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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第4話:水泥に沈む声



 透は、黒瀬の横顔を見つめたまま、動けずにいた。

 眠っているだけだと分かっているのに、呼吸のたびに胸が微かに上下するのを、何度も確認してしまう。


 生きている。

 その事実を、何度もなぞるように。


 透は、ゆっくりと手を伸ばした。

 触れる寸前で、一度止まる。


 ――触れていいのか。


 責める資格があるのか。

 信じると決めた相手に、疑いの手を伸ばして。


 数秒の逡巡のあと、指先はシーツに触れた。

 黒瀬の手ではなく、そのすぐ脇に。


 それだけで、胸が痛む。


「……勝手だよね」


 誰に向けた言葉でもなかった。

 返事が返らないことも、分かっている。


「理由があるって……信じたいくせに」


 声は、思ったよりも静かだった。

 泣いてはいない。

 感情を吐き出してもいない。


 ただ、事実を並べているだけ。


「……ちゃんと、やれたのかな」


 条件。

 署名。

 印。


 あの紙切れが、脳裏をよぎる。


 大人たちの、面白がるような瞳。

 何かを含んだ眼差し。

 冗談に混じる、本気と本音。


 問いかけたかった。


 なんで、こんなことをするの?

 私が、何をした?


 何もしてない。


 黒瀬は、重傷を負うほどのことをした?

 してないでしょ。


 血が欲しい?

 その血で、何をして、何を成し遂げて、

 誰を救い、誰を壊すつもりなの?


 私はただ、普通に過ごしたかった。


 望んだわけでもない。

 こんな血なんて、欲しくなかった。


 もし、私にこんな血がなければ。

 黒瀬が裏切ることも、なかったのかもしれない。


「……どうして、私なのかな」


 問いは、静かに落ちる。

 点滴の音に溶けて、消えていく。


 弱音を吐いたところで、何かが変わるわけじゃない。

 それでも――

 黒瀬の顔を見ていると、どうしても本音が零れてしまった。


 透は頭を振り、息を整える。


「ねぇ、黒瀬……早く起きてよ」


 ちゃんと、黒瀬の口から聞かなきゃいけない。


「私……」


 言葉が、喉で止まる。


 透は、視線を落とした。

 黒瀬の唇に。


 乾いている。

 点滴で水分は入っているはずなのに、妙に色がない。


 透は、一瞬だけ迷って――

 唇を噛んだ。


 ちくり、と小さな痛み。

 鉄の味が、舌に広がる。


 血。


 ほんの一雫でいい。


 ――助けられる。


 その考えが、はっきりと浮かぶ。


 ドクンドクンと、心臓の音がやけに大きい。

 震える指先で血を掬おうとして――

 それでも、指は動かなかった。


 ……違う。


 黒瀬は、喜ばない。

 きっと、怒る。


 そんな予感が、はっきりと胸にあった。


 爪が掌に食い込む。

 透は、一歩引いた。


「……だめ」


 小さく、誰に聞かせるでもなく呟く。


 今は、これじゃない。

 今、これをしたら――

 きっと、後悔する。


「黒瀬……私、待ってるから」


 言い聞かせるように、もう一度。


「起きるの。ちゃんと、待ってる」


 ちゃんと話してくれるよね。

 納得させてくれなきゃ、許さない。


「黒瀬は、大事なことほど話さないから....


聞き出すの苦労しそうだね」


 昔から、それで何度も怒ったのに。


「蒼真に協力して貰って、2人で責めたてるんだから....無茶し過ぎだって怒らなくちゃ」


 その声に応えるように、

 黒瀬の指が、わずかに動いた。


 透は、息を呑む。


 見間違いかと思った。

 けれど、もう一度。


 指先が、確かにシーツを引っかいた。


「……黒瀬?」


 返事はない。

 けれど、眉が僅かに動く。


 眠りの底で、何かを探すように。


 透は立ち上がりかけて――

 そこで、止まった。


 五分。

 秘書の言葉が、頭をよぎる。


 時間は、もうほとんど残っていない。


 黒瀬の睫毛が、微かに震えた。


 一秒。

 二秒。


 瞼が持ち上がりかけた、その瞬間。


 ノックの音が、現実を割り込ませた。


「……失礼します」


 秘書の声。


 振り返った瞬間、

 黒瀬の瞼は、再び閉じていた。


 だが――

 その口元は、ほんの僅かに動いていた。


 まるで、何かを言おうとしたみたいに。


 透は数秒立ち尽くし、

 それから、深く息を吐いた。


「……まだ、だめ」


 体は、確かに反応している。

 けれど、起き上がれるほどじゃない。


 今は、ただ――

 眠って、回復していればいい。


「……次は」


 小さく、でも確かな声で。


「ちゃんと、起きてからね」


 透は、病室を出た。


 その言葉は、

 深い底に沈む黒瀬の意識へ、かすかに届いていた。


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