昔話
白梅が兄を殺した理由。
白は他の色に
染まるけど
黒は他の色に
染まることはない
‐ムカシバナシ‐
僕には兄と姉がいます。
いや、正確にはいるじゃなくていたでしょうか。
黒い髪に赤黒い目の外見で、僕をいつも羨ましそうに見ていた記憶しかない姉の弥生と
灰色の髪に灰色の目の外見で、いつも蔑むように見ながら僕を馬鹿にしていた姉の睦月。
それに黒い髪に灰色の目の外見で、いつも恨みのこもった目で見ながら殴ってくる兄の如月。
いい記憶はありません。
いい思いでもありません。
と、言うよりは
その頃の事はあまり記憶にも残っていないような気がします。
興味の無いことはすぐに忘れる性格だったので
それも仕方ないような気がします。
幼い頃の記憶なんて大人になったら忘れるものですから。
そんな僕でも覚えていることはあります。
僕の食事を運ぶ人との意味の無い会話です。
それが多分、今の僕の始まりでなのだと思います。
そんな日の昔話をしましょう。
◇◆
カタリ コトリと音をたてて動く玩具を見ながら四人目の子は一人、座敷牢の中にいました。
その子はそこにいることに違和感なんて感じるはずもなく過ごしていました。
そこが自分のいるべき場所なのだとそう思って、座敷牢に入れられた時も抵抗をしなかったくらいです。
無知で無垢なままの四人目の子。
姉や兄の視線の意味さえいまだ知らずに過ごしていました。
ある日、いつものように食事を運ぶものが四人目の子のもとへ食事を運びに行ったとき
四人目の子は隅の方で上を見上げながら何かを観察しているのに気がつきました。
「葉月様、何をなさっているのですか?」
四人目の子に与えられた名前を呼んで食事を運ぶものが問いかけると
葉月と呼ばれた四人目の子は
「蝶が蜘蛛に食べられているのを見ています」
と、答えました。
食事を運ぶものは、
どうしてそんなものを見ているのかと再度尋ねようとしました。
だけど、食事を運ぶものが尋ねる前に
葉月の方が食事を運ぶものに問いかけたのです。
「どうして蝶は蜘蛛に食べられてしまったのですか?」
それは食事を運ぶものにとってはあまりに簡単な問いかけだったのでしょう。
「蝶が蜘蛛よりも弱いからですよ。弱肉強食と言って弱いものは強いものに滅ぼされるのが決まっているのです」
食事を運ぶものは考えもせず、すぐに葉月に答えてあげました。
この時、葉月の中では弱者は強者に逆らうことはいけないことなんだと考えます。
それでは何も言わずに兄や姉の言うことを聞いている自分は弱者?
心の中で自分に問いかけました。
答えは……。
「それよりも食事をお召し上がりください」
答えにたどり着くまえに食事を運ぶものに声をかけられる。
思考を途中で止めてから
「……わかりました」
そう返事をしてからご飯を食べようと葉月が箸を持った、その時
ビュッと風を切る音とともに食事を運ぶものが血濡れで倒れたのです。
「こいつに飯をやるなと言ったはずだよな?」
その直後に聞こえてきた声は兄である如月でした。
如月は刀を手にめんどくさそうに食事を運ぶものを見下しています。
食事を運ぶものが死にかけているのに葉月は何も感じませんでした。
ただその姿を見たとき、なぜか笑いが込み上げてきただけ。
「……ふふっ……あははは」
笑いながら
さっき教えてもらった事を思い出して
食事を運ぶものは兄より弱者だったのだ
と、葉月は思いました。
「…………」
じゃあ、自分と兄はどっちが弱者なのか
興味を持った葉月は
試してみよう。と
思ったのです。
四人目の子
葉月が自分の兄を殺したのはそんな理由でした。
◇◆
これにて昔話はおしまい。
僕の今、いるべき場所はあんな座敷牢ではないことに気がつけたのは
いったい誰のおかげだろうね。