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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第60話:噂は、もう始まってる





 昼休みの廊下は、いつもより少しざわついていた。


 視線が集まる。

 ひそひそとした声が、意図的に距離を取る。


「……あの二人さ」

「最近、ずっと一緒じゃない?」

「帰りもさ、ほら……」


 言葉は途切れ途切れ。

 でも、意味は十分すぎるほど伝わってくる。


 黒瀬は気にしなかった。

 ――正確には、気にしないと決めていた。


 透は、少し前を歩いている。

 クラスメイトに呼び止められれば立ち止まり、普通に笑い、普通に返事をする。


 ただ、誰とも長く話さないだけだ。


 それを「距離」と呼ぶか、

 「遠慮」と呼ぶかは、見る側次第だった。


「黒瀬」


 昼休みが終わる直前、蒼真が声をかけてきた。


「……ちょっと、屋上来い」


 視線を泳がせながらの誘い。

 逃げ場を作らない言い方だった。


「今?」


「今」


 短いやり取りのあと、黒瀬は頷いた。



 屋上は、風が強かった。


 フェンス越しに、校舎の影が伸びている。

 人の気配はない――はずだった。


 蒼真は、しばらく黙っていた。

 何度か息を吸って、吐いて。


 それから、意を決したように言う。


「透とお前……付き合ってんの?」


 直球だった。


 黒瀬は、即答しなかった。

 驚きも、動揺もない。


「は?」


 低い声で、それだけ返す。


「最近さ

一緒に帰ってるし

手、繋いでるの見たってやつもいて……」


 蒼真は言い訳するように続ける。


「いや、別に責めてるとかじゃなくて!

ただ、噂になってて……」


 そのときだった。


 屋上のドアが、勢いよく開く。


「――違う!!」


 透の声だった。


 二人が同時に振り返る。


 透は、息を切らして立っていた。

 胸が上下している。


「そんなんじゃない!!!」


 一歩、前に出る。


「そんなんじゃ……」

 

 言葉が、そこで止まる。


 唇を噛み、

 視線が揺れる。


「……黒瀬に、失礼だよ」


 ぎり、と声を絞り出す。


「それに……」


 続く言葉は、出てこなかった。


 透は、視線を逸らす。

 何かを思い出したように。


 ――言わない。

 誰にも。

 自分の中だけで、押し込める。


「……お前」


 黒瀬が、ため息混じりに言った。


「今まで、俺らの何見てたんだよ」


 呆れたような、でも怒ってはいない声。


 透は、びくっと肩を揺らす。


「ご、ごめん!!」


 蒼真が慌てて割って入る。


「いや、俺が悪い!!

俺もさ、最近色々考えすぎて……」


 乾いた笑いを浮かべる。


「付き合ってるとか、馬鹿だよな

ごめん、本当ごめん!」


 微妙な空気が流れる。


 透は、何も言わずに踵を返した。


 屋上を出るとき、

 一度も振り返らなかった。



 透が去ったあと。


 屋上には、黒瀬と蒼真だけが残った。


「……くそ」


 蒼真は、フェンスに手をついて俯く。


「ごめん、黒瀬。

俺……最近、避けてた」


 声が、少し震えている。


「どう接したらいいかわかんなくてさ……」


 黒瀬は、黙って聞いていた。


「澪が死んで

透に、何て声かけりゃいいか……」


「そこまで分かってるなら」


 黒瀬が、静かに言う。


「謝って、普通に接してやれ」


 薄く、ぎこちない笑み。


「……ただし」


 蒼真が顔を上げる。


「澪の名前は、まだ出すな」


 少しの間。


「……ああ」


 蒼真は、強く頷いた。



 翌朝。


「透ー!お願い!!宿題見して!!」


「えぇ〜!? また!? もぉ!!」


 いつものやり取り。

 少し大きな声。


 周囲の空気が、元に戻っていく。


 黒瀬は、その様子を遠くから見ながら、

 胸の奥に残る違和感を拭えずにいた。


 ――今日、父に呼ばれている。


 理由は、告げられていない。


 嫌な予感だけが、はっきりしていた。



 そして、その予感は――


 外れなかった。


「ふふ……」

 

 柔らかな笑い声。


「おかしな噂を聞いたよ」


 書斎で、父はそう言った。


 黒瀬と、透。

 学校で囁かれている、あの噂だった。


 黒瀬の拳が、無意識に握られる。


「違います」


 即答だった。


「透は、そんなんじゃない」


 言葉に、強さがこもる。


 父は、怒らない。

 否定もしない。


 ただ、面白そうに目を細めた。


「……そう?」


 それだけ。


 けれどその笑みが、

 すべてを把握していることを、雄弁に語っていた。

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