第7話 「ランキングに載った瞬間からが本当の勝負よ」
土曜日。決行の朝。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
時刻は六時四十分。窓の外はまだ薄暗い。
ベッドの中でスマホを開く。
なろうのアクセス解析。昨夜の最終数値を確認する。
累計PV:3,412
ブックマーク:34
評価ポイント:78
一昨日のクリフハンガー改稿が効いて、ブクマと評価が加速している。
けれど、日間ランキングのボーダーにはまだ足りない。
だから、今日——仕掛ける。
私はベッドから出て、デスクのパソコンを起動した。
スプレッドシートを開く。
【日間ランキング突入作戦】
投稿:第8話〜第12話(5話一挙)
時刻:7:02 / 9:02 / 12:02 / 15:02 / 18:02
五本の原稿は、三日間で詩織が書き上げた。
全話クリフハンガーで終わる。第12話のあとがきには、感謝の文脈に溶かした「クレクレ」を配置済み。
あとは、私の仕事だ。
六時五十五分。予約投稿の最終確認。
七時〇二分。第8話、手動投稿。
戦争が始まった。
◆
七時十五分。
第8話のPVが動き始める。
新着一覧からの流入。朝の通勤・通学時間帯——スマホを開く指が最も多い時間だ。
七時三十分。PV:23。
八時。PV:51。
そして九時〇二分——第9話が投稿される。
ここからが計算通りの連鎖だ。
第8話をクリフハンガーで終わらせているから、読み終えた読者は第9話を待っている。更新通知が来た瞬間に飛びつく。同時に、新着一覧に再浮上することで、新規読者も拾える。
九時三十分。詩織からメッセージが来た。
【詩織】第8話の感想が来てる……「ここで終わるな!!」って
【リオ】計画通り。第9話が出た瞬間に読むから、今日は一日中こんな調子よ
【詩織】……私、なんだか悪いことしてる気分
【リオ】してるわよ。読者を中毒にしてるんだから。合法だけどね
十二時〇二分。第10話投稿。
昼休みの読者を捕捉する。
この頃には、第8話から一気読みを始めた読者が第10話に追いつき始める。
五話連続のクリフハンガーが、ジェットコースターのように読者を運んでいく。
十三時。今日だけの新規ブクマ:+8。
十四時。新規評価:+3。★5が二件、★4が一件。
数字が、目に見えて跳ねている。
十五時〇二分。第11話投稿。
十八時〇二分。第12話投稿——あとがきに「クレクレ」付き。
そして、十八時三十分。
私は自室のデスクで、リアルタイムのポイント推移を見ていた。
今日一日で獲得したポイント。
新規ブクマ:+18件(×2pt=36pt)
新規評価:★5が4件、★4が2件、★3が1件(合計34pt)
本日獲得ポイント合計:**70pt**
ボーダーは60。
「……超えた」
声が出た。
自分でも驚くほど、小さくて、震えた声だった。
すぐにランキングページを開く。
日間ランキングの更新は——十九時前後。まだ反映されていない。
待つ。
五分おきにリロードする。
十八時四十五分。まだ。
十八時五十分。まだ。
十八時五十八分——。
画面が切り替わった。
日間ランキング。
スクロールする。
1位。2位。3位。——有名作家たちの名前が並ぶ天上界。
30位。50位。——見たことのないタイトルが続く。
80位。90位。——まだ、ない。
95位。96位。97位——。
>98位 『図書室の地縛霊と呼ばれた陰キャな私ですが、学園一のイケメン生徒会長に弱みを握られ、毎日のように「好き」と囁かれる拷問を受けています』
あった。
私は椅子の上で、両手を握りしめた。
叫び出したい衝動を、歯を食いしばって抑える。
98位。TOP100ギリギリ。首の皮一枚。
でも——入った。
すぐに詩織に電話をかけた。
コール二回で出た。
「リオさん!? どうだった!?」
「入ったわ」
「……え」
「日間ランキング98位。TOP100入り」
電話の向こうが、沈黙した。
数秒後——。
「……ほんと?」
「嘘ついてどうするのよ。スクショ送るから見なさい」
画像を送った。
既読。
そして——電話越しに、嗚咽が聞こえた。
「う……っ、うぅ……」
「また泣くの。あんた涙腺弱すぎでしょ」
「だって……だってぇ……」
