第14話:アイスが食べたかっただけなのに
――冷たい。
そう思った気がした、次の瞬間。
「……ここ、どこぉ……?」
細く、幼い声が零れた。
アリアは、きょろきょろと辺りを見回す。
見知らぬ街。
知らない匂い。
でも、なぜか――少しだけ、懐かしい。
「エリス……? とおる……?」
名前を呼んでみる。
返事はない。
アリアは、小さな頭をこてんと傾けた。
……さいご、なにしてたっけ?
ぼんやりと思い出す。
揺れる車の中。
エリスと、透が、なにかむずかしいお話をしてた。
パパに、会いに行くって言ってた。
それから――
泣いて。
たくさん泣いて。
胸がぎゅってなって。
「……ねちゃった、のかなぁ……」
その時だった。
目の前にある、小さな店。
カラフルな看板。
ガラス越しに見える、丸くてきれいなもの。
アリアの目が、ぱっと輝く。
「アイス……!!!」
思わず、声が弾んだ。
「ママとたべたアイス屋さんだ!!!」
記憶より、少し形は違う。
でも、色と匂いは同じ。
アリアは、迷うことなく扉を押した。
カラン、と音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
「えっとね!えっとね!アリィね!!!」
カウンターに両手をつき、息継ぎもせずに叫ぶ。
「チョコレートと!いちごと!バニラと! あとキャラメルと!!!」
言い切って、はっとする。
……あれ?
アリアは、自分のポケットをぱたぱたと叩いた。
ごそごそと探す。
ない。
「……ない」
小さく呟いて、顔を上げる。
「お客様……?」
店員が困ったように首を傾げる。
アリアは、大きな瞳を潤ませながら言った。
「おかね、ないっ……」
でも、すぐに――
「あっ!!!」
ぱっと顔を上げ、ポケットからスマホを取り出す。
「まって!!!」
画面を掲げて、にこにこしながら説明を始めた。
「えっとね!!! エリスをよぶの!!!
エリスはね、アリィのママじゃないけど、おてつだいさんなの!!!
アリィがほしいの、なんでもかってくれるの!!!」
言葉は弾んでいる。
朝までの“彼女”とは、まるで別人のように。
――でも。
「あれ……?」
画面は、真っ黒だった。
何度押しても、光らない。
アリアの肩が、すとんと落ちる。
「……つかない」
「……またのお越しをお待ちしております」
店員の、やさしいけれど距離のある声。
アリアは、何も言えずに店を出た。
外に出ると、冷たい風が頬に当たる。
両手で、小さな財布をぎゅっと握りしめる。
「……アイス……」
目が、じわりと潤む。
とぼとぼと歩いて、たどり着いたのは小さな公園だった。
ブランコ。
すべり台。
いつもなら、だいすきな場所。
でも今日は、ベンチに座り込むだけ。
その時――
ふと、違和感に気づいた。
いつもなら、前を向くと頬にかかる、長い蜂蜜色の髪。
……ない。
そっと、震える手を頭に伸ばす。
短い。
切られている。
アリアの唇が、震えた。
目を大きく見開き――
「あ……あぁ……アリィ……ふぅ……」
そして。
「アリィのかみぃぃぃぃ!!!!
うわぁぁぁぁん!!!!!」
堰を切ったように泣き出した。
ふぐふぐと鼻を鳴らし、唇を震わせ、涙をためる。
リボンで結ぶのが、だいすきだった。
パパと同じ色の、ながい髪。
「アリィのっ!!!
アイスもぉ!!!
パパぁ!!!」
公園に、異様な空気が流れる。
――16歳ほどの少女が、幼児のように泣き叫ぶ。
誰も、近づかない。
誰も、声をかけない。
その中で。
「……やっぱり、アリィよね?」
やさしい声が、落ちた。
アリアは、えぐえぐと泣きながら顔を上げる。
そこにいたのは。
「とーるっ!!!
とおるっ!!!」
勢いよく立ち上がり、飛びつく。
「うわぁぁん!!!」
透だった。
――本日、二度目の再会。
透は呆然としながらも、反射的にその頭を撫でる。
短くなった、蜂蜜色の髪。
その感触に、胸の奥がざわつく。
アリアは、透の服をぎゅっと掴んで泣き続けた。
安心したように。
何も疑わず。
――その腕の中で。
この時、誰もまだ知らない。
この無邪気さが、
いずれ、どれほど多くのものを壊すのかを。
そして。
透だけが、
最初にそれを“止められる位置”に立ってしまったことを。




