第61話:百パーセント守れる?
父は、ひとしきり黒瀬の反応を楽しんだあと、
ふっと息を吐いた。
「……と、まあ」
指を組み直す。
「おふざけは、この辺にしておこうか」
空気が、変わる。
黒瀬は、直感的に理解した。
――ここからが、本題だ。
父は、笑みを残したまま言う。
「正直に言うとね」
一拍。
「君と夏川透くんが
付き合おうが、付き合うまいが」
軽く肩をすくめる。
「私は、どっちでもいい」
黒瀬の眉が、わずかに動く。
「大事なのは――」
父の視線が、真っ直ぐ刺さる。
「“使えるかどうか”だ」
迷いのない言葉だった。
「噂は、ただの前菜だよ。君がどこまで感情を動かすか、どこで、踏み越えるか」
それを見るための。
父は、机に手をつく。
「でね」
声が、少しだけ低くなる。
「組織が、動き始めた」
一瞬。
黒瀬の思考が、止まった。
「……何の話ですか」
絞り出すような声。
父は、あっさりと言う。
「例の連中だよ
夏川透くんを“回収”したがっている組織」
言葉の重さとは裏腹に、
声音は穏やかだった。
「計画は、もう立っている」
「時期も、方法もね」
そして――
にこり、と笑う。
「もちろん、こちらも手は打っている」
黒瀬の拳が、強く握られる。
「学校の中にも、一族の人間を、何人か潜り込ませているよ」
淡々と、事務報告のように。
「ただし」
父は、指を一本立てる。
「全部を見ているわけじゃない」
静かな声。
「隙が、まったく無いとは言えない。人の目が届かない瞬間は、必ずある」
父は、首を傾げる。
「その隙を突かれたら――
正直、どうしようもないよね?」
問いかけの形をしているが、
答えは決まっている。
父は、黒瀬を見つめた。
「ねえ、功一」
一歩、近づく。
「君に、あの子を守れるかな?」
黒瀬は、即答できなかった。
「……」
「百パーセント、だ」
念を押すように。
「四六時中、そばにいるわけでもない。学校も、帰り道も、病院も......君の目が届かない時間は、確実にある」
優しい声で、現実を突きつける。
「それでも」
父は、微笑む。
「“必ず守れる”って、言える?」
黒瀬の喉が、鳴る。
――言えない。
百パーセントなんて、存在しない。
分かっている。
沈黙が、答えだった。
父は、その反応に満足したように頷く。
「そうだよね」
納得した声。
「だからこそ、だ」
ゆっくりと、宣言する。
「私の管理下に置く。組織からも、君からも」
逃げ道を、丁寧に潰す。
「君は、守る。私は、確保する」
役割分担だ、とでも言うように。
「それが、一番安全だ」
黒瀬は、歯を食いしばる。
「……それは」
声が低くなる。
「守るんじゃない、閉じ込めるって言うんです」
父は、少しだけ目を細めた。
「言い方の問題だよ」
そして、柔らかく微笑む。
「結果が同じなら、ね」
祝福するような声音で。
「君が選ばなければ
あの子は、選ばされる」
黒瀬の胸に、
重たい現実が落ちる。
「さあ、どうする?」
父は、楽しそうだった。
「功一、
君は――」
ほんの少しだけ、声を落とす。
「“守る側”でいたいんだろう?」




