第12話:誰にも知られない物語
これは、特別な血を持つ
もう一人の少女の話。
誰にも語られることの無い物語。
ーーー
ーー
ー
「わぁーん……わぁーん……!」
どこかで、幼い女の子が泣いている。
喉が裂けるほどの声で、何度も何度も、同じ名前を呼んでいる。
「ママー……!ママ、どこぉ……!」
泣き止まないその声は、次第に掠れていき、やがて小さく震える。
「……アリアは、もう要らないの?」
答えは返らない。
それでも、少女は必死に言葉を紡ぐ。
「アリア……いい子にするから……ちゃんと、言うこと聞くから……」
沈黙の向こうで、誰かが優しく、嘘を吐いた。
「アリア。いい子にしてたら、ママは戻ってくるからな?」
「……ほんとぉ?」
小さな声が、縋るように問い返す。
——あぁ。
これは、何度も見る夢。
泣いている子は、幼い頃の自分。
意識が、ゆっくりと浮上していく。
暗闇が薄れ、輪郭が形を持ち、世界に色が戻る。
パチリ、と目を開けると、そこには何処か知らない天井があった。
何度も経験した事で、知らない場所でも特に驚きもしない。
「……はぁ」
こめかみを締め付けるような痛み。
「頭、痛い……」
ボソリと呟いた、その瞬間。
——カサリ。
紙を捲る音が、すぐ隣から聞こえた。
目だけを動かすと、書類に目を落としたままの女がいる。
白衣姿。神経質そうな眼鏡と無表情。こちらを見ようともしない。
「何時から、寝てた?」
「寝てた時間は今日で二日と半日ですね」
淡々とした声で、エリスは答えた。
「全部含めれば……一週間ほどでしょうか」
一週間。
それは、単なる時間の長さを指す言葉じゃない。
「ふぅん……」
私は視線を逸らし、天井を睨んだ。
「このロリ部屋、落ち着かないんだけど?」
ピンク色の壁。ぬいぐるみ。子供向けの家具。
誰の趣味かなんて、分かりきっている。
「あら?」
エリスがようやく顔を上げ、薄く笑った。
「貴女が駄々を捏ねて、飾り立てた部屋でしょう?」
「……相変わらず性格悪い女」
「ありがとうございます。」
ニコッと微笑むエリスが再び書類に目を落とす。
私は覚えてないけど、覚えている。
それは“私”の記憶じゃない。アッチの私の記憶。
——小さな私。
私が眠っている間に、目を覚ましている、もう一人。
その時間が、少しずつ、確実に長くなっている。
「最後の記憶は……」
私は意識を辿る。
途切れ途切れの映像。
遠い空。冷たい空気。知らない言葉。
「……アメリカに、居たはず」
「えぇ。アメリカに居たのが、一週間前ですね」
「じゃあ、ここは?」
「日本です」
「へぇ……」
面白くもないのに、口元が緩む。
「で? 例の……誰だったけ?」
エリスは、ほんの一瞬だけ書類から視線を上げ言葉を選んだ。
「夏川 透さん、でしょうか」
——そう。
そんな名前だった。
「ちゃんと、接触は?」
「えぇ。問題なく」
エリスは微笑む。
「それどころか……貴女が、随分とお気に入りになったようで」
その言葉に、胸の奥が、僅かに軋んだ。
「……そう」
覚えていない。
でも、分かる。
また、使ったのだ。
この血を。
その度に、私は眠り、
その度に、幼い私が目を覚ます。
そして、戻ってくるまでの時間は、
少しずつ、長くなっていく。
——次に目を覚ました時、
私は、私で居られるんだろうか?
そんな考えが浮かび、
私は、目を閉じた。
誰にも語られないまま、
静かに失われていく物語が、
また一つ、進んでいく。




