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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第13話:いつまで“私”でいられるか






「で、夏川透は上手く洗脳できた?」


 


「洗脳とは、人聞きの悪い」


くすくすと笑っていたエリスが、途中で言葉を切る。


 


「残念ですが、洗脳は失敗です」


 


書類から目を上げ、淡々と告げる。


 


「彼女は果敢にも、貴女のお父上と“交渉”していましたよ?」


 


「へぇ……」


 


口角が歪む。


 


「……あのクソ親父と?」


 


「あら?」


エリスがわざとらしく首を傾げた。


 


「小さなアリィの、大好きなパパでしょう?」


 


「……チッ」


 


舌打ちして、起き上がり、クローゼットを乱暴に開ける。


 


目に飛び込んでくるのは、ヒラヒラした服、レース、リボン。


どれもこれも、私の趣味じゃない。


 


「なに、この服……」


 


一枚引っ張り出して、睨みつける。


 


「リボンにレース? 限度ってもんがあるでしょ……」


 


なんで止めなかった、と無言でエリスを睨む。


 


彼女は肩を竦め、軽く笑った。


 


「可愛いアリィに、とても、お似合いだと思いますよ?」


 


「うるさい!」


 


クローゼットの奥から、比較的マシな服を選び、無理やり身に纏う。


 


スマホと財布だけ手に持ち、そのまま歩き出すと、背後から声がかかる。


 


「どちらまで?」


 


「着いてくるな」


 


「あぁ、そうそう」


エリスが思い出したように言った。


 


「お父上も今、日本に居られます。起きたら知らせるようにと」


 


「はいはい」


 


ひらひらと手を振り、扉を閉めた。


 


——バタン。


 


ホールに出ると、中央の大きな水槽が視界に入る。


 


「……クソ親父の趣味ね」


 


ゆっくりと泳ぐ魚たち。


逃げ場のない透明な箱。


 


私と魚。


 


どこが違うのだろう。


 


エレベーターに乗り込み、地上へ降りる。


扉が開くと、冷たい外気が肌を刺した。


 


何度も訪れた、日本の街。


 


「……今回は、いつまで“私”でいられるだろう」


 


小さく呟いた言葉は、誰にも届かず、空気に溶けた。


ーーー

ーー


 お気に入りの服を、いくつか買った。

 数点は配送に回し、今着ていく分だけ、その場でタグを切る。


「あの、こちらのお洋服は袋にお包みしてよろしいでしょうか?」


 店員が差し出したのは、

 先程まで着ていた、小さなアリィのヒラヒラした服。


「いや、捨てといて」


 それだけ言って、店を出た。


 次に向かったのは美容室だった。

 予約なしでも問題ないと言われ、少しだけ肩の力が抜ける。


 途中、ホームページ用のモデルにならないかと声をかけられたが、

 丁寧に首を振った。


「sorry」


 日本語が分からない外国人のフリをして、

 髪を、ばっさり切る。


 きっと、小さなアリィは怒るだろう。


 でも——知ったことじゃない。


 私の時間は、もう残り少ない。


 これは勘じゃない。

 私だから、分かる。

 私自身のことだから。


 一息つこうと、小さな公園に立ち寄る。


 ベンチに腰を下ろした、その時だった。


目の前を、一組の男女が通り過ぎた。



 女が、男を気遣うように歩調を落とす。

男は、片手に松葉杖。



 コツ、コツ、と、乾いた音。


 2人の会話が此方まで届く。


「蒼真の馬鹿に買って来させれば良かったんじゃないか?」


「もぉ〜意地悪言わないの!!!流石に蒼真も怒るよ?」


「はいはい」


 女が、私を見て、一瞬だけ目を見開いた。


 ……なんだ。


 そんなに外国人が珍しいのか?


 軽く睨みつけると、

 女は戸惑ったように視線を逸らし、首を傾げる。


「What are you staring at?」


 少しきつめに、そう言ってやる。


 女は、ほんの一瞬だけ私を見つめ、

 小さく、聞き取れないほどの声で呟いた。


「……違う、か」


 その隣。


 包帯姿ながら、凄まじく整った顔立ちの男が、

 松葉杖に体重を預けながら、じっとこちらを見ていた。


 視線が合う。


 ——観察されている。


 そんな気配。


「I’m sorry if I offended you.」


 流暢な英語。

 男はそう言って軽く頭を下げる。


 その動きに合わせて、

 松葉杖がわずかに傾いた。


 女が、反射的に男の腕を支える。


「透、行こう」


 その声は、静かで、

 けれど迷いがなかった。


 ——透。何処かで聞いた名前。


だけど知らない女と男。


 胸の奥が、ちくりと痛んだ。


 理由は分からない。

 ただ、少し気になっただけ。


 男は再び松葉杖をつき、

 二人はゆっくりと、その場を離れていく。


 私は、ふと母のことを思い出す。


 私の母親は、日本人だった。


 さっきの女。

 顔は似ていない。


 でも、雰囲気が、どこか似ている。



 最後に母と日本を訪れた時、

 一緒に食べた、苺のアイス。


 甘くて、冷たくて——


 その記憶を振り払うように、立ち上がる。


特に食べたくもない苺のアイス


 ただ、なんとなく店の前まで来た、その時だった。


 ——ズキン。


 強烈な頭痛。


「クソっ……」


 血は、使っていないはずなのに。


 頭を押さえた、その瞬間。


 ぷつん、と。


 音を立てて、意識が途切れた。


 


「……ここ、どこぉ……?」


 


 目を開けた少女は、

 そう、幼い声で呟いた。




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