第49話:約束の時間
本当にすみません!!予約してるとばかり思ってました!!!
時計の針が、18:50を指している。
透は自分の部屋に、もう一度視線を巡らせた。
布団は二組、きちんと並べてある。
枕も、毛布も――一応、来客用。
「……変じゃない、よね」
誰に言うでもなく呟く。
澪が甘いものが苦手なのを思い出して、
さっき財布を手に取ったところだった。
(コンビニ、行こうかな)
甘くないお菓子。
しょっぱいやつとか、ちょっと変わった味のスナックとか。
そういうのなら、澪は文句を言いながらも食べてくれる。
それに――
途中で会えるかもしれない。
澪は、いつも早い。
約束の時間より、だいたい三十分は前に来る。
なのに今日は、まだ来ない。
18:52。
透は時計を見る。
珍しいな、と思う。
(……連絡も、ないし)
一瞬、胸の奥がちくりとした。
理由のない違和感。
でもすぐに、首を振る。
「気のせい、か」
澪だって、寄り道くらいする。
今日はお泊まり会なんだし。
上着を掴んで、玄関を出る。
18:55。
夜の空気は、少し冷たかった。
近道の路地に入る。
街灯が等間隔に並ぶ、いつもの道。
――そのとき。
音がした。
鈍く、嫌な音。
金属が歪むような、低い衝撃。
次に、光。
ヘッドライトが視界を白く焼いて――
そして。
血。
地面に広がる赤が、やけに現実味を持って迫ってきた。
「……え?」
声が、遅れて出る。
澪が、倒れていた。
立っていない。
動いていない。
理解が、追いつかない。
「……み、澪?」
名前を呼んで、走ろうとして――
足が、滑った。
転ぶ。
どこかに身体を打ちつける。
痛みより先に、焦りが来る。
「っ……!」
立ち上がって、駆け寄る。
澪は、まだ――生きていた。
浅い呼吸。
止まらない出血。
条件は、揃っている。
透は、自分の手首を見る。
何度も、誰かを助けてきた血。
「……大丈夫、今――」
そう言いかけて、手を伸ばした瞬間。
澪が、首を振った。
微かに。
でも、はっきりと。
「……だめ」
その目が、一瞬だけ、宙を見た。
――誰かを、見るみたいに。
「見られてる……から」
透の手を、弱々しく押し返す。
「……これで、返せたかな」
「澪.....なんで....?」
意味が、分からない。
ただ――
拒まれたことだけは、分かった。
「やだ……澪、お願い……!」
言葉が、届かない。
澪の指から、力が抜ける。
そのとき。
透のスマートフォンが、震えた。
非通知。
画面に、短い文字。
【回収を確認】
それだけ。
「.......回収?」
何を?
誰を?
誰も来ない。
何も、起きない。
ただ、終わったことだけが分かる。
19:00。
私は、約束を守った。
――守ったのに、
何も、残らなかった。




