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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

竜仔愛穿つ。-Ryu Ko Ai Utu -

掲載日:2026/02/20


 僕の暮らす村から、少し離れた森の奥に大きな石碑がある。


 そこは遥か昔、村を守護していた竜のお墓らしく、周りにはシロバの花が咲き、燦々と煌めく太陽の光がその石碑を照らし出していた。


 そこで僕はとある女性と出会った。


「──人の仔か?」


 僕の存在に気付いた彼女は、深くて青い瞳を向け、玲瓏(れいろう)な声をかけてきた。僕は彼女のあまりの美しさに見惚れてしまい、暫くのあいだ声を出せなかった。

 数秒たち、やっとの思いで発したのは純粋な疑問。


「君はどうして泣いているの?」


 石碑の前で今にも消え入りそうな様相で佇む彼女は、一切の感情を見せない、貼り付けた笑顔を浮かべたまま涙を流していた。


 怒りか、悲しみか、憎しみか。

 喜びか、嬉しさか、愛おしさか。


 涙を流していても優しい微笑みを浮かべている事から、彼女がどんな感情を抱いているのかまるでわからない。そんな彼女は僕の問いに対し、「昔を思い出していただけだよ」と笑って答えた。


 僕には彼女の言った言葉の意味がわからなかったけど、泣いている彼女を放っておけなくて、手を差し伸べた。


「一緒に行かないか? 僕の村へ」


「……いいのか? こんな得体の知れない女を連れていっても」


「関係ないよ」


 僕は首を振って答えた。


「泣いている女の子には優しくしてあげなさいって、父さんから言われているんだ。だからほら、一緒に行こう」


「……そうか」


 僕がそう言うと、彼女は恐る恐るといった様子で、差し出した手にそっと指を重ねた。


 指先から感じられる確かな熱。しかしその熱は今にも失われてしまいそうな程にか弱いものだった。

 だから僕は重ねられた指をしっかりと掴み、互いの指を沿わせるよう優しく握りしめた。彼女のその熱が、決して消えることが無いように。


「僕はフォリア。フォリア・クアトール。君は?」


「私は……」


 名を聞かれ狼狽える彼女はゆっくりと口を開いた。まるで自分自身が何であるか、誰であるかを確かめるように。


「──テラ。私の名前は、テラだ」


 そう言って彼女は、僕の瞳を真っ直ぐに見つめて笑った。


 これが()とテラの出会いの流れであり、そして、破滅へと導かれるふざけた運命の始まりだった。

 俺はこの時の事を一生忘れないだろうし、一生後悔し続けるだろう。あの時のか弱い熱を、この手で屠り去っていたら──と。


 目を閉じた先に広かる業火は、消える事のない心の闇をひっそりと照らしていた。


 *


 その後僕は彼女を連れて村へと戻り、村長に事情を説明した。すると村長は「外周の魔物たちから逃げて森の中に迷い込んだのかもしれない」と、彼女をこの村の一員として受け入れてくれた。

 僕はそのことを嬉しく思ったけど、どうやら彼女は違ったらしく、不満げというより訝しむよう口を開いた。


「随分と軽いんだな。こんな得体の知れない女を容易く招き入れるなんて」

 

「ここに暮らす人達は、みんな良い人しかいないからね」

 

「……良い人、か」


 僕の言葉に納得がいかない様子のテラは、何処か遠くを見つめるように空を見上げた。

 僕は彼女に何があったのか、なぜ石碑の前で佇んでいたのか聞かないことにしていた。聞いてしまうことで、彼女の心を抉ってしまうのが怖かったからだ。


 誰にだって、触れられたくない心の傷がある。


 彼女の様子を見るに、何か事情があってここまで来たのだろう。それが一体どんな事情なのか、今はまだ聞かなくてもいいだろう。


「ほら、早く行こう? 父さんと母さん、それに妹が帰りを待ってるんだ。君の件で話し込んだからすっかり遅くなっちゃったし」


「ちょっと待て。まさか私は、君の所にお邪魔するのか?」


 驚いた表情のテラに、僕は何の迷いもなく頷いた。


「……お人好しが過ぎるんじゃないか?」


「そうかな。でもさっき言った通りだよ。ここで暮らす人たちは良い人しかいないって」


「ハハ。まさかそこには、自分も含まれているのか?」


「当然」

  

