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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第74話:全てを把握する者






――特別応接室、黒瀬が去った後。



 応接室は、夜の静けさに沈んでいた。


 天井灯は落とされ、デスクのスタンドライトだけが、柔らかな円を描いている。

 整えられた机。

 書類の角度ひとつ、乱れていない。


 黒瀬家当主は、窓際に立っていた。


 硝子の向こうには、病院を囲む街の灯り。

 無数の命の営みを、“景色”として眺めている。


「……功一は?」


 穏やかな声だった。


 秘書は、一歩下がった位置で答える。


「鎮静が入りました。現在は集中治療室に。

 意識は、まだ戻っていません」


「そう」


 それだけ。


 当主は、ゆっくりと椅子に腰を下ろし、指を組む。


「——調査の進捗は?」


 秘書は、一瞬だけ言葉を選んだ。


「“例の件”でしょうか」


「うん」


 軽い相槌。

 雑談の続きを促すような声音。


「所在は、すでに特定されています」


 空気は、変わらない。


 驚きも、焦りもない。


 当主は、静かに頷いた。


「そうか」


 まるで、最初から知っていたかのように。


「黒瀬功一には……」


 秘書が続ける。


「“現在、調査中”と伝えてあります」


「それでいい」


 即答だった。


 当主は、机を指先で軽く叩く。


「彼は今、現実に耐えられる状態じゃない」


 責めるでも、庇うでもない。

 ただの判断。


「居場所を知れば、動く。

 動けば、壊れる」


 秘書の喉が、小さく鳴る。


「……ですが、もし阻止できたのであれば——」


 当主は、顔を上げた。


 優しげな微笑み。


「阻止は、可能だったよ」


 あまりにもあっさりと。


 秘書の背筋が、凍りつく。


「だが——」


 当主は、静かに続ける。


「透は、知るべきだ」


 穏やかな声。


「自分の血が、どれほどの価値を持ち、

 どれほど危険な場所に立っているのかを」


 一拍。


「功一は、それを言わないだろう?」


 問いではなかった。


「なら、組織ほど打って付けの存在はない」


 事実を並べるように。


守られたままでは、あの子は自分の位置を理解しない。


「透は、台風の目だ」


 当主は、窓の外に視線を向ける。


「何も知らずに中心に立ち続けるより、

 一度、嵐の中に立たせた方がいい」


 秘書は、言葉を失っていた。


「……ただ」


 当主は、少しだけ声を落とす。


「功一が、あそこで怪我をするのは想定外だった」


 後悔ではない。

 誤算を報告する声音。


「事故の発生確率は、低かった」


 淡々と。


「だが——」


 指を組み直す。


「想定外が起きたからといって、

 判断そのものが誤りになるわけじゃない」


 冷静だった。


「命はある。後遺症もない。

 計画は、まだ修正可能だ」


 秘書は、何も言えなかった。


「むしろ」


 当主は、ほんの少しだけ目を細める。


「彼にとっては、良い“減速”になったかもしれない」


 優しげな声。


 だが、その言葉は——

 人間に向けられたものではなかった。


「感情があるから、人は迷う」


 当主は立ち上がり、夜景を背にする。


「だが、迷いは資源にならない」


 一拍。


「罪を与えた方が、人はよく働く」


 院長室に、再び静寂が落ちる。


 そこにはもう、父はいない。


 医師も、秘書も。


 ——最初から全部を把握し、

 阻止できたのに、阻止しなかった人間だけが、

 静かにそこに立ってた。

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