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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第10話:知らなかったのは、俺だけだった





 病室の中は、思っていたより騒がしかった。


「ダハハハ!!写真!!写真!!今の黒瀬、めっちゃナイス!!」


「お前っ……!」


 ベッドの上で身じろぎした黒瀬が、悔しそうに眉を寄せる。


「今なら動けねぇだろ? この絶好の機会、逃すかよ〜!」


「覚えとけよ……」


「へへーん。俺の頭は三秒で忘れる!!」


「鳥かよ」


 悪態をつきながらも、黒瀬の口元はどこか楽しそうだった。


 ……よかった。

 思っていたより、ずっと元気そうだ。


「あ〜、ちょっと喉乾いた」


 黒瀬が天井を仰ぎながら言う。


「透、そこのスポドリ。飲ませて」


「ちょっと待て。蒼真は何もすんな」


 ――ろくなことしねぇからな。


 声に出ていないはずの副音声が、はっきり聞こえた気がした。


「いや、声に出てるし!!俺の扱い雑すぎだろ!!」


「相変わらずうるさい」


「はいはい、うるさくて悪かったなぁ」


 そう言ってから、蒼真は一瞬だけ視線を逸らした。


「……ま、顔見て安心した」


 スポーツドリンクをストローで口元に運びながら、私は黒瀬を見つめる。

 黒瀬も、じっと私を見返してきた。


 そして、ぽつりと。


「……無事、戻れたんだな」


 胸が、きゅっと縮む。


 そうだ。

 黒瀬が最後に見た私は――攫われて、車の中に押し込まれて。


「うん……あの後、色々あって……」


 一度、言葉を切る。


 喉がひくりと鳴った。

 言葉を選んでいるふりをして、私は――どう伝えるかを探していた。


「あのね……」


 二人の視線が、私に集まる。


「黒瀬と、蒼真に……聞いてほしいことがあるの」


 自然と、背筋が伸びた。

 ふざけていた空気が、静かに引いていく。


「……全部、私が決めた」


 断定だった。

 もう、覆すことはないと――自分自身に言い聞かせるみたいに。


 私の血のこと。

 澪のこと。

 私が何を選び、何を取引したのか。


 どこから話そうか迷って、それでも――話した。


 今まであったこと。

 私が選び続けてきたこと。


 未来は分からない。

 もしかしたら、二人をもっと深く巻き込んでしまうかもしれない。


 ……いや。

 もう、巻き込んでしまっているのかもしれない。


 私が話している間、二人は一言も挟まなかった。

 あんなに騒がしい蒼真でさえ、真剣な眼差しで聞いてくれていた。


 そして――


 澪の名前を出した瞬間だった。


「……知ってた」


 黒瀬が言った。


 口の中を切っているのか、少し話しづらそうにしながら、私を見る。


「……澪が、普通じゃないってこと」


 私は、息を止めた。


「組織の人間と話してるのを……前に、聞いた」


 短く息を吸い、続ける。


「だからあの時、透に忠告した」


 その言葉で、思い出す。


 ——何を信じてるんだ、って聞かれたこと。

 選べ、と言われたこと。


 そして私は、選んだ。


 その結果が、これだった。


「とにかく、浅霧澪が何か目的を持って近付いてきてることは、ある程度予想できてた」


 黒瀬はそう言って、小さく息を吐く。


「どこまで関わってるかは分からない。でも……」


 一瞬、言葉を探すように間を置いてから。


「危ない立場にいるってことだけは、分かってた」


 ——その瞬間。


「……は?」


 低い声が、割り込んだ。


 蒼真だった。


「ちょっと待て」


 笑顔は消えている。

 いつもの軽さも、もうない。


「なんだよ、それ」


 黒瀬と私を交互に見て、眉をひそめる。


「どういうことだ?

