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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第64話:移動中





 ——揺れている。


 一定のリズム。

 身体の奥まで染み込んでくる、低い振動。


 透は、ゆっくりと意識を浮上させた。


 まぶたが重い。

 開こうとすると、内側から引き戻されるような、粘つく感覚がある。


(……なに、これ)


 鼻の奥に残る、あの甘い匂い。

 コンビニの菓子とも、洗剤とも違う。

 どこか、薬品めいた甘さ。


 耳元で、何かが鳴っている。

 ——エンジン音。


(……車?)


 その認識と同時に、心臓が大きく跳ねた。


 透は、はっと目を開く。


 暗い天井。

 横に長い窓。

 流れていく街灯の光。


 ——走っている。


「……っ」


 声を出そうとして、喉がかすれた。


 身体を動かすと、シートの感触が背中に伝わる。

 座らされている。

 手足は自由だが、状況が理解できない。


(……どうして)


 記憶を、必死に手繰る。


 コンビニ。

 黒瀬の声。

 走ってくる足音。


 それから——


 公園のトイレ。


 裾を引いた、自分の指。

 電話をしながら振り向いた、黒瀬の横顔。


 その、ほんの一瞬。


 ——あの、甘い匂い。


 視界が滲み、力が抜けた。


(……そうだ)


 理解した瞬間、背筋が冷たくなる。


 倒れた。

 誰かが、いた。


 女の子。


 人形みたいな顔で、

 にこっと、笑って。


「だいじょうぶだよ」


 ——その声。


 透は、無意識にシートを握りしめた。


(……攫われた)


 認めたくない現実が、ようやく形になる。


 そのとき。


「あ、起きた?」


 すぐ隣から、弾んだ声がした。


 透は息を呑み、顔を向ける。


 そこにいたのは——

 あの、女の子だった。


 夜の車内でもはっきり分かる、淡い蜂蜜色の髪。

 街灯を映す、透き通るような青い瞳。


 海外のビスクドールみたいな顔立ちで、

 無邪気に笑っている。


「目、覚めるの早いねぇ〜

やっぱり、切れるの早いなぁ」


 意味の分からない言葉を、楽しそうに並べながら。


「……ここ、どこ」


 透は、絞り出すように言った。


 女の子は首を傾げる。


「ん〜、移動中?大丈夫だよ、ちゃんとした車だもん」


 “ちゃんとした”という言葉が、妙に引っかかる。


「自己紹介してなかったよね!アリィ! アリア・レインフォード!アリィってよんで!」


 胸を張って名乗る姿は、

 本当に、ただの子どもみたいだった。


「……どうして、私を」


 言いかけた言葉を、アリィが遮る。


「だって、透も“特別”でしょ?」


 何気ない調子。

 だが、その一言で空気が変わった。


「アリィもね、特別なの」

「透と同じ」



―――とくべつ

その言葉が意味する先にはーーー。



 胸の奥が、嫌な音を立てる。


「心配しなくていいよ?透は、ちゃんと、丁重にもてなすから」


 にこにこしながら、

「透とは仲良くなれそうだなって思うんだぁ!!!」


 この状況に似つかわしくない言葉に、目眩がする。


 ——それを可笑しがるように、

 運転席の女性が一瞬、鼻で笑った。


「あぁ〜エリス、今笑ったでしょ〜」


 アリィは頬を膨らませ、足をぶらぶら揺らす。


「もう!!! パパに言いつけるんだからぁ!!

 あ!!! ねぇ透、聞いてよ!

 アリィのパパ、すっごいんだよぉ!」


 突然始まった“パパ自慢”に、透は言葉を失う。


「お医者さんでね!頭良くて、優しくて、かっこよくて!

パパがいればだいじょうぶだし!!!

パパの手って、こぉ〜んなに大きいし!!!

何よりかっこいいの!!!アリィのパパは世界一なんだよ!!!

それにね、世界中飛び回ってるの!」


一つ一つ指を折り畳みながら語るその仕草は本当にパパが大好きだと物語ってる。


 無邪気な声。

 誇らしげな笑顔。


 ——けれど。


「アリア……」


 前の座席から、低く抑えた声が飛んだ。


 バックミラー越しに、鋭い視線が刺さる。


「……話し過ぎよ

―――それに、追っ手」


 車内の空気が、一瞬で張り詰めた。


「黙ってないと……舌、噛むわよ?」


 冗談とも脅しともつかない声音。


 その瞬間。


 透の視界の端に、異様な光が映った。


 後方。

 距離を詰めてくる、二つのヘッドライト。


 黒塗りの高級車。


(追われてる―――?)


「ん、もぉ〜!」


 アリィは不満そうに頬を膨らませる。


「しつこいんだけど!ほんっと、執拗い!!!」


 その言葉に、透の心臓が跳ねた。


「ねぇ透、さっきもね!コンビニ、ガード固すぎだったんだよ?」


 楽しそうに続ける。


「黒瀬一族ってさ、ほんっと、過保護っていうか邪魔っていうか!」


 ——黒瀬。


 その名前が、一拍遅れて胸に落ちた。


「……え?」


 思い出す。

 緊迫した表情で振り向いた、黒瀬の横顔。

 何かを叫ぼうとして、口が動いて——


(……黒瀬)


「ねぇ……」


 気づけば、口が動いていた。


「私と一緒にいた男の人……黒瀬は」


 一瞬、車内の空気が止まる。


「ん? 男の人?」


 アリィはきょとんと目を丸くし、すぐにあっけらかんと笑った。


「さぁ?......どうだろ〜」


 透の心臓が、嫌な音を立てる。


「知りたい?じゃあさ、一緒にアイス食べてくれたら教えてあげる〜」


 ——あまりにも、軽い。


「……アリア」


 前の座席から、氷のような声が落ちた。


 その一言で、アリィは口を噤む。


「交渉するな、余計なことも、喋らない」


 再び、重い沈黙。


 その瞬間、背後から強烈な光が突き刺さった。


 黒塗りの車が距離を詰め、ヘッドライトの白い光がフロントガラスを焼く。


「……来たわね」


 舌打ちと同時に、アクセルが踏み込まれた。


 ——ぐんっ。


 身体が、シートに叩きつけられる。


 景色が一気に流れ、エンジンが唸りを上げる。


「わぁ! すごい!!ジェットコースターみたい!」


 アリィは、楽しそうに手を叩いた。


「アリア、静かに!掴まってなさい」


 ハンドルが切られ、車体が横揺れする。


「……さすがね、黒瀬一族」


 呟きと同時に、さらにアクセルが踏み込まれた。


「でも、ここから先は——」


 エンジンが悲鳴を上げる。


「私の得意分野よ」


 距離が、わずかに開く。


「ねぇねぇ!追いかけっこしながらアイス買いに行こぉ!」


 アリィが無邪気に手を叩いた。


「楽しそうじゃない?」


 ——狂っている。


 透は、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。


 この車内にいる誰もが、普通じゃない。


 だからこそ——


 逃げるしか、ない——

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