第8話:保健室
白いカーテンが、さらりと引かれた。
消毒液の匂いが鼻をつく。
保健室は静かで、やけに明るくてーー
その白さが、逆に落ち着かなかった。
ベッドに腰掛けた透は、自分の左手を見つめていた。
包帯は、いつの間にか赤く滲んでいる。
さっきまで気づかなかったのに、今になってじわじわと痛みが主張してきた。
――開いてる。
そう理解した瞬間、胸の奥が、ひくりと痛んだ。
「……透」
蒼真が、低い声で名前を呼ぶ。
近くに来て、透の手をそっと取った。
包帯の端を指先で押さえた瞬間、赤がはっきりと広がる。
「……傷、開いてるな」
「……」
返事はできなかった。
蒼真は何も言わず、養護教諭からガーゼを受け取ると、静かに包帯を解き始める。
露わになった掌は、思った以上に酷かった。
裂けた皮膚の隙間から、まだ血が滲んでいる。
「……動かしただろ」
責める口調じゃない。
ただ、事実を確認する声。
透は小さく頷いた。
蒼真は新しいガーゼを当てながら、ぽつりと聞く。
「……痛いか?」
一瞬、答えに詰まる。
痛い。
確かに痛い。
でも――
「……陽菜は……」
声が、震えた。
「……陽菜は……もっと……痛かったはず……」
言った瞬間、堰が切れた。
涙が、ぽろぽろと落ちて、ガーゼの上に滲む。
「……私……助けられなかった……」
喉が詰まり、言葉が途切れる。
「こんなの……全然……」
蒼真の手が、一瞬止まった。
それから、ゆっくりと包帯を巻き直しながら、低く呟く。
「……そうだな」
肯定でも否定でもない、ただの受け止め。
包帯を固定し終え、蒼真は透の手を離さなかった。
代わりに、視線を上げて、透の顔を見る。
「……けどさ」
静かな声。
「透、胸も痛いだろ」
その一言で、透は完全に崩れた。
「……っ……!」
声にならない嗚咽が漏れる。
胸の奥を、誰かに掴まれたみたいに苦しい。
息を吸うだけで、痛い。
左手の傷より、
ずっと、ずっと。
「……ごめん……」
謝る相手も分からないまま、透は泣いた。
蒼真は、それ以上何も言わなかった。
ただ、包帯を巻いた手を、そっと包む。
少し離れた場所で、黒瀬が静かに見ていた。
腕を組み、いつもの無表情のまま。
「……泣くの、遅かったな」
そう言って、黒瀬は視線を逸らした。
淡々とした一言。
でも、その声は、どこか優しかった。
透は答えられなかった。
ただ、涙を落としながら、初めて――
自分が壊れていることを、認めた。