 そう返すと、テラはふっと吹き出して笑ってくれた。

 その時の彼女は初めて会った時と比べても表情が柔らかく、そして少しだけ、心の内側を覗かせてくれたように見える。僕はそれが嬉しくて、彼女の手を引いて駆け出した。


 それから僕は、テラを父さんと母さん、そして妹に紹介した。三人とも僕が「嫁を連れてきた」なんてはしゃいで少しだけ恥ずかしかったけど、みんなテラを快く受け入れてくれた。


 その後彼女は僕たちと共に暮らす事になり、一年もの間を過ごした。

 その間に僕とテラは親密な関係を築いていた。それこそ家族が言った通り、本当に嫁になって欲しいと、そう考える程に。


 そしてそれは向こう(テラ)も同じだったようで、時折二人きりになっては「おまじないだ」と言って、口付けをかわしてくれた。


 それが何の効力を持つのか。

 この時の()にはわからなったが、それに気付いたところで、「幸福」という毒に犯されていた俺には理解出来なかったし、狂った歯車が元に戻ることも無かった。

 

 *


 それから僕は彼女(テラ)が村に来てから一年経った事の記念と、僕自身の想いを伝える為に再び石碑のある場所へとやって来た。

 理由は一年ぶりにこの場所を訪れたかったのと、ここにしか咲かない花──シロバの花があるからだ。

 四つの葉が開き、そこから白く美しい花になるシロバには花言葉がある。


「約束」「幸運」「私のものになって」。


 最後のは少し重い気がするけど、彼女とずっと一緒にいたいという想いは変わらない事実だ。初めて会ったあの日から、僕の脳裏に涙を流す彼女の姿が焼きついて離れなかった。


 なぜ彼女は泣いていたのか。いくら聞いてもはぐらかされるばかりで理由はわからず終いだった。

 だから僕も聞くのはやめたけど、もしかするとこの先も彼女はああして心にも無い笑顔をしたまま涙を流すかもしれない。そのとき僕に何が出来るだろうか。


 それもわからないけど、共に生きて彼女を支える事は出来るんじゃないか。そう思いたって僕は再びこの場所へと足を踏み入れた。

 今にして思う。僕が偶々この場所に来なかったら、彼女は一体どうしていたのかと。


 ──自死。


 ふとそんな物騒な言葉が脳裏を過り、僕は慌てて(かぶり)を振った。

 今日はやけに余計なことばかり頭に浮かぶな。

 そんなふうに考えながら僕は石碑から何本かのシロバの花を摘み、テラ達のいる村へと帰った。


 そして帰る道中。

 村で何か異変が起きている事に気付き、駆け出した。


 村から聞こえる、悲鳴、叫声。

 黙々と立ち込める黒い煙にごうっと燃え上がる紅い炎。

 ()()は村を、そして村に住まう人々を(たちま)ち呑み込み蹂躙してゆく。


「……何だ、これ」


 思わずそんな声があがり、僕は森の奥から凄惨な光景を見下ろしていた。──巨大な「(それ)」に、全てを壊されてゆく、その光景を。



 竜は大きな爪で母の腹を裂き臓物を放り出した。

 今度は鋭利な牙で父の首を斬り頭を噛み砕いた。

 巨大な口でまだ10歳にも満たない幼い妹を頭から齧り付き、ぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼した。

 口から吐き出した炎で、村を赤黒く、死色に染めていった。


 家族を。友を。村を。

 その全てを壊し。殺し。焼いて。飲み込んで。

 涙は出なかった。

 今朝食したものも、吐き出す事は無かった。

 理解が出来ず、それをする余裕すら無かった。


「…………テラ?」


 思わず溢れた彼女の名前。

 血や煤で汚れた竜は僕の声に反応し、鋭い眼光を此方へと向ける。


 青く輝く、美しい瞳をしていた。

 

「……どうして」


 答えは無い。

 静寂から程遠い轟音が村から響いてくる。

 焼けた家々が次々に燃え広がり、家族の亡骸を、そこで暮らしていた人々を、焼き尽くしていった。


 (テラ)は背を向け、一言だけ「すまない」と言い、飛び立っていった。

 

 そこで()はようやく気付いた。

 彼女との出会いそのものが、間違いでしか無かったのだと。


 *


 村で起きた惨劇から一日。村の異変に気付いたのか王国から派遣された騎士団がやってきて、僕は彼らに保護された。


 取り調べの為に色々聞かれたけど、今の僕には冷静に受け答えする程の余裕はなく口を閉ざした。それから僕は王国にある孤児院の教会預かりとなり、身寄りを失った子供として匿われる事になった。


 修道女(シスター)達は口を揃えて「あなたは何も考えなくていい」だの「もう大丈夫だから」だの、口先だけの綺麗事を並べていた。僕に気を使っての発言なんだろうけど余計なお世話だった。

