第8話 「パクリじゃない。単なるテンプレの構造的類似」
翌日の放課後。
私は開かずの間に、一冊のノートを持って現れた。
昨夜、ファミレスを出た後——朝の三時まで、相手の作品を全話読んだ。
ランキング12位、『聖女が落ちる夜』。全58話。累計20万字。
その全てを読み、構造を分解し、ノートにまとめた。
「結論から言うわ」
パソコンの前で不安そうに座っている詩織に、私はノートを開いて見せた。
「パクリじゃない。単なるテンプレの構造的類似」
「……本当?」
「本当。両作品の共通点を全部書き出した」
ノートには、二作品の比較表が並んでいる。
共通点:
・地味な主人公が権力者に見出される
・友人の裏切り
・学園内の序列が変動する
相違点:
・舞台(現代学園 vs 異世界)
・主人公の性格(内向的な文学少女 vs 戦闘系聖女)
・テーマ(承認欲求 vs 復讐)
・文体(純文学的 vs ライトノベル的)
・プロットの分岐点(第4話以降、展開が完全に異なる)
「共通しているのは、なろうの『追放→覚醒→ざまぁ』テンプレの骨格だけ。これをパクリと言うなら、なろうの上位500作品は全部パクリになるわ」
詩織の表情が、少しだけ緩んだ。
「……よかった。私、本当にパクってないから」
「知ってるわよ。問題は、この事実をどう伝えるか」
◆
私はタブレットを開き、現状を確認した。
昨夜のメッセージから十二時間。
すでに、なろうの一部で「パクリ疑惑」が話題になり始めていた。
相手の作者——『聖女が落ちる夜』の作者が、自身の活動報告に意味深な投稿をしている。
『最近、自作と酷似した設定の作品がランキングに上がってきて複雑な気持ちです。創作者としての矜持とは何でしょうか』
名指しはしていない。しかし、タイミング的に誰のことかは明白だ。
そして、その活動報告のコメント欄に、信者たちが集まっている。
『あの作品ですよね。設定丸パクリですよ』
『通報しました』
『新参のくせに調子乗りすぎ』
私たちの作品の感想欄にも、飛び火が始まっていた。
『パクリ作家乙』
『設定が某作品と完全一致。言い訳は?』
『更新する前に元の作者に許可取った?』
詩織が画面を見て、顔を青ざめさせる。
「……こんなに」
「見なくていい。画面を閉じなさい」
私は詩織のノートパソコンを閉じた。
「でも——」
「いい? よく聞いて。これはピンチに見えるけど、同時にチャンスでもある」
「……チャンス?」
「今、何が起きてると思う? 野次馬が大量に私たちの作品ページに押し寄せてる。ただ文句を言うために。——でもね」
私はタブレットのアクセス解析を開いた。
本日のPV:4,200(通常の三倍)
流入経路:外部リンク68%(SNS・掲示板からの誘導)
「アンチも野次馬も、クリックすれば等しく1PVよ。彼らは文句を言うためにわざわざ作品を開いて、感想を書いて、話題性を高めてくれている」
「でも、こんなPV嬉しくない……悪口で数字が増えても意味がない」
「意味はある。大量の目が集まっている今、この瞬間に圧倒的な《面白い》を叩きつければ——野次馬はファンに変わる」
詩織が私を見た。
まだ怯えている。でも、聞いている。
「対応は三段階で行くわ」
私はホワイトボード代わりのノートに書いた。
第一段階:活動報告で冷静な声明を出す
第二段階:当日中に3話連続更新する
第三段階:圧倒的な面白さで黙らせる
「第一段階。声明は私が書く。あんたの名義で出すけど、一字一句私が管理する。感情的な反論は絶対にしない。事実だけを、冷たく、短く」
「……わかった、任せる」
「第二段階。声明と同時に、3話連続更新をぶつける。野次馬が作品ページに集まっているこのタイミングで、大量の新話を投入する。叩きに来た人間に、『でも続きが気になる』と思わせれば勝ち」
「3話……今日中に? ストックが——」
「第13話は昨日書き上げてる。第14話は今から書く。第15話は——」
私は詩織を見た。
「あんたの毒が一番濃い回を、ここにぶつけるの。主人公が覚醒して、裏切った元友人と対峙するシーン。あんたが最も書きたかった場面でしょ?」
詩織の目が、変わった。
怯えの中に、火が灯る。
そうだ、この子は書く側の人間なのだ。
「……うん。あのシーンは、書ける。誰にパクリと言われようと、あの感情だけは私のものだから」
「その意気よ。さあ、始めるわ」
◆
まず、活動報告の声明を書いた。
タイトル:【一部の方からのご指摘について】
本文は短く。冷静に。
『一部の方から他作品との設定の類似を指摘いただいております。本作は構想から執筆まで全て独自に行ったオリジナル作品です。「小説家になろう」を始めとして小説投稿サイトで広く共有されているテンプレート構造の範囲内での類似であり、特定の作品を参考にした事実はございません。執筆ログおよびプロット作成日時の記録は保全しております。
本件に関する事実と異なる誹謗中傷につきましては、サイト運営への通報および法的措置を含め適切かつ迅速に対応いたします。
