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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第57話:甘い帰り道





 病院を出たのは、まだ日が落ちきらない時間だった。


 白い建物を背にして歩く透は、さっきまでと変わらない足取りで、特に何も言わない。

 ふらつきもない。

 顔色も、問題ない。


 ――問題ない。


 黒瀬は、その横顔だけを見て歩いた。


 通りに出ると、甘ったるい匂いが風に混じった。

 角を曲がった先。

 白とピンクで埋め尽くされた、やたらと可愛い店構え。


 女性客ばかりが並ぶ、流行りのケーキ屋。


 透の足が、ほんの一瞬だけ、遅くなった。


 立ち止まらない。

 声にも出さない。


 ただ、視線だけが、ショーケースに吸い寄せられる。


 黒瀬は、それを見逃さなかった。


(……そうか)


 理由を、聞く必要はない。

 聞いたところで、透は言わない。


 だから――


 黒瀬は、何も言わずに手を取った。


 今度は、さっきよりも自然に。

 迷わせないための力で。


「疲れた顔してる」


 透が、少しだけ驚いたようにこちらを見る。


「……そう?」


「自覚ないのか」


 黒瀬は前を向いたまま続けた。


「疲れた後は、甘いもんだろ」


 それだけ言って、店の扉を開ける。


 鈴の音。

 一斉に向けられる視線。


 場違いなのは、分かっている。

 背の高い男が一人、無表情で立っているだけで、やけに目立つ。


 それでも、黒瀬は気にしなかった。


 透の方が、少し居心地悪そうにしている。


「……ここ、人気だよね」


「そうみたいだな」


 ショーケースの前で、透は迷う。

 迷っているふりをして、実はどれも見ていない。


 黒瀬は、店員に視線を向けた。


「この店で一番甘いやつを」

「それと、コーヒー」


 即決だった。


 透が、目を瞬かせる。


「え、私まだ――」


「いいから」


 短く言う。


「今日は、よくやった」


 それは、労いの言葉。

 同時に、理由付け。


 透は、それ以上何も言わなかった。


 席に座る。

 ピンクのリボン。

 白い皿。

 透の前に置かれたケーキは、やたらと可愛い。


 透はフォークを持ち、少しだけ躊躇ってから口に運んだ。


「……甘い」


 ぽつりと呟く。


 黒瀬は、コーヒーを飲む。

 苦い。


 それで、いい。


 透の表情が、ほんの少しだけ緩む。

 それを見て、黒瀬は視線を落とした。


(これでいい)


 病院に行って。

 検査をして。

 帰りに、甘いものを食べる。


 何もなかった日常みたいに。


 ――そうやって、続ければいい。


 透が、何も言わないままケーキを食べ終える。


「……ごちそうさま」


「ああ」


 立ち上がる。

 また、手を取る。


 この道は、これから何度も通る。


 病院と、ケーキ屋。

 白と、甘さ。


 透を壊さないための、

 静かなルーティン。


 黒瀬は、それを疑わなかった。


 疑う必要がないと、

 思い込んでいた。


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