第15話:苺アイスと、誰にも知られない少女
透の袖を掴んだまま、アリアはぐすぐすと鼻を鳴らしていた。
そのまま、ふいっと顔を上げ、道路の向かいを指さす。
「あれ……」
指の先には、アイスクリーム屋。
「アリィね……
アイス、たべたかっただけなの……」
舌足らずな声で、必死に言葉を繋ぐ。
「でもね……
おかね、なくて……」
ぎゅっと、透の服を掴む力が強くなる。
「……だから……アリィ……」
それ以上、言えなかった。
透は、その震える手を見て、一瞬だけ視線を落とし——
「……ちょっと、待ってて」
そう言って、走り出した。
⸻
戻ってきた透は、紙カップを二つ、そっと差し出した。
「ほら……アリィ。アイス」
一瞬、きょとん。
そして次の瞬間——
ぱぁっと、花が咲いたように顔が明るくなる。
「とぉる、ありがとう!!!
アリィの好きな、いちごアイス〜!!!」
両手で大事そうにカップを抱えて、
スプーンも待たずに——
ぱくり。
「……つめたいっ!!!」
目を丸くして、でもすぐに、にへっと笑う。
「おいしい……」
その様子に、透は小さく息を吐いた。
「……アリィ、今……一人?」
アリアはもぐもぐしながら、こくりと頷く。
「うん。
きがついたら、アソコにいたの!!!」
道路を指さして、続ける。
「エリスはね、わかんない!!!」
一瞬、透の胸がざわついた。
「……その髪は……」
言いかけた瞬間。
アリアの動きが、ぴたりと止まる。
「……かみ……」
スプーンを持つ指が、かすかに震えた。
「アリィの、かみ……っ」
唇が、ふるふると歪む。
「……ふぐっ……」
今にも泣き出しそうな声。
アイスを抱えたまま、身体が小さく震え始める。
「っ、だ、大丈夫!!!」
透は慌ててしゃがみ込んだ。
「ほら……アリィ!!!
短い髪も、すっごく可愛いよ?」
ポケットを探り、自分のヘアピンを取り出す。
「えっと……これ、あげる!!!」
そう言って、そっと前髪を留めた。
「ほら。
……可愛くなった」
手鏡を差し出す。
アリアは、恐る恐る覗き込む。
短い髪。
少し不格好な留め方。
でも——
「……かわいい……?」
ぽつりと、震える声。
「アリィ……かわいい?」
透は、息を吸って。
「うん。
すっごく——」
その時。
「透!」
はぁ、はぁ、と荒い息。
走ってきた蒼真が立っていた。
「突然出て行くから心配になって来てみれば……
ハァ……ハァ……」
視線が、アリアに向く。
「……ゲッ。
寒いのにアイス食ってるし。
で、誰だコイツ」
「コイツじゃないもん!!!」
アリアが、きっと睨み返す。
「アリィはアリィだもん!!!
お兄ちゃんこそ、だれっ!!!」
「はぁ?」
蒼真が眉をひそめる。
「……なんか言動おかしくね?
幼いって言うか……」
「ち、ちょっと待って!!!
蒼真、ちゃんと説明するから!!!」
「はいはい。とりあえず寒い。
家行こう」
ため息混じりに続ける。
「黒瀬も待ってる」
透の肩が、びくりと跳ねた。
「……く、黒瀬……怒ってる?」
アリアは、ぎゅっと透の腕にしがみつく。
「……まぁな。
突然いなくなりゃ、そりゃ怒る」
透は、しゅんと項垂れた。
「……説明してる時間、なかったんだもん」
「はいはい。
それは本人に言え」
「……アリィ、このお兄ちゃんきらぁい!!!」
「へいへい。
俺も糞ガキは嫌いだし」
「糞ガキじゃないもん!!!
蒼真きらい!!!
透はだいすき!!!」
「……そうかよ」
⸻
透の家に辿り着き、靴を脱ぐ。
「ここ、とぉるの家!?
かわいいお家〜!!!」
「静かにしろ、糞ガキ」
「糞ガキじゃないもん!!!
お口悪いとえんまさまにメッてされるんだよ!!!
そーまはじごくいきっ!!!
……なんか、いい匂いする〜」
先程まで頬を膨らませて唸ってたアリアが鼻をひくひくさせて、辺りを見回す。
「あぁ、今日はお母さんがオムライスだって言ってた」
何気ない声。
いつもと変わらない、当たり前の言葉。
「……おかあさん……」
アリアが、ぽつりと呟いた。
さっきまでの大きな声とは違う。
ほんの少しだけ、音が落ちた。
けれど透は、それに気付かない。
「ほら、上だよ」
そう言って、そのまま階段を上がっていく。
アリアは一瞬だけ立ち止まり、階下を振り返った。
温かい匂い。
知らない家。
知らない「おかあさん」。
胸の奥が、ちくりとした。
それでも——
「……とぉる、まって〜!!!」
すぐに笑顔を作って、ぱたぱたと後を追う。
⸻
廊下の奥。
透が、ゆっくりと自分の部屋の扉を開けた。
中には——
腕を組み、静かに座る男。
黒瀬だった。
表情はない。
だが、空気だけが、ひどく冷たい。
視線が、透を射抜く。
「……俺に、何か言うことは?」
透の喉が、こくりと鳴る。
「……く、黒瀬……ごめん」
その瞬間——
「わぁぁぁ!!!
透の部屋ぁ!!!」
弾けるような声。
「見て見て!!!
あぁ!!! 可愛いウサちゃん発見!!!」
アリアが、ベッドの上のぬいぐるみに飛びつく。
冷え切っていた空気が、一気に崩れた。
黒瀬は、無言のまま視線をアリアに移し——
ほんの一瞬だけ。
理解できないものを見る目をした。
「……」
透は、息を詰めた。
――この子を、どう説明すればいい?
無邪気な声と、知らない影。
この少女が、ただの迷子ではないことを。
まだ誰も、知らない。
最後まで読んでくれてありがとうございます!!!
良ければお気に入り登録や感想を貰えると励みになります!誤字脱字報告も助かります!!!




