第75話:血の代償
知りたい、と私は言った。
だからここにいる。
でも――
こんな形で“知る”ことになるなんて、思っていなかった。
「いいことを教えてあげます」
エリスは、まるで秘密のお菓子でも分けるみたいに、声を落とした。
「――“血の代償”って言えば、分かりますか?」
「……血の、代償?」
聞き返した私に、エリスはにこりと微笑む。
その笑顔が、やけに綺麗で、やけに遠い。
「透さん。黒瀬に、どのくらい血を提供しましたか?」
「……何の、話?」
そんなの、数えているはずがない。
ただ――
病院帰りに寄ったカフェで、顔を覚えられていたことを思い出す。
店員が言った。
『今日も、お疲れさまです』
少なくとも、一回や二回じゃない。
「そうですね……」
エリスは、私の沈黙を肯定と受け取ったように、ゆっくり続けた。
「今、身体に何か違和感はありませんか?」
「違和感……?」
「例えば」
指を折るように、淡々と。
「手足の痺れ。
耳の聞こえ具合。
頭痛、吐き気……身体の痛み。
痛覚は、ありますか?」
息が、浅くなる。
「視力が落ちたとか。
――まあ、色々です」
そんなの、あるわけない。
そう思った。
思った、はずなのに。
エリスは、私を見つめていた。
確信めいた、やさしい目で。
「貴女の“代償”って、どんなものなんでしょうね」
ぜひ、知りたいです。
その言葉を聞いた瞬間、
頭を殴られたみたいな衝撃が走る。
――代償。
血の、代償。
「……今、言った中に……」
声に出した途端、胃がひっくり返った。
吐き気が、喉までせり上がる。
「大丈夫ですか、透さん」
エリスは、心配そうに首を傾げる。
「貴女がどれだけ血を提供したかは分かりませんけど……
“いい子”の貴女なら、許すんでしょう?」
許す?
「貴女が代償を伴う血の提供をして」
言葉が、胸に突き刺さる。
「それで助かる命が、あるんですもの」
違う、と言いたいのに、声が出ない。
「私が教えなくても」
一歩、近づかれる。
「教えたとしても」
逃げ場が、ない。
「人助けが大好きなアナタなら――」
エリスは、微笑んだまま、囁いた。
「喜んで、差し出すでしょう?」
違う。
違う。
私は、そんな――。
言い返そうとして。
その前に、思い出してしまった。
⸻
『一度、ちゃんと診てもらおう』
『念のためだ』
『余計なことは考えなくていい』
『黒瀬が言うなら、それがいい』
⸻
何気ない一言。
疑う理由なんて、どこにもなかった。
――病院に、血を提供していた。
それは、黒瀬に言われたからだ。
「一度診てもらおう」
そう言われただけだった。
必要だとも、
誰かを助けるためだとも、
一度も、言われていない。
検査だと思っていた。
それだけだと、信じていた。
黒瀬は――
代償のことなんて、一言も言わなかった。
知らなかったから?
知っていたら、言ってくれた……よね?
私は、黒瀬を大切な幼馴染だと思ってる。
きっと、黒瀬も同じだと、信じたい。
でも。
それでも。
血の提供をさせたのは――
確かに、黒瀬だった。
胸の奥が、じわりと痛む。
「……黒瀬は」
声が、掠れた。
「黒瀬は……知ってたんですか?」
エリスの視線が、すっと細まる。
「黒瀬?」
一拍。
「あぁ……あの幼馴染の、黒瀬の御曹司」
思い出すように、首を傾げる。
「……さぁ……?」
あまりにも軽い。
「そこまでは、私にも分かりかねますね」
心臓が、どくんと跳ねた。
「知っていたかもしれませんし」
――やめて。
「知らなかったかもしれません」
どちらも、聞きたくない。
でも、エリスは一歩、距離を詰める。
「ただ……」
囁くように。
「貴女が血を提供していた“先”は」
耳元で。
「貴女の大好きな幼馴染の病院、ですよ?」
息が、止まる。
「果たして彼が」
逃げ場を塞ぐ視線。
「何も知らなかった……」
「――なんてこと、あるんですかね?」
その瞬間。
胸の奥で、
何かが、音を立てて崩れた。
私は、まだ答えを知らない。
でも。
知らないままでいられなくなった。
それだけで、
世界はもう、元には戻らなかった。
沈黙が、落ちた。
逃げ出したいのに、足が動かない。
何かを否定したいのに、言葉が見つからない。
エリスは、そんな私を急かさなかった。
まるで――こうなることを、最初から知っていたみたいに。
「……透さん」
名前を呼ばれて、びくりと肩が跳ねる。
「ひとつ、勘違いしないでくださいね」
優しい声。
なのに、背中が冷える。
「これは、貴女だけの話ではありません」
視線が、ゆっくりと私を捉える。
「“特別な血”を持つ者すべてに、共通する話です」
逃げ道を塞ぐように。
「――代償、の話です」
その言葉が落ちた瞬間、
胸の奥が、ひどく嫌な音を立てた。
私は、その続きを――
聞かされる側に、なってしまった。
75と76を同じ内容で気付かず投稿してました!!!
言い訳をするなら、75を何度も手直ししてて、手直し前を75話投稿、76話を手直し済みのを投稿してました!!!すみません!!!ちゃんとした76話を投稿し直しました!!!




