さんとお友達の後ろを俯きながら歩いていたことを覚えている。


山の半分くらいまで上って来た時、私は途中でお婆ちゃんが貸してくれた巾着を道の端に落としてしまう。


お姉さんもお友達も楽しそうに話をしているから、声をかけることを躊躇い、勝手に一人で離れて巾着をとりに行った。


魔が差したとでも言うのだろうか。


その時、ふと思ったのだ。


少しだけ、あのお姉さん達から見えない場所に行ったら、探しに来てくれるだろうか、と。


幼い子どもの考えだと、今の私なら思う。


だけど、その時の私は誰かが心配してくれるということが嬉しかった。


構ってくれるということが嬉しかった。


考えたら、自然と体が動いていた。


暗い木々の間を歩き、道が見えるか見えないかぐらいまで歩くことに決めて、どんどん奥に入っていく。


人工的な明かりが無くなる森の中では、月明かりだけが頼りだ。


一人で森に入ることは無かったから、ドキドキした。


少しだけ。もう少しだけ。


そう思いながら、どんどん奥に進んでいく。


その時の私はすぐにお姉さん達が見つけてくれると信じて疑ってなかった。


もし、見つけてもらえなくても自分の力で戻れるとも思っていた。


 だけど、森という迷いやすい場所に明かりも持たずに入ったのだから、当然、その時の私は帰り道が分からなくて迷子になってしまう。


どこを進んでも同じ場所のように思えたし、地面が見づらいから何度も転んだ。


さっきまで、歩いていた場所なのか分からず、誰にも見つけてもらえないんじゃないかって不安になり、三十分もたたないうちに私は森の中で泣き出してしまった。


そんな私の前に、現代では見ることが少なくなってきた着物を正しく着こなした、高校に通うお姉さんと同い年くらいの男の人は唐突に現れた。


「彼」は優しく微笑みながら私と同じくらいの目線までしゃがみ込み、問いかける。


「どうしたのですか? お嬢さん」


突然、現れた「彼」を不審に思う感情は、その時の私には少しも無かった。


ただ、一人ではないということに安堵していたし、「彼」の優しい微笑みがお姉さんに似ているように思えて既に心の半分許していた気もする。


「あのね、お姉さんと祭りに来たんだけどね、巾着を落としちゃって、それを取りに戻った時に、探検したくなっちゃって、帰り道分かんなくなっちゃったの」


本当の理由を誤魔化しながら「彼」に言うと、彼は少し視線を空にやってから、私を見てにっこりと笑った。


その完璧までの笑顔を幼い私は綺麗だと思って、顔を赤らめる。


「彼」はそんな私の顔を見ながら、言った。


「この森の中なら、僕は目を瞑っていてもどこにいるのか分かります。だから、助けてあげることが出来ると思います」


ゆっくり、私が聞き逃さないように気をつけながら言った「彼」のその言葉に私は「彼」の腕にしがみついて叫んでいた。


「本当に!」


漸く、見つけた帰り道の手がかりに喜ばないはずが無かった。


その様子を見た彼は私の行動に驚いたのか、目を見開いた後、笑いながら「教えることはかまいませんが、それには条件があります」と言葉を続けた。


「条件?」


鸚鵡返しに言った私の言葉に彼は頷く。


その仕草も綺麗だと思いながら、彼が口を開くのを待った。


「はい、条件です。だけど、難しいものではないので安心してください。ただ、僕と約束をするだけです」


私は優しい、人が安心するような笑顔の「彼」の言葉を少しも疑わず、早く帰りたい思いを抱きながら「彼」の言葉に頷いた。


 「彼」は嬉しそうに笑い、私の左手の小指と自分の右手の小指を絡め、囁くように約束の内容を言う。


「僕のお嫁さんになってください」


お嫁さんと言う言葉を恥ずかしく思いながら、私は「彼」の言葉に頷いた。


それが間違いだと気づくこともなく、私は頷いてしまった。


「彼」は私が頷いたのを確認して絡めていた指を離し、すぐに手を繋いだ。


「約束してくれてありがとうございます。……では、帰り道を案内しますね」


 「彼」が引っ張ってくれるのに必死について行くと、すぐにさっきまでお姉さん達と歩いていた道に出た。


「彼」は私が道に出たことを確認すると繋いでいた手を離し、名残惜しそうな表情で言った。


「十六になったら迎えに行きます。それまで約束、忘れないでくださいね」


その言葉に、私は何て返したのだろう。


覚えていない。


それは、すぐにお姉さんや近所の人達が泣きそうな表情で私を取り囲んでいた方が記憶に残っていたからだろう。


だけど、幼い私は「彼」の言葉を理解していなかったことだけは分かっている。


私と「彼」の約束の本当の意味は、人より長い永い寿命を私に与え、共に生きていくことであったからだ。


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