表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/80

第51話:1人守らせろ





 病院の廊下は、異様なほど静かだった。

 夜間の照明は落とされ、足音だけがやけに響く。


 黒瀬は、ナースステーションの前で一度だけ足を止めた。

 事情は、もう聞いている。


 交通事故。

 同時刻。

 同一現場。


 ――そして、生存者は一人。


 ドアの前に立つ。

 個室。カーテンは閉められていない。


 ノックは、しなかった。


 中にいたのは、透だった。


 ベッドに腰掛けている。

 点滴。包帯。簡易的な固定具。

 どれも“軽傷”の部類に入る処置だ。


 ――身体だけ見れば。


 透は、前を見ていなかった。

 壁でも、床でもない。


 何もない場所を、見ていた。


「……透」


 名前を呼んでも、反応はない。


 黒瀬は、ゆっくりと近づく。

 近づいて――そこで、気づいた。


 透の手。


 洗いきれなかった血が、爪の隙間に残っている。

 包帯の下から、まだ滲んでいる。


「……医者は?」


 透は、少しだけ視線を動かした。

 黒瀬を見る。


 けれど、その目は――

 “人を見ている目”じゃなかった。


「……来たよ」


 答えになっていない。


 黒瀬は、何も言えなくなる。


 透は、ぽつりと続けた。


「ね……黒瀬」


 声は、落ち着いている。

 泣いていない。震えてもいない。


「私さ……ちゃんと、やったんだよ」


 何を、とは言わない。


「時間も……守ったし」

「血も……足りてたはずで」


 黒瀬の喉が、ひくりと鳴る。


 透は、自分の手を見る。

 包帯越しに、指を動かす。


「……なのに」


 そこで、言葉が止まった。


 少し考えて、首を傾げる。


「……なんで、だめだったんだろ」


 責めているのは、自分だけ。


 世界でも。

 事故でも。

 “誰か”でもない。


 黒瀬は、気づいてしまった。


 この子は――

 壊れたことに、まだ気づいていない。


「透」


 呼ぶ。


 今度は、返事があった。


「……なに」


「しばらく、ここにいろ」


「うん」


 即答。


 理由を聞かない。

 拒否もしない。


 ただ、従う。


 黒瀬の胸の奥で、何かが冷たく固まった。


(――あぁ)


 これはもう、放っておいたら死ぬ。


 今すぐじゃない。

 でも、確実に。


 黒瀬は、背を向ける。


「……すぐ戻る」


 透は、何も言わなかった。


 病室を出て、廊下に立つ。

 そのまま、歩く。


 一歩。

 また一歩。


 スマートフォンを取り出す。

 登録されていない番号。


 ――それでも、覚えている。


 黒瀬は、通話ボタンを押した。


「……俺だ」


 声は、驚くほど冷静だった。


「話がある」


 一拍。


「条件は、そっちに従う」


 迷いはない。


「だから――」


 言葉を切る。


 そして、はっきりと言った。


「一人、守らせろ」


 通話は、すぐに切れた。


 廊下の窓から、夜が見える。

 救急車の赤色灯が、もう遠い。


 黒瀬は、目を伏せた。


 この先、何を失うかは分かっている。


 それでも。


(……あいつだけは)


 あれ以上、奪わせない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