 


 裏切られた。



 一年間共に過ごしてきて。少なくとも僕は、(テラ)と心を通わせる事が出来ていたと思っていた。

 家族とも仲良くしていたし、他の人とも上手く付き合っていた。楽しそうに笑う君の笑顔は嘘偽りの無い心からのものだと、そう信じていた。


 けどそれは僕の歪んだ脳から思考された幻想で、眼窩の奥で写し出した理想像に過ぎなかった。

 それを想うとあの時流す事が出来なかった涙が自然と溢れてきた。

 それと同時に、心の奥底で燃え上がる強い怨嗟が、燻っていた殺意へ火を灯し出した。


 家族を。友を。故郷を。  

 その全てを奪い去り、消え去った憎き竜。

 一度は愛した女だが、今では()にとっての討ち滅ぼすべき敵でしか無い。


「……殺してやる」


 立ち上がり様に呟き、俺は孤児院を抜け出して騎士団の元へと足を運んだ。

 この手であの女を──テラを殺す為に。


 *


 人伝で聞いた話だが、騎士団は常に人手不足なのだと言う。


 何でも王国近辺に蔓延る魔物たちの対処や、俺の住んでいたような他村、他町への護衛等で派遣される事が多く、いくら人員を補充しても足りないようだ。それもあってか志願すると簡単な試験をした後に、俺は王国騎士団へと入団することが出来た。

 

 それから俺は村や町を魔物から守る為に派遣されたり大規模な魔物討伐に出向いたりと、騎士として着実に力をつけ、結果を残していった。


 誰よりも強くなる必要があった。


 そして最終的にあの女を見つけ出して殺す。

 それが今の俺を突き動かす全て。この復讐を成就させる為の道のりでしか無かった。


 そんな生活を続け、五年もの月日が流れ──21歳となった俺は王国屈指の有力騎士として名を馳せる事となった。

 その活躍が認められ、俺はルクス王国が国王ルークより拝謁の機会を与えられた。


(こうべ)を上げよ、騎士フォリアよ」


「はっ」


 玉座の間でルーク国王の声が響き渡る。

 王の一声で顔を上げる俺は、優しい笑みを浮かべるルークを見上げた。


「貴様の活躍は耳にしておる。褒美をくれてやろう」


 王がそう言い手を掲げると、配下と思しき二人の男が剣と盾を渡してきた。


「その剣と盾には、我が所有物であり、命令を確実に達成させる力、【王印】が刻まれておる」


 王印。

 王族(ルクス)の血筋には、印を刻み込んだモノへ絶対服従の呪いを刻み込む事ができる力がある。前国王はそれを「禁忌の力」として封じていたが、現国王であるルークがその禁忌を解き放った。

 代償として大量の血液が必要との事で未だ量産には至っておらず、王印が刻まれた武器を手にする者は片手の指で数える程しかいない。

 しかし王印の刻まれた武器の持つ力は絶大だ。一人で魔物を百体狩る事も、千の軍勢をも相手取る事も。

 そして何より、竜を殺す事だって出来る。

 そんな代物が俺の手に。


(──殺せる)


 俺は剣と盾を受け取り、王に高く掲げた。

 これで、これでようやく殺せる。


 忌々しき、あの竜を。


 *


 王印が刻まれた武器を手にして半年が経った。

 

 そこで俺はとある情報を得て、今は無き故郷の村へと足を運んだ。そしてそこに横たわるモノを見て俺は思わず口角を吊り上げて笑う。


「……やっと。やっとだ。やっと会う事が出来た」


「テラ」


 俺の呟きに此方へ顔を向ける竜化したテラは瞠目するように目を見開き、そして陶然とした様子で声を放った。


【……大きくなったのだな。フォリア】


「ああ。お前を殺す為にな」


 言葉を交える気は無い。俺は剣を抜き盾を構え、テラの元へと駆け出した。王印の刻み込まれた「禁忌の力」のおかげで、身体能力は大きく上昇している。これは王印の加護によるもので、所有者の願いに反応し力を授けてくれる。


 俺が望む願いは一つ──眼前に聳え立つ忌まわしき敵をこの手で屠り去ることだ。俺は横たわるテラ目掛けて剣を振り下ろす。しかしその一撃を寸前で躱され、俺は更なる迫撃をかける。その度に躱され防がれるが、奴の動きは酷く鈍い。