騒動の中でも応援してくださる読者の皆様に感謝を込めて、本日は特別に3話連続更新を行います。作品の内容で判断していただければ幸いです』
「……法的措置なんて、本当にできるの?」
「できるかどうかは関係ない。この四文字があるだけで、匿名で石を投げてる人間の手が止まる。ハッタリも実力のうちよ」
「でも——」
「大事なのは最後の二行。『3話連続更新』と『作品の内容で判断してください』。読者に対して、弁解ではなく供給で応える姿勢を見せる。これが一番効く」
投稿ボタンを押した。
そして、間を置かずに——第13話を投稿。
◆
そこからは、戦場だった。
詩織が書く。私が校正する。投稿する。
第13話。十六時投稿。
感想欄にアンチと野次馬が群がる。だが同時に、新話を読んだ人間の反応が混ざり始める。
『パクリ検証のために読んだけど、普通に面白くない?』
『文章うまくね? ラノベじゃなくて小説読んでる感じ』
第14話。十八時投稿。
詩織が二時間で書き上げた、生徒会長の過去が明かされる回。
クリフハンガーで終わる。
『え、ここで終わるの!? パクリとかどうでもいいから続き!』
『会長……お前そんな過去が……泣ける』
コメント欄の空気が、変わり始めている。
そして——第15話。二十時投稿。
主人公が覚醒し、裏切った元友人と対峙するシーン。
詩織が「誰にパクリと言われても、この感情だけは私のもの」と言った、あの場面。
テンプレの構造に従いながら、一文一文が刃物のように鋭い。
裏切られた主人公の独白。怒りではなく、静かな悲しみ。そして、その悲しみの底から立ち上がる、折れない意志。
——これは、詩織自身の感情だ。
パクリと呼ばれ、叩かれ、それでも書くことを選んだ今日一日の感情が、そのまま主人公に流れ込んでいる。
私は第15話を読み終えて、しばらく動けなかった。
「……あんた」
「何?」
「今日書いた第15話、今までで一番いい」
「……本当?」
「本当よ。怒りと悲しみが全部、文章に溶けてる。テンプレの型を守りながら、中身は完全にあんただけの毒。——これを読んで『パクリ』と言える人間はいない」
詩織は何も言わず、小さく微笑んだ。
疲れ切った顔に、静かな誇りが浮かんでいた。
第15話を投稿した。
◆
結果は、深夜に出た。
コメント欄が、反転していた。
『パクリ検証のつもりで読み始めたら一気読みしてしまった。作者さん負けないで』
『第15話やばい。電車で泣いた。この文章力は本物』
『むしろ元ネタとされてる方を読んだけど、こっちの方が圧倒的に文章がうまい。比較にならない』
『更新早すぎ。メンタルどうなってるの(尊敬)』
炎が、光に変わった瞬間だった。
叩きに来た人間が、読んでしまった。
読んでしまったら、もう否定できない。
この毒は、面白さは、全ての疑惑を焼き尽くす。
「……見て、リオさん」
深夜零時。
詩織が、ふらふらになりながら画面を指差した。
「『面白い』って……『パクリとかどうでもいい』って……」
「言ったでしょ。面白さは最強の正義なの」
私はランキングページを開いた。
日間ランキング。
更新時刻を過ぎている。
スクロールする。
37位。
昨日の52位から、一日で15ランクジャンプ。
炎上による大量流入が、3話の連続投稿で読者に転化した結果だ。
「37位……」
「悪名は無名に勝る。でもね、本当に勝ったのは悪名じゃない。あんたの文章よ」
詩織が、こてんと私の肩に頭を預けてきた。
「……眠い」
「そりゃそうでしょ。二時間で二話書いたんだから」
「リオさんの肩、あったかい……」
「……寝るなら自分の家で寝なさいよ」
でも、私は動かなかった。
彼女の髪から、汗とシャンプーの匂いがする。
細い肩が、規則的に上下している。寝息。
深夜の図書室。
パソコンの画面だけが、白い光を投げている。
私は片手でスマホを持ち、ランキングの数字を見つめた。
37位。
一週間前はランキング圏外だった作品が、今は37位にいる。
——でも。
この順位を守るには、もっと加速しなければならない。
炎上ブーストは長くは続かない。話題性が消えた後に残るのは、純粋な作品力だけだ。
詩織の寝息を聞きながら、私は次の手を考えた。
パクリ疑惑は乗り越えた。
でも、12位の作者は黙っていないだろう。今度はもっと巧妙な手で来るかもしれない。
——いや。外敵の心配をしている場合じゃない。
私が本当に恐れているのは、外からの攻撃じゃない。
詩織の肩に視線を落とす。
この子はまだ、「テンプレの型」の中で書いている。私が作った檻の中で、大人しく踊っている。
でも、いつか——この檻を壊そうとする日が来る。
「1位を取ったら、本当に書きたい結末を書いていい?」
あの約束を、彼女は忘れていない。
私の肩で眠る詩織の横顔は、穏やかだった。
けれどその穏やかさの下に、まだ名前のつけられない何かが、静かに育っているのを——私は感じていた。
スマホの画面を暗くして、私も目を閉じた。
明日も、戦争は続く。
でも今だけは——この静かな夜を、もう少しだけ。