 透が自分で決めたってのは分かった……でも」


 言葉を噛みしめるように、続ける。


「澪が……危ない組織の人間で?」


「透が、攫われて?」


 そして——


 蒼真の視線が、包帯だらけの黒瀬の身体に落ちる。


「お前のこの怪我、偶然じゃねぇってことか?」


 病室が、静まり返る。


 蒼真は、怒っていた。

 でもそれ以上に——


 ショックを受けている顔だった。


「……なんだよ、それ」


 ぽつりと、もう一度こぼす。


「俺だけ、何も知らなかったみたいじゃん」


 拳を、ぎゅっと握る。


「ふざけんなよ……」


 声が、わずかに震えた。


「透がそんな目に遭ってて」

「澪がそんな立場で」

「お前が勝手にボロボロになって」


「それ全部、俺の知らないところで起きてたって?」


 唇を噛みしめる。


「俺、何も知らずに馬鹿みたいに笑ってさ……

 澪は潔白だって思って、透も笑ってるし」


 参った、という顔で息を吐き出す。


「……ほんと」


 低く呟く。


「笑ってる場合じゃねぇだろ」


 沈黙を破るように、黒瀬が小さく言った。


「……ごめん」


「本当は、もっと早く言うべきだった。

 今更、言い訳に聞こえるだろうが……蒼真には言うつもりだった」


「でも、言わなかったんだろ?」


「違う。言えなかったんだ……」


 黒瀬は一度だけ私を見てから、視線を落とす。


「透と澪を見てたら……言えなかった」


「壊れそうで」


 その言葉に、蒼真は目を伏せる。


 数秒。


 そして。


「……クソ」


 短く吐き捨てた。


「だから嫌なんだよ、お前ら」


 無理やり、いつもの調子を引っ張り出す。


「二人で勝手に決めて、勝手に背負って、勝手に傷付いて」


「俺の役目、賑やかし要員か?」


 自嘲気味に笑ってから、顔を上げる。


「……正直」


 真っ直ぐ、私を見る。


「怒ってる」


 でも。


「それ以上に、怖かった」


「知らないまま、全部終わってたらって思うとさ」


 はぁ、と大きく溜息を吐き、ベッド横の椅子に腰を落とす。

 目元を、ぐっと押さえた。


「……くそっ」


 もう一度呟いてから、ちらりと私と黒瀬を見る。


「あーもう!!そんな顔すんな!!

 俺が悪いみたいじゃねぇか!!」


 パン、と手を叩いた。


「はいはい!!わかった!!

 しんみりしすぎ!!」


 無理やり明るい声。


「だから言っただろ!俺をハブるなって!!」


 指を突きつける。


「次からはな」


「どんなヤバい話でも、先に俺に言え!!」


 そして、にやっと笑う。


「それが嫌なら——」


「最初から三人で地獄行こうぜ!!」



「お前と地獄とか世も末だな」


「私も同意見.......」



ぼそっと笑って言うと、蒼真がぎろりと睨み付けてきた。


「お前ら!!!俺が甘い顔してるからって!!!今から説教な!!!」


 蒼真は、私を真っ直ぐに見た。


「まず、透!!!お前は無闇矢鱈と誰でも信じすぎ」


 ――あんま信じんな。

 馬鹿みるのは、透だからな?


 その言葉が、後になってこんなにも深く刺さるなんて、

 この時の私は、まだ気付いていなかった。


 胸に、ずしんと落ちる。


「でも、それは透の長所でもあり……短所でもあるだろ?」


「それで俺と黒瀬が心配しすぎて禿げたらどうしてくれる!?若ハゲはキツイぞ!」


「禿げろ。願ってやる」


 空気を変えるように、二人は皮肉混じりの馴れ合いを始める。


 蒼真は黒瀬を指差して喚いた。


「そもそも!!黒瀬は無理しすぎ!!ボロボロなのはウケるけどな!」


「ウケんな」


「とにかく!!お前ら二人で話すと暗すぎ!!俺が仕切る!!」


「なんでお前が仕切るんだよ」


「うっせぇ!!この中で一番空気読んでるのは俺!!」


「じゃねぇし」


「ふふ……一番空気読んでないの間違いでしょ」


「うわぁ、透。久しぶりの毒舌〜」


「年に二、三回あるよな」


「いや、五、六回?」


「ちょっと!!真面目な話してたのに!!」


「蒼真を連れてきた時点で無理だな。学習しろ」


「わかってたけどさ〜」


 蒼真が急に声を張り上げた。


「あ、てかケーキ!!ケーキ食おうぜ!!」


 お見舞い用の箱を開ける。


「俺、食えねぇ」


「知ってるし〜……って、スプーン!スプーンが無いっ!!

 ……って、無いのかよ!!このまま食うからな!!」


 手をクリームだらけにして食べる蒼真。

 私のフォンダンショコラには、ちゃんとスプーンが付いていた。


 それを見て、二人が恨みがましい視線を向けてくる。


「ん〜……美味しい」


「うっへぇ、手ベタベタ」


「お前ら、帰れ」


 一体何しに来たんだ、と言わんばかりの黒瀬。


 私は、静かにフォンダンショコラを口に運んだ。


 ――甘い。


 はずなのに。


 その甘さが、少しだけ薄く感じたなんて。

 そんなこと、思いたくなかった。


 そして私は、まだ二人に言っていないことがある。


 黒瀬には、どうしても聞けなかった。


 ――裏切ってたの?


 その一言が、喉に引っかかったまま消えない。


 代償のことも、言えなかった。


 それを言ったら。

 今度こそ、本当に戻れなくなる気がして。


 それに――黒瀬功一という男は、そういう人だ。

 理由があったとしても、

 私を差し出した事実そのものに、きっと自分を責める。


 だから私は、笑ったまま。


 何も、言わなかった。




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