 既に衰弱しているように見えるが関係無い。

 むしろ奴を殺す絶好の機械だ。


 俺は攻撃の手を止めずに仕掛け続け──翼を斬り落とし、手を、爪を、牙を、足を、そして大きく膨れた腹を引き裂いた。


【──、】


 声も無く血溜まりの中で倒れ伏す竜は、ゆっくりとその姿を縮めてゆき、俺のよく知る女……テラの姿となった。

 うつ伏せで倒れる彼女は、少しだけ此方に顔を向けると、あの時と似た笑顔を向け「フォリア」と俺の名を呼んだ。


「呼ぶな。穢らわしい竜が」


 ほぼ無傷だった俺は、足取り軽くテラの元へと向かう。

 殺せる。村の皆の敵を討つ事が出来る。


 血溜まりの中に足を踏み入れる。

 この出血量だ。放っておいても死ぬだろうが、せめてものの情けとして、俺がこの手で葬り去ってやる。

 俺は王印の刻まれた剣を振り上げ、テラの首を刎ねようとするが……俺はその剣を一向に振り下ろす事が出来なかった。

 視界に入ったのは、テラの首元。

 長髪の裏に隠れていた、王より授けられた剣と盾に刻まれる、王印。


 何故か彼女の首元には、剣と盾(それ)と同じ王印が刻み込まれていた。


 *


「……は」


 振り上げていた剣は、いつの間にか俺の指から抜け落ち、血溜まりの中に沈む。 俺は盾を放りその場で膝をつきながら彼女を抱き抱えた。


 ──どういう事だ? 何故テラに、王印が?


 状況が読めず狼狽する俺の頬へ、血に塗れた指先が触れる。

 今にも掻き消えそうなか弱い熱。

 その熱ははじめて会ったあの時を思い起こさせ、俺は呆然と彼女を見つめる事しか出来なかった。


「ふふ。そう驚く事も無いだろう。見た通り私は王の所有物だ。もう用済みなようだがな」


「用、済み……?」


 俺の問いに彼女が応える。

「言い訳に過ぎない戯言も含まれるが」と、前置きをして。



 彼女は元より前国王の良き親友として関係を築いてきた竜だと言う。

 しかし前国王はルークの差金により暗殺される。

 国王にしか扱う事の出来ない禁忌の力──「王印」を欲していたルークは、その力を無理やり継承させ、テラに刻み付けた。


 彼が欲したのは、竜の力とその素体。

 竜の血には、古来よりこの世ならざる力を与えると謳われており、その力を有する事で、他国への牽制、主導権(イニシアチブ)を得ようとしていた。

 その結果生まれたのが、竜の素材を使った武器だった。 

 俺が渡された剣や盾には、竜の牙や爪、鱗や血液等が使われており、竜の素材を組み込まれた武器は、所有者に絶大な力を与えた。


 それら竜の素材は全て、ルークが彼女(テラ)に産ませた竜の子供だった。


 人になれた彼女を弄び、無理やり竜の子を産ませ、殺し、己の私利私欲の為だけに、竜の子を解体し、武器に落とし込んだ。


 そこに彼女(テラ)の感情は一切含まれていない。彼女は国王から王印を刻まれ、欲望の捌け口にされ、子を奪われ、殺され、道具にされ。


 そして村を襲わせ、その生き残りであった俺に、用済みとなった彼女を始末させる為に情報を流した。


 全て上手くいっていた。

 全ては王の掌の上だった。


「嘘だ」


 俺は言った。

 認めくなかったから。


「事実だよ」


 彼女は言った。

 死ぬ寸前の竜は、かつて愛した女と同じ姿で、血と熱を吐き出しながら。


「──嘘だと言えよッ!!」


 俺は叫んだ。

 もはや叫ぶ以外に、何をすればいいのか、どうしたらいいのかわからなかった。

 そんな俺に彼女は優しく笑いかけた。

 村にいた時と同じ、優しくて温かい笑顔を。


「……私が石碑の前にいた理由、言ってなかったな。あそこに眠ってるんだよ、我が同朋が。あの時、偶々(ルーク)の監視下から外れた時でな。命からがら抜け出したんだ。……そしてそこで、君と出会った」


「あの時は楽しかった。何より嬉しかった。竜である事実を知らずとも、優しく迎え入れてくれた事が。友と過ごした日々を思い出したよ」


「しかし、王印は呪いだ。言い訳にしかならないが、村を襲ったのも、その呪いのせいさ」


「竜に襲われたとなれば、王国近辺の村や町は、王国から騎士を派遣するしか無くなり、高い税収がかかる。結局、村に住む人達を守る気なんて更々ないんだよ」


「──全部、奴の掌の上さ。私は奴に、全てを奪われた。友を、子を、そして愛する者を。……だからこれは、せめてものの抵抗だったんだ。誰も来ないような場所で死のうって」


