第5話:届かない
目を覚ましてから、どれくらい時間が経ったのか分からなかった。
病室の天井は相変わらず白く、蛍光灯の光がやけに遠く感じる。
点滴の液が、一定のリズムで落ちていく音だけが、やけに大きく響いていた。
深夜だ。
それだけは、窓の外の暗さで分かる。
透はゆっくりと息を吸った。
胸の奥が、ひどく重い。
身体中が痛む。
ちゃんと、生きている証拠みたいに。
ベッドの横の椅子に、蒼真が座っていた。
制服のまま、背中を丸めて、スマホも見ずに俯いている。
その姿を見て、なぜか少しだけ安心してしまう自分がいた。
――ああ、まだ、全部終わってない。
そんな錯覚。
「……蒼真」
小さく呼ぶと、蒼真はすぐに顔を上げた。
「起きてたか」
声は、いつもと同じだった。
少しぶっきらぼうで、感情を抑えた、いつもの声。
透は天井に視線を戻す。
「……さっきのさ」
喉が、ひくりと鳴る。
「陽菜……」
蒼真は、言いかけて言葉を飲み込んだ。
ただ、椅子の脚が、かすかに軋む音がした。
蒼真は、それ以上、何も言わなかった。
その沈黙が、なぜかひどく重たく感じられた。
透にはその沈黙が分からなかった。
病室の外から、足音が聞こえる。
看護師の低い声。
カーテンを引く音。
深夜の病院は、不思議なくらい静かで、
その分、わずかな音が心に刺さる。
――遠くで、誰かが泣いている。
最初は、気のせいだと思った。
でも、それは次第に、はっきりした声になる。
「……ひな……?」
掠れた声。
「陽菜……」
透の指先が、ぴくりと動いた。
まさか、と思う。
違う、きっと違う。
病院なんて、こんなものだ。
夜になれば、誰かが泣いて、誰かが呼ばれる。
そう、分かっているはずなのに。
「ねえ……陽菜……」
声は、すぐ近くで響いていた。
廊下の向こう。
この病室と、同じフロア。
透の呼吸が、浅くなる。
「……蒼真?」
名前を呼ぶと、蒼真の肩が、わずかに揺れた。
「……」
返事はない。
代わりに聞こえたのは、
抑えきれない嗚咽と、必死に呼び続ける声。
「お願い……返事して……」
「陽菜……っ」
透は、ようやく理解しかけていた。
処置。
向こうで。
まだ。
その言葉たちが、頭の中で、ばらばらに崩れていく。
「……まだ、なんでしょ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
「処置、してるって……」
蒼真は、とうとう顔を上げなかった。
ただ、拳を握りしめて、
何かを耐えるように、唇を噛み締めていた。
廊下の声は、次第に小さくなり、
やがて、嗚咽だけが残る。
名前を呼ぶ声は、もう聞こえない。
透の胸に、冷たい何かが落ちていく。
呼ばれても、
もう――届かない。
世界は、確かに動いていた。
けれどそれは、
透が願った方向ではなかった。
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