「泣くのは明日にしなさい。今日はまだ終わってないわ」
「え……?」
「ランキングに載った瞬間からが本当の勝負よ。トップページに表示されるから、今夜中に新規流入が爆増する。その読者を逃さないために——」
私は、すでに次の手を打っていた。
第12話のあとがきを微修正し、「本日TOP100入りしました。応援ありがとうございます」の一文を追記。
これは読者への報告であると同時に、まだ評価を入れていない読者への無言の催促だ。「この作品は勢いがある」と示すことで、ブクマと評価が加速する。
「……リオさん」
「何」
「ありがとう。本当に、ありがとう」
二度目の「ありがとう」に、電話越しでも温度があった。
私は目を逸らすように、スプレッドシートに視線を落とした。
「……礼はいらないわよ。数字が出ただけ。まだ98位。1位には程遠い」
「うん。でも——私、リオさんを信じてよかった」
「……早く寝なさい。明日、競合分析するわよ」
電話を切った。
スマホを机に置く。
指先が、微かに震えていた。
カフェインのせいだ。——たぶん。
◆
翌日、日曜日の放課後。
ファミレスの窓際席で、私たちは上位作品の分析を始めた。
「ランキングに入ったことで、新しい問題が見えてきたわ」
私はタブレットの画面を詩織に向けた。
「昨日一日で累計PVが五千を超えた。ブクマは58。評価ポイントは186。——悪くない。でも、上位の壁はここからが分厚い」
「どういうこと?」
「98位から50位に上がるのと、50位から10位に上がるのでは、必要なポイントが桁違いに増えるのよ。指数関数的にね」
私はタブレットに、上位10作品のタイトルとタグを一覧にした表を表示した。
「これが今の上位陣。共通点を分析して」
詩織は画面をスクロールしながら、上位作品を読み始めた。
最初は「文章が軽すぎる」「描写が雑」と文句を言っていたが、次第に表情が変わっていく。
三十分後。
「……わかってきたかも」
「言って」
「みんな、『わかりやすさ』への執着がすごい。冒頭三行で主人公の境遇を説明して、一話目で必ず主人公が『得』をしてる。損をしたまま終わる第1話が一つもない」
「正解。それが今のトレンド——『ストレスフリー』よ」
私はホワイトボード代わりのノートに書き出した。
上位作品の共通項:
・第1話でストレスを与えない(追放→即覚醒)
・タイトルに具体的な変化量を含む(「最弱から最強へ」等)
・主人公への共感ではなく、主人公への憧れを設計している
「私たちの作品は、ここが弱い。テンプレの型は踏んでるけど、詩織の文章の毒が強すぎて、第1話のストレス値が上位陣より高い」
「……つまり、もっと甘くしろってこと?」
「違う。毒は絶対に残す。ただし、甘い皮をもう一枚かぶせる」
私はタイトルの微調整案を見せた。
変更前:『……毎日のように「好き」と囁かれる拷問を受けています』
変更後:『……毎日のように「好き」と囁かれて学園の頂点に立ってしまいました』
「『拷問を受けています』だと、読者の受け取り方がストレス寄りになる。『頂点に立ってしまいました』に変えれば、サクセスストーリーとしてのメリットが明確になる。同じ内容でも、ラベルの貼り方で印象が変わるのよ」
詩織は「うわぁ」と顔をしかめたが、反論はしなかった。
もう学んでいる。パッケージの力を。
「今夜中にタイトルを変更して、明日の朝のランキング更新に合わせる。ランキングに載っている状態でタイトルを最適化すれば、流入が増える→ポイントが増える→順位が上がる→さらに流入が増える、のループに入れる」
「……わかった」
「あんたの許可が要るのよ。作者はあんたなんだから」
「……許可する。リオさんの好きにしてくれていい」
詩織は小さく笑った。
もう、パッケージの変更で泣くことはない。
この一週間で、彼女は確実に強くなっている。
◆
タイトル変更の効果は、翌日から出た。
月曜日。日間ランキング:74位。
火曜日。日間ランキング:61位。
順位が上がるごとに、PVの増加速度が加速していく。
ランキングブーストだ。上位に表示されるほど目に触れる機会が増え、新規読者が流入し、ブクマと評価が増え、さらに順位が上がる。
水曜日の放課後。
日間ランキング:52位
累計PV:12,400
ブックマーク:187
評価ポイント:890
「一万二千……」
詩織が、信じられないという顔で画面を見つめていた。
「一週間前は三千だったのに」
「ランキングの力よ。ここから先は、数字が数字を呼ぶフェーズに入る」
私は内心、興奮を抑えるのに必死だった。
52位。週間ランキングにも名前が載り始めた。
このペースなら、月間ランキングも視野に入る。
——その時だった。
詩織のスマホが震えた。
なろうの通知。
「あ、メッセージが来てる」
詩織が画面を見た。
私も横から覗き込む。
送信者は——見知らぬユーザー名。
メッセージ本文。
『はじめまして。あなたの作品の設定ですが、私の作品と酷似していませんか? 当方はランキング12位の『聖女が落ちる夜』の作者です。キャラクター設定、主要プロットの構造に複数の一致が見られます。故意でないなら説明を求めます。対応がない場合、しかるべき措置を検討します』
空気が凍った。
詩織の顔から、血の気が引いていく。
「パクリ……って言われてる……?」
「……」
私は黙ったまま、そのメッセージを三回読んだ。
送信者のプロフィールを開く。ランキング12位。フォロワー数千人超え。活動歴三年。——格上だ。
作品ページを開く。『聖女が落ちる夜』。ジャンルは異世界ファンタジーだが、確かに「地味な主人公が権力者に見出される」「友人の裏切り」という構造上の共通点がある。
ただし——こんな設定は「なろう」に五百作品ある。テンプレの骨格が似ているのは当然で、パクリとは言えない。つまり、言い掛かりだ。
「リオさん……どうしよう……私、パクってなんかない……」
詩織の声が震えている。
目に涙が溜まりかけている。
「わかってるわよ。あんたがパクりなんてできる人間じゃないことくらい」
私は冷静に——少なくとも、冷静に見えるように——スマホを操作した。
「これは、よくあることよ」
「よくあること……?」
「ランキングに入った瞬間に、上位の作者から牽制が来る。自分の読者が流れるのが嫌なの。実際にはテンプレの構造的類似なんて当たり前の話だけど、新人を萎縮させて自主的に削除させるのが狙い」
「でも、『しかるべき措置』って——」
「ハッタリよ。テンプレの構造に著作権はない。ただし——」
私は言葉を区切った。
「ただし、厄介なのは、あっちのフォロワー数千人が味方につくこと。もしこの人が『パクリ被害を受けた』とSNSで発信したら、検証もされないまま炎上する可能性がある」
詩織の顔が蒼白になった。
「……どうするの?」
私はスマホを握りしめた。
頭の中で、あらゆるシナリオを高速で計算する。
無視すれば、相手がエスカレートするリスクがある。
反論すれば、泥沼になるリスクがある。
謝罪すれば、パクリを認めたことになる。
どの選択肢にもリスクがある。
でも——私はリスクを数字に変換するのが仕事だ。
「任せなさい」
私は詩織の目を見て言った。
「あんたは返信しないで。一文字も。この件は私が処理する」
「でも——」
「作品を守るのは、プロデューサーの仕事よ。あんたは原稿を書きなさい。今夜中に第14話を仕上げて。更新を止めたら、それこそ相手の思う壺だから」
詩織は不安そうだったが、やがて頷いた。
「……わかった。リオさんを信じる」
「ええ。信じなさい」
詩織がファミレスを出た後、私は一人で残った。
コーヒーが冷めていく。
スマホの画面には、あのメッセージが表示されたままだ。
ランキング12位。フォロワー数千。
対して私たちは52位。フォロワー二桁。
数字の差は歴然だ。
正面衝突したら、確実に潰される。
——なら、正面からぶつからなければいい。
私はスマホのメモアプリを開き、対応策を書き始めた。
まず、相手の作品を全話読む。
構造的な類似点と相違点を、すべてリストアップする。
そして——相手が最も恐れていることを、特定する。プロファイリングだ。
この手の人間が本当に嫌がるのは、パクリられることじゃない。
自分より面白い作品が、下から追い上げてくることだ。
「しかるべき措置」なんてハッタリに屈するつもりはない。
数字で証明する。この作品が、誰のコピーでもないことを。
冷めたコーヒーを一口飲んで、私は画面に向き直った。
ランキング52位。
ここから、もっと上に行く。
誰に何を言われようと——止まらない。




