第78話:それでも自由だと思いますか
私は、すぐには答えられなかった。
「一緒に行こう!!!」
弾むような声。
疑いも、計算もない、子供のそれ。
アリアは、私の返事を待っている。
――その表情は、断られる可能性など、最初から想像していないように見えた。
ただ、外に出たい。
組織の味方になるつもりもない。
組織に協力するつもりもない。
私の答えは、攫われたあの時から、ずっと変わっていなかった。
「……外には、出ます」
そう口にした瞬間。
「やったぁ!!!」
アリアが、ぴょんと跳ねて喜ぶ。
けれど。
「……だけど、一緒には行きません」
「え……?」
アリアは、ぽかんと口を開けたまま、私を見つめた。
「……なんで……?」
その声は、困惑そのものだった。
なんでもかんでも。
私は、帰ると決めている。
何を聞かされても、
何を知っても。
「昨日、エリスから聞いたんでしょ?」
「……はい」
「だったら、一緒に行こうよ」
縋るように、見上げてくる。
「それでも、私は行きません」
はっきりと言った。
「約束しましたよね?
――自由だって」
全部を聞いた上で。
その上で、私は判断した。
「黒瀬功一は、裏切ってたんだよ!?」
アリアの声が、強くなる。
「そんな人のところに帰るの!?
もう一人の幼馴染の、桐生蒼真だって――」
……蒼真のことも、調べていたんだ。
「透の親も、何も知らないんでしょ?」
絶対、私たちといた方がいい。
そう言いながら、両手を掴まれる。
けれど。
「それでも、私は――」
その手を振りほどかず、真っ直ぐ見つめる。
「親の元へ帰ります。
黒瀬と、蒼真がいる場所へ」
アリアの瞳が、揺れた。
「……やだ……」
声が、震える。
「やだもん!!!
透は、アリアと同じ“特別”なんだよ!?」
「特別?」
思わず、問い返す。
「血以外は、普通の人間なのに?」
そして――どうしても、許せなかった。
「黒瀬を……
黒瀬を、殺そうとしましたよね?」
息を吸う。
「澪も、犠牲にした」
胸が痛む。
それでも、言葉は止めなかった。
「私は、死んでも。
あなたたちの組織には、協力しません」
沈黙。
次に、アリアが叫ぶ。
「わかった!!!
黒瀬には謝るから!!!」
必死な声。
「澪って子は……分からないけど……
死んじゃったなら、それはどうしようもないけど……」
言葉が、刺さる。
「でも!!!
アリィは、透に来てほしい!!!」
「……」
「それに!!!
どんな代償があるか、まだ分かってないでしょ!!!」
聞く耳を持たないアリアに、私はもう、何も言えなかった。
すると。
じわりと、アリアの瞳に涙が浮かぶ。
そして――
「……いいもん」
震える声で、言い放つ。
「血を、使うんだから!!!」
言い終わる前に。
――ふわり、と。
甘い匂いが漂った。
頭が、くらりと揺れる。
足元が、崩れる。
「……っ」
意識が、沈んでいく。
「アリアっ!!!」
エリスの、焦りと怒りが混じった声。
それを最後に、視界がぷつりと途切れた。
*
次に気付いたのは――車の中だった。
ぼんやりとした意識の中で、
言い合う声が、はっきりと聞こえる。
「勝手に能力を使うなと、
何度言えば分かるんですか」
「もう使っちゃったんだもん!!!
しょうがないでしょ!!!」
「しょうがなくありません」
エリスの声は、冷えている。
「……貴女、自分の代償が何か、分かっていますよね?」
「分かってるよ!!!
分かってるけど!!!」
必死な声。
「透は!!!
アリィたちと来た方が、絶対いいんだから!!!」
「それを決めるのは、透さんです」
「じゃあ!!!
透が本当に来なかったら、どうするの!?」
一拍。
そして、エリスが静かに笑った。
「ふふ……」
「来るも来ないも自由、とは言いましたが」
声が、低く落ちる。
「――そうなると、本気で思いますか?」
その言葉を聞きながら、
私はまだ、目を開けられずにいた。