「けど奴はそれすらも許してくれないらしい。まさか君が来るなんて思いもしなかっ──」


「黙れ」


 テラを抱き締める。

 失われていく熱を、血を、塞ぐ為に。


「黙ってくれッ……」


 無駄な足掻きだった。

 抱き締めた所で血は止まらない。

 消えゆく熱は、戻らない。


「頼むからもう、喋らないでくれ……」


 嗚咽を抑え、声を振り絞る。

 泣かないように、涙を流さないようにと堪える 

 彼女をここまで痛めつけた俺に涙を流す資格は無い。けどそう思えば思う程に、両の瞳から溢れる涙が、止まらない。止まってはくれない。 


 彼女は、そんな俺の涙を拭いつつ……最後の力を振り絞るように、口付けをした。


「テラ……」


「フォリア、泣くな。これはもう決められていた事なんだよ。王印を刻まれた時点で、私の運命は確立していた」


「だからフォリア。これは君にする最初で最後のお願いだ。──どうか復讐なんて考えず、私を忘れ、王国を抜け、何処か平和な場所で暮らしてほしい」


「──君だけはどうか。この呪われた運命から、解放されてくれ……」


 頬に当てられていた指が離れ、血溜まりの中へと沈んだ。

 系が切れた人形のように、静謐で、そしてどこか作り物じみた笑顔を浮かべたまま、彼女はそのまま息を引き取った。

 俺は暫くの間、茫然と彼女の死に顔を眺め、亡骸を背負って歩き出した。


 *


 そこから先の事はあまり覚えていない。

 ただ一つ言えるのは「彼女の願いは叶わない」という事だった。


 彼女の亡骸を背負い俺が向かったのは、王のいる玉座。足を踏み入れ、(ルーク)は彼女の亡骸を認めた瞬間、声をあげて大いに喜んだ。


「最近、言う事を聞かず困っていた」

「子供も産まず、もはや使い道が無かった」

「排除してくれてありがとう」

「貴様には、竜を討伐した栄誉として特別な勲章を──」


 ……等と。

 ベラベラと御託を並べ、テラの死を嗤い、侮蔑し、最後の最後まで彼女の全てを踏み躙っていた。

 テラ。

 君は俺にこう言った。

 復讐なんて考えず、私を忘れ、王国を抜け、何処か平和な場所で暮らしてほしいと。

 君だけはどうか、この呪われた運命から解放されてくれと。


 ごめん、テラ。

 悪いけどその願いは叶えない。


 俺は軽く息をつき、声をあげて嗤う、人の皮を被った化け物の首めがけ──竜の素材で出来た剣を振り抜いた。

 一瞬の出来事で、周りにいた配下も騎士達も、王の首が転げ落ちる瞬間を、呆然と見つめていた。

 そして王が殺された事に気付いた瞬間──


「反逆者だ! 殺せッ!!」


 誰かの一声で、騎士達は俺に刃を向ける。

 テラの子供から作られた、数々の武器を。

 俺はそれらをひとつひとつ破壊していった。そして向かってくる騎士達の首も、王同様に斬り落として。 


 そこから先は、血を、熱を、奪い、奪われる、そんな戦いだけが続き……


 気がつけば無数の屍が山となり、玉座の間は夥しい量の血で染め上げられていた。

 

 俺は千切れた右腕をそのままに、片目の潰れた状態でテラの元へと向かう。そして血に塗れたまま彼女をそっと抱き寄せた。 

 溢れ出る血が止まる事なく、彼女を紅く染めてゆく。死に近づくに連れて()()、テラと初めて会った時を思い出していた。


「君は、あの日僕と出会った事を、後悔しているだろうか」

 

 その問いかけに応じる者は誰もいない。

 けど、それで良い。

 この独白は、出来れば君にだけ聞いて欲しいから。


「テラ。言っておくけど、僕は後悔していないよ。この結末を望んだのは、僕自身だ」


 許さなくてもいい。

 憤ってもいい。

 ただそれでも、与えられた、あまりにもふざけた運命だけはこの手で捻じ曲げてやりたかったんだ。


 ──あの世に逝けば、君に会えるだろうか。


 そんなどうしようも無い事を考えながら、僕は君の亡骸を抱えたまま、穿たれた愛を抱いて眠った。


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