第3話 異物混入
若手記者のノダは、社内で「故障品」と呼ばれていた。
彼が書く原稿には、いつも余計なものが混じっている。それは「裏付け」や「時系列」といった、今の読者が最も嫌う、喉に引っかかる小骨のような「事実」だった。
タカダ総理の資金流用疑惑を追っていたノダは、決定的な証拠をデスクに叩きつけた。
「これを見てください。総理の答弁は真っ赤な嘘です。『誤解』でも『些細なミス』でもない。明確な横領だ!」
しかし、デスクは原稿を一瞥もせず、ため息をついた。
「ノダ君、君はまた『攻撃』をしようとしているのか。総理は今、国の未来のために不眠不休で戦っておられる。そんな時に、過去の重箱の隅をつついて、国民の結束を乱すのが君の正義か?」
「事実を伝えるのが仕事でしょう!」
「事実は、人々を幸せにするためにあるんだよ」
デスクは優しく、諭すように言った。
「今の国民が求めている事実は、『総理は清廉潔白で、不当な批判に晒されている悲劇のリーダーだ』という物語だ。君の書いているものは、その美しい空気を汚す『異物』なんだよ」
ノダは諦めなかった。彼は個人SNSで、掴んだ証拠を公開した。
「これが真実だ。目を覚ましてくれ」
しかし、返ってきたのは、彼を心配する大量のメッセージだった。
「ノダさん、大丈夫ですか? 最近、攻撃的で怖いです」
「事実を武器にして人を傷つけるのは、本当の正義じゃないと思います」
「そんなに総理が嫌いなら、この国から出ていけばいいのに」
驚くべきことに、誰も「証拠の中身」を見ていなかった。
彼らは、総理という「正義の物語」を否定しようとするノダの「振る舞い」を、不道徳なものとして断罪したのだ。
批判は内容ではなく、**「批判するという行為そのもの」**が、マナー違反であり、悪であるという空気が完成していた。
数日後、ノダは街の大型ビジョンを見上げた。
そこには、タカダ総理が慈愛に満ちた表情で、新しい「道徳読本」の配布を発表する姿が映し出されていた。
「批判を、優しさという名の沈黙へ」
そのスローガンの下、通行人たちは拍手を送り、お互いに「批判なんて、格好悪いわよね」と微笑み合っている。
ノダは叫ぼうとした。しかし、口を開いても声が出なかった。
自分の周囲だけ、空気が希薄になっているような感覚。
人々は彼を避けて歩く。まるで、そこだけ風景がバグを起こしているかのように。
彼は気づいた。
ここでは、事実を語る者は「嘘つき」ではなく、「狂人」として処理されるのだ。
「事実」という概念そのものが、この洗練されたディストピアでは「最もたちの悪いデマ」として定義されていた。
ノダは、自分のポケットにある録音データを、ゴミ箱に捨てた。
もはや、それを再生できる耳を持つ人間は、この国には一人もいなかった